タロス戦役(報告)28
「周囲に敵影なし!」
チッタが言った。
「ヴァレンティーナ様の船だ!」
随行していた護衛船が戦場の検分に散って行くのと入れ替わりに僕たちは旗艦の両翼に並んだ。
「さてと、報告に行かないとな」
僕がそう言うとエテルノ様とロザリアが外套を身に纏った。
「じゃあ、行きましょうか、従者殿?」
「はいよ」
僕たちは指揮をアイシャさんに任せて格納庫に向かい、旗艦に移る準備を始めた。
『ゲート開放。許可来たよ』
僕たちは格納庫の簡易ゲートを潜った。
『紋章団』のキーでは旗艦には移れないのでまずはヴァレンティーナ様の船に移動した。
するといつもの面々が出迎えたが、母さんだけが余計だった。
いきなり抱きついてきて「大丈夫だったの? 怪我はない? どこ行ってたの?」と矢継ぎ早に聞いてきた。
エンシェントドラゴンに食われて、爺ちゃんに会って、家に戻って、そこからポータルで最寄りの町に出て、そこから飛んできたという長話を今する気にはなれなかった。どうせダンディー親父のところでしなきゃいけないのだから。
「後でね」としか言いようがなかった。
姉さんも相当くたびれている様子だった。いつもなら何をやってるんだと叱られそうだが、それもなかった。母さんのせいなのか、単に一隻分の攻守を背負っていたせいなのか。
取り敢えず同行するのはヴァレンティーナ様と姉さんだけのようだ。
運用前の船内を覗いたことがあったが、いざ運用されている内部を見ると狭かった。うちのクルーと違ってでかい連中ばかりだからなのか。
「第一世代はこんなに狭かったかな?」
正確には一.五世代だが。
「通路がある分、狭く感じるのよ」
ヴァレンティーナ様が答えた。
腰の剣の鞘が壁に擦りそうだ。
僕のプライベート船と違って、一々誰かの部屋を横切るようなことがあってはならないからなのか? セクションごとにパーテーションで区切られているのも要因だろう。
屈強なコックが狭い厨房でパタータの皮をむいていた。
転移ゲートは左舷の船体にあった。国王がいる右舷船体の部屋とは対角の位置にあった。
両舷を繋ぐ可動式の足場に掛かったテントスペースは一転広々としていた。結界がなかったらいたくない場所だが、普段は見晴らしのよさそうな展望スペースだ。
今は二層部分が幹部たちの、一層部分が兵士たちの詰め所に使われていた。
僕たちは兵士たちの詰め所の縁にある渡り廊下を伝って、右舷に渡り、船体の前部に通された。普通の船なら操縦室があるスペースと、キャビンが丸ごとそのまま玉座の間になっていた。
船の操縦室を始めとする機関は足元の中央船体に集約されている。
「船のバランス大丈夫なんだろうか?」
左右のバランスもそうだが、玉座の上にも下にも小型ではないバリスタがある。重心が前のめりにならないように、中央船体は上部の二体よりも後方に配置されている。
まず、僕たちが来たことが扉の内側に伝えられた。
ヴァレンティーナ様を先頭に中に通された。
部屋にはお歴々が並んでいた。
一段落付いた師団長クラスがゲートを潜って既に集まってきていた。いないのは北軍の代表ぐらいだ。
他の国の代表たちとは円卓のある王都でこの後やるのだろう。今はその参考資料作りのために報告を上げに来ているようなものだ。
僕は『銀花の紋章団』の団員という肩書きで通された。全員まとめて『銀団』なのでそれこそ従者気分で入室したら、喝采を賜った。
「エンシェントドラゴンにとどめを刺したというのは本当か?」
間髪入れずに聞いてきたのはデメトリオ殿下だった。どうやら僕がナバッツの町でしゃべったことが各師団長の耳に入ったらしく、報告より先に殿下の耳に届いていたらしい。
当然ダンディー親父の耳にも入ってるわけで、だーれも引き止めてはくれなかった。
なんというか話の落ちを最初にしゃべらされるような至極残念な気分になった。
最大の懸案事項であるし、答え如何によってはこの場で話し合われる内容も変ってしまうのだから、やむを得ないのかも知れないが。
「洗いざらい話せ」
ダンディー親父も催促してきた。
僕が転移できることはもはや隠しようのない事実であるし、姉さんに教えて貰ったときからヴァレンティーナ様やその周囲にはばれている。
でもここにいる面々に敢て言わない自由はあるわけで、単に敵の転移を妨害するために併走していたと話した。もし必要なら姉さんがどうやってエンシェントドラゴンの転移を阻害するか説明するだろう。幸い戦闘中、阻害はしても自分で転移することはなかったので殿下にも知られていないはずだ。既に情報として持っている可能性は高いけれども。
一瞬『楽園』のこともばらさないといけないのかなと思ったが、これこそ知られては困る一大事だ。が、お誂え向きなことがあったので利用させて貰うことにした。
いつもごめん、爺ちゃん。
爺ちゃんに異世界から救い出して貰ったことにしたのだ。『楽園』の部分をごっそり省いたのだ。伝言も伝えなければいけなかったのでちょうどいい考えだと思った。嘘を言ってるわけでもないし。
「なんと! アシャンが現われたと申すか!」
一同が一斉に驚いた。
姉さんもヴァレンティーナ様も目を丸くして驚いている。
「『こちらの準備は予定通り、今日中に終わる。明日装置を稼働されたし』だそうです」
「おおおーっ」
異世界開通の朗報でエンシェントドラゴン討伐の朗報は掻き消された。こちらとしてはしめしめである。
他の国の代表者にとっても今回、最大の朗報と言えた。多くの国民を死地に追いやった代表者たちが、何より欲しがっていた最大の免罪符である。この世界を救い、異世界への扉を手に入れたとなれば多くの犠牲者たちも浮かばれよう。
僕の出番は終わった。エンシェントドラゴンの肉の件は隠しおおせたと思った。
だが、ほっとしたのも束の間、ダンディー親父が言った。
「肉祭りはいつじゃ?」
「え?」
「余も参加してやろう」
「ええっ!」
「いつじゃ?」
「主催者に聞いてみないと…… たぶん、明日か明後日か……」
「町が主催で祝賀式典を開く。それまで待てんのか?」
姉さんが聞いてくる。
「ええと…… それだと規模が……」
「決まったら知らせろ。必ずじゃ」
「陛下!」
「ロッジ、止めると損をするのはお前じゃぞ?」
「え?」
「お前の分の土産も貰ってきてやろう。のう、エルネスト?」
「はい。祝いにふさわしい品をご用意いたします」
くそ、ダンディー親父は騙せなかったか。まあ、リオナが喜ぶから構わないだろう。
土産と聞いて、ロッジ卿も気が付いたようだ。
ロッジ卿はヴァレンティーナ様に祝賀式典の日取りを王都と被らないようにするためにと、言い訳を作って即断させた。
訳も分からない一行はただポカンと王と宰相の奇行の成り行きを見守るだけだった。
エンシェントドラゴンの肉を回収してきたなんて誰も思わない。アシャン老じゃないんだから、あんな巨体をどうやって異界から回収してくるというのか?
皆失われたものと確信している。が、そうは思っていないということはやはり王と宰相は僕の秘密を知っているというわけだ。
聖騎士団のお歴々もいるので後はロザリアに花を持たせることにして、僕は後ろに下がった。
それから人族の代表としてハイエルフのエテルノ様に王から謝辞が送られた。続いて、西方遠征のときからずっと尽力してくれている聖騎士団と南軍の面々に。
そしてようやく北軍の代表者が薬で治っているだろうに、大袈裟に包帯を巻いて現われた。
同情を買うには大き過ぎる犠牲を払っていた。
冷ややかな視線が向けられたが、身代わりで参加させられたこの男もある意味、無能な上司の犠牲者の一人と言えるわけで、責められることはなかった。
ただ、該当者にはいずれ相応の責任を取って貰うことになるだろうと釘を刺されていた。
「針のむしろだろうな」
僕が呟くと「こんなときにも顔を出さんとはな」と、師団長たちが溜め息をついた。
その後、各隊の被害状況と戦果が報告され、そのどれにも僕たちの船が関わっていたことに一同は呆れた。