タロス戦役(ゲートキーパー起動)30
翌日、厳重な管理の下『魔法の塔』の地下にあるゲートキーパーの片割れが起動した。
起動には膨大な魔力が必要となることが事前に分かっていた。満タン充填の転移ポータルの魔力が三十機分程必要になる。
『魔法の塔』には魔法使いが山といるので『万能薬』があれば僕が手を貸さずとも起動は滞りなく行なわれた。
「一度繋がってしまえば、通常のポータルと同様に使えるはずだ」
姉さんたち『空間魔法』に詳しい連中がその一度のために悪戦苦闘していた。
出力調整がうまく行っていないようだ。向こうにいる管理者が最終調整してくれるだろうから、こちらは位置を特定するためのピンガーが打てさえすればいいはずだ。
「安定せんな」
次元の狭間の抵抗は大きいようだ。
僕もこっそり背中から見せて貰った。
「乱れてる……」
「何?」
「この装置自体の魔力の流れが乱れてるよ」
「そんなはずはない」
職員が反論した。
姉さんの周りにいた職員の数人が何かに気が付いたようだ。装置の伝達経路を遡って、ある太鼓の形をした容器に行き着いた。
容器の蓋を開けるとなかには魔石が収められていた。魔石は真っ赤に燃えていた。
「これだ! 筆頭代理! これです!」
魔石にひびが入っていた。それは爪の先程の小さな亀裂だった。明らかに魔力がそこから抜けていた。
「これは宝物庫にあった一品物ですよ。替えが効きません。どうなさいますか?」という声が聞えてきた。
姉さんはしばし考えた。そして僕の方を見ると言った。
「お前『鉱石精製』スキルのレベル幾つになった?」
「最後に調べたときには十八だったかな? たぶんもうカンストしてるかも」
あれから特殊弾頭作りまくったからな。
周囲から驚きの声が上がった。
「さすがご令弟殿ですな。まさかあの歳でマスタークラスとは」
極めるまでにどれだけ魔石や鉱物が必要かという話だな。僕の場合、ほぼほぼ金塊とミスリル精製のおかげと言っていいだろう。とどめは鏡像物質だ。そのために使った鉱石の量といったら国が買えるくらいの金額になる。
ほんと魔法使いは物入りだよ。
部外者は線の外で見学だけのはずだったが、なかに通された。
傷付いた魔石の大きさは僕が普段作る投下用の巨大鏃と同程度だ。
免許のない僕が稼働中の石に触れることはできないので遠巻きに見詰めた。
一度止めるとなるともう一度膨大な魔力を注ぎ込まなくてはいけなくなる。
「確かに亀裂がある」
僕は刻まれた術式を追い掛ける……
「古……!」
「なんだ?」
「この術式古過ぎるよ。それに間違ってる、ほら」
姉さんに場所を譲る。
「許容範囲だろ?」
「別々の経路を辿ってここで合流してる。でも年代の違う公式が紛れてるんだよ。この先から同期できてない」
「揺れの原因はこれか!」
「新しく書き換えるしかないよ」
「これじゃ、一度止めないと……」
「空転だけならそことそこ、伝導ワイヤーを繋げば短時間なら耐えられるよ」
「どれくらい?」
「石を交換するぐらいなら」
「代わりの石などどこにもないぞ」
「あるよ。ベヒモスを葬ったあの巨大鏃がちょうどこれに収まる大きさだ。在庫はある。問題は同じ術式を刻んでいる時間があるかどうかだけど……」
「出せ、わたしが刻む!」
言うと思った。
「ちょっと待ってて、取ってくるから」
一旦ゲートで家まで戻り『楽園』から手頃な魔石を取りだして、その場で合成した。
さも在庫を持ってきたような振りをしながら姉さんの元に戻った。
「おおっ!」
また歓声が上がった。
宝物庫で大事に保管され、骨董品にまでなっていたような代物だから、二つあったらそりゃ驚くわな。
「これで間に合うと思うけど」
はっきり言って、きめの細かさも強度も僕の作った人工物の方が遙かに上だ。偶然精製された天然物とは、それこそ希少性以外の価値基準で比べるべくもなかった。
作業は姉さんたちの手に委ねられた。
細かい術式の回路図を他の職員が複製して石の表面に焼き付けていく。トップレベルの複製師なのだろう。細かい作業なのに当たり前のように作業をこなしている。
そして問題の場所に姉さんが修正を加えていく。
ハイエルフの秘術をここで公にするわけにはいかないので、姉さんが知る限り最新の術式を刻んでいくのを見ているしかなかった。
完成した品に魔力が通されて異常が解消されていることを確認する。
その後、バイパスが伝導ワイヤーで繋がれ、無事交換が行なわれた。
「おい、おい! なんだこの数値は?」
「出力下げろ!」
同期だけでなく、魔力の循環効率まで解消されたようだ。乱れというか、揺らぎが消えたせいで滞りがなくなったらしい。
魔力の消費が三割も改善された。
どうやら交換した石は結構重要な部品だったようだ。
すぐにビーコンが帰ってきて、同期が完了。宮殿前の式典広場に置かれた転移ポータルが動き出した!
そして待っていた瞬間が訪れた。
線の外で奇跡の瞬間を待ち侘びる群衆がゲートの輝きに引き寄せられていく。
青緑色に輝く光の円柱から人影が現われた!
「アシャン老!」
割れんばかりの歓声が王都の空に響き渡った。
昨日見たままの爺ちゃんが立っていた。
そしてその後ろには……
「ヤマダ・タロウ……」
爺ちゃんの影に隠れてすぐ、袖に引っ込んだ。
「ヤマダ・タロウ!」
「やあ、エルネスト君。お互いうまくいったようだね?」
「姉さん! ちょっと!」
姉さんはヤマダ・タロウこと、管理者との接見は初めてのはずだ。
「管理者の――」
「ヤマダ・タロウと申します。仮の名ですが」
ヤマダ・タロウの名を聞いた姉さんは目を丸くした。それもそもはず、姉さんも『異世界召喚物語』の愛読者なのだから。その黒ずくめな容姿をまじまじと見詰めた。
「装置に案内してくれますか?」
「ああ…… こっちだ」
姉さんがあんなに嬉しそうな顔を見せるのはいつ以来だろう。
「結構ミーハーなんだな」
表舞台ではダンディー親父がアシャン老たち帰還組の労をねぎらっていた。
これから王都ではお預けになっていた新年の祝賀と、今回の戦勝の祝賀を合わせた式典が盛大に催されることになっている。
そのスタートのイベントとして最高の見せ場になったことは言うまでもない。
まさに、歴史が動いた瞬間であった。




