タロス戦役(合流)27
余程腹が減っているのか、空から穴が消えて、帰る場所がないと悟ったからなのか、残ったドラゴンたちは執拗だった。
『正面からくるよ! 左に流すから!』
テトが言った。
「おお、来いやーッ」
ファイアーマンがやけに元気だった。
「どうしたんだ?」とオクタヴィアに尋ねたら、ハイになってるだけだと言われた。よく見ると女性陣が付与魔法をファイアーマンに施しているのが分かった。
「新しいサボり方か?」
「体力はあっても集中力がな」
アイシャさんが言った。
どうやらビアンカたちは限界らしい…… だからせめてものと、いうやつらしかった。
動き回る敵に魔法を命中させるのは『必中』付きの銃を構えるより神経を磨り減らす作業だ。正面から近づいてくる程度ならどうということはないが、縦横無尽に飛び回られては目標を定めるのは難しい。
結局、修練を積んだ年長者と、そもそも魔法とは余り縁のない子供たちが残った。
最後の一滴まで味方のためにやれることをやろうというのはいい心構えだ。
「おっしゃーっ! 残り七体!」
船がガタ付いてるな…… 細かい振動が時々入る。
どこかのエルロンが破損したか?
気嚢が無事なら落ちることはないが。
『地上の奴が動いた!』
「回復しちまったか?」
僕も窓から頭を出した。
「ブレス吐く気満々だな」
「一気に来るぞ。外すなよ」
アイシャさんが発破を掛ける。
『上からも来るよ』
「ピオトやれるか?」
『問題ない』
遠くを緩やかに旋回するドラゴンが徐々に描く弧の半径を小さくした。
「あれも来るぞ」
パスカル君とシモーナさんが狙いを定めた。その後ろにナガレが付いた。
別の窓では、リオナが万能薬の小瓶を一つ飲み干すと弾倉を取り替え、ファイアーマンの横に付いた。
アルベルトさんとナタリーナさんはふたりが外したときの要員として後方に構えた。
敵の残りはこちらの射程圏外だ。
流れてきた雲に差し掛かって船の視界が奪われた。
するとドラゴンたちが一斉に動き出した。
船は降下しながら加速する! 人族のパイロットならこの山間でそんな無茶は怖くてできない。
テトは敵が嫌でも距離を縮めなければならないシチュエーションを作った。本来悪手であるが、この船の結界とクルーがいれば話は別だ。
両サイドのドラゴンは山裾に押し出されるように接近してくる。上空から来る一体は山の複雑な気流を避けてまだ上空に控えていた。
上空の一体のタイミングがずれたところでさらに幅寄せすることで左右の攻撃タイミングをずらした。距離が縮まってしまった側は仕掛けるか、離脱するしかない。結果的に自分のタイミングを逸して、特攻することになる。が、そのときには既にこちらの射程に入っているわけだ。
ファイアーマンとリオナが発砲した。すぐに先輩たちが次弾を撃ち込んだところで撃墜判定。
加速して反対側の斜面に幅寄せる。進路を塞ぐ形で斜面を駆け上がる。敵は見事に窓の正面に。
パスカル君とシモーナさんが両翼を撃ち抜いた。撃ち抜かれたドラゴンは斜面に激突した。
「くそ、外した!」
充分だって。
ピノがバリスタでとどめを刺した。
「残り六!」
山の稜線を駆け上がったすぐ横に上空に張り付いていたドラゴンが見えた。が、ピオトのバリスタに吹き飛ばされるところだった。
「撃墜。残り五体!」
はぁ…… 末恐ろしいな。一番凄いのはテトだな。紛れもなく王国一の操縦士だ。既に正面に別の一体を捕らえている。
獣人だからできる空間把握か?
旋回窓に先輩たちが張り付いてどちらに振れても撃ち込める準備をする。当然、ピオトも正面を狙っている。
一番射程の長いバリスタが撃ち込まれた。まっすぐな軌跡はドラゴンが回避する方角にカーブを描いた。
爆音と共にドラゴンが落ちていく。あの落ち方ではドラゴンといえども助からないだろう。念のために船は旋回して生死を確かめる。
雪が舞い上がって数瞬。死亡判定が告げられた。
「残り五体!」
ようやく分が悪いと思い始めたドラゴンたちは僕たちの隙を突いて、餌を持ち去る戦術に転換した。一体を囮に残りが遠くの餌をお持ち帰りする算段だ。
手ぶらで逃げ出せば何とかなったかも知れないのに、なりふり構わずというのはスタイルではないらしい。ドラゴン種の欠点か?
そんなだから追い付かれる。元々速度でもこの船は負けていない。唯一勝るエンシェントドラゴンは既にない。
追撃戦は退屈だった。
囮の一体は兎も角、残りは唯一の攻撃手段を自ら餌で塞いで話にならない。
「ドラゴンタイプの肉って食べられる?」
「食べられたら相場が崩れるな」
「うま過ぎないことを期待しよう」
「でも掛かった戦費は賄えるじゃろう。肉は兎も角、素材が高値であることに変わりはないからの」
「飛空艇も造り放題だな」
「落としたの全部うちらの物になる?」
オクタヴィアが言った。
「まさか。各国の金庫行きだよ。相応の報酬が出るのはその後だ」
「エンシェントドラゴンは上げないのです!」
子供たちが「絶対駄目!」と僕を睨んだ。
「あれは異空間に置いてきたことにするよ。がめたところで誰にも文句は言われないだろうけどな」
もし文句を言う奴がいたら落としたすべてのドラゴンの所有権を主張してやる。
「ほら、まだ敵は残ってるぞ」
最後の一体を味見のために回収した。これだけでも当分、肉祭りは充分だ。
「旗艦の位置は分かるか?」
『大丈夫だよ』
「合流まで気を抜くなよ。光通信の準備は?」
『いつでもいいよ』
「それじゃあ、発進。『作戦終了。これより合流する!』」
「馬が走ってる!」
先を行く遊撃部隊が見えた。
「なんで雪のなかあんなに早く走れるの?」
子供たちが疑問を持った。
「雪原用の騎馬装備を着けてるからよ。身体付与と『浮遊』効果が掛かってるの。あんなに大きな身体だけど、見た目程沈んでないのよ。でも『浮遊魔方陣』は高価だから王族ぐらいしか部隊編成できないのよね」
ナタリーナさんが説明してくれた。いつの間にか『浮遊魔方陣』の利用方法が広がっているようだ。姉さんも左団扇だな。
「へぇ。遊撃部隊ってやっぱりエリート部隊なんだな」
「『浮遊魔方陣』が出たのは最近だし、この辺りに雪国はないから、これからですよ」
そんな情報を知ってるナタリーナさんはやはり勉強熱心な学生なのだ。
「正直僕もなんであんなに早く走れるか不思議だったんだよな」
「エルリンは世間知らずなのです」
リオナが溜め息をつくがそれは違う。
「流行を追わないだけだよ」
「流行を創る側だもんね」
パスカル君、いいこと言う!
「『浮遊魔方陣』だってレジーナお姉ちゃんと若様がフェイク倒してきたから、発見できたんだよね」
チコが言った。
「そうなんですか?」
「初めてドラゴン狩りに付き合わされたんだよな…… あのときはほんと死ぬかと思った」
「それが今やみんな挙ってドラゴンスレイヤーじゃからな。恐れ入る」
『返信! 合流を許可する、だってさ』
「結局、旗艦落ちなかったな」
「期待してたんですか?」
「正直、どん亀なんかすぐ落ちると思ってたんだよな」
「『魔法の塔』の上級魔法使いが何人乗ってると思ってるんですか?」
目の前に旗艦が悠然と浮かんでいた。
結局、エンシェントドラゴンの一撃を浴びただけだったか。
ダンディー親父に新しいのが欲しいと言われないで済みそうだ。
むしろ被害はこちらの方が多い。主にテトの無茶のせいだけど、帰ったら即、工房に入れてやる。




