タロス戦役(合流)26
「何者だ! 所属と名を――」
「!」
「坊ちゃん?」
第三軍の兵隊まで僕を「坊ちゃん」と呼ぶのかと思ったら、実家の兵たちだった。どうやら南軍と教会の増援も最終ラインに集まり始めているようだ。
「ごめん、訳あって飛ばされてしまって」
「何と戦われていたので?」
「エンシェントドラゴン」
「なんですって!」
「もう退治したよ。最後の柱も落としたからね。みんなもう一息だ」
僕の情報を聞き付けた兵士たちは歓喜の声を上げた。
「もう少しの辛抱だ!」
「勝利は我らにあり!」
「国王陛下万歳!」
「連合万歳!」
気の早いことだと思いつつ、僕は兵士で埋め尽くされた城門に急いだ。
兵士たちに揉みくちゃにされながら、僕は門番の前に出た。
「通して貰えます?」
「当然です。エルネスト・ヴィオネッティー様」
敬礼されちゃうとなんだか恥ずかしい。
「道を開けろ!」
「ありがとう」
「いえ、我らこそ、あなたたちに命を救われました。ご武運を」
僕はボードに飛び乗って空に舞った。
足元には数千の兵士たちが出立の順番待ちをしている。
その兵たちが一斉に僕を見上げた。
「頑張れよー」
「タロスをぶっつぶせー」
「生きて帰って来いよー」
隊列を崩せない彼等は盾を叩きながら僕を見送った。
結構、遠いな……
空にあった穴は既になく、青空が広がっていた。旗艦の影がかろうじて見えた。
未だに空にあるなら、味方は健在か。
「リオナーッ、聞えるかー こっちは無事だぞー エンシェントドラゴンも倒したぁーッ! 今、そっちに行くからなーッ!」
聞えるとは思えなかったけれど、叫びたい気分だった。
行くぞ、全力、全開だぁ!
地上部隊がタロスと戦闘を繰り広げていた。
僕は低空に進路を取り、タロスの弓兵の頭を射貫いた。
遠距離タイプのタロス兵を優先的に仕留めていく。
結界に敵の攻撃が当たってもどこ吹く風。悉く返り討ちにしてやった。エンシェントドラゴンのブレスに比べれば、タロスの遠距離組の威圧感なんてないも同然だ。
「後はよろしく!」
敵の遠距離がいなくなれば、こちらの遠距離攻撃が効果を発揮し始める。
残党はみんなに任せて、僕は先を目指した。
逃がさないように戦っていたはずなのに、結構な数が後方に流れていた。
巨大な雷が地上に落ちた。
見上げるとそこには真っ赤な船影が……
ヴァレンティーナ様の船だ。
「母さん……」
心配させたかな……
僕はご機嫌伺いに高度を上げて船に併走して姿をさらした。
甲板に従兵がずらりと並ぶなかに、杖を持った姉さんと母さんがいた。
姉さんは兵たちを鼓舞しているようにも見えたが、母さんは泣いていた。
エンリエッタさんがドラゴンタイプのいる方角を指差した。
一斉に銃弾が放たれた。
赤いカートリッジ弾を使っているようで、斉射することでデメリットを補っているようだった。
獲物を物色するように上空を旋回するドラゴンタイプがいた。
僕はこちらに任せるように手を振り伝えた。
「行き掛けの駄賃だ」
僕はボードに魔力を注ぎ込んで、高度を一気に上げた。そしてドラゴンタイプの正面に突っ込んだ。
慌てたドラゴンタイプに『魔弾』をぶち込んだ!
敵の障壁は機能することなく、こちらの攻撃を正面から受けることになった。
頭を吹き飛ばされた肉の塊が地上に落ちていく。
散発的な戦闘を繰り返しながら、僕は山の稜線を越えた。
いきなり目の前に熊が現われた!
「うわぁああ!」
「なんだ、生きてたのか?」
「兄さん!」
「残りは空の敵だけだ! ちゃっちゃと頼む! 寒くて敵わん」
それだけ言うと雪原に落ちていった。
「嘘だろ、この高さまで跳躍したのか?」
人外レベルに拍車が掛かっていた。
雪原では義姉さんたちが雪を蹴散らしながら東進していた。
「この高さから落ちたら普通あの世行きだろ?」
飛び跳ねながら部隊と併走して、速度を落とさず自分の馬に跨がった。
兄さんの言うとおり、最後の柱から上陸したタロスの一団はほぼ処理が済んでいるようだった。
兄さんたちは一つ丘の向こうを走る殿下の部隊と合流して、このまま山岳地帯を抜けるようである。
それに引き替え、上空にはまだ複数のドラゴンタイプが居座っていた。地上に転がっている大量の餌に執着しているようだ。
目の前に日の光を反射して光る零番艇の銀色のミスリル装甲が現われた。
ドラゴンタイプが逃げ惑う。
甲板にヘモジとオクタヴィアが飛び出してくるのが見えた。
「リオナは?」
遠くのドラゴンが真っ二つに引き裂かれた。
こちらにまっすぐ迫ってくる影が見えた。
なんともはや、たがが外れたリオナは強かった。ドラゴンタイプの動きに纏わり付いて容赦なく切り刻んでいく。
「エルリン、生きてたです!」
僕たちは空の上で手を繋ぎ、互いを重心にしながら回転して、勢いを打ち消し合った。そして互いを引き寄せた。
「どこ行ってたですか?」
「それが、家の方に出ちゃってさ。戻ってくるの大変だったよ」
頭の上をドラゴンタイプが擦れ違った。
「ところで」
「何?」
「エンシェントドラゴンの肉はどうなったですか?」
「いつもの場所に放り込んである。たぶん……」
「なら問題ないのです」
リオナはクスクス笑った。平静を装ってはいるが、ほっとしているのが見て取れた。
ごめんな、心配かけて。
「うわっ!」
すれ違い様、ブレスを吐かれた。
「止まってたら狙われるな」
「感動の再会なのに!」
肉の話をしてか?
僕たちは併走しながら船に向かった。
「さっさと残りを倒して――」
「宴会するのです!」
そうじゃないだろ!
僕たちは船の甲板に飛び降りた。
ヘモジとオクタヴィアが飛び付いてきた。
「ナーナ!」
「お帰り。食べられたと思った」
「よく戻ったの」
エテルノ様が言った。
キャビンに入るとみんなに出迎えられた。
「お帰り」
『兄ちゃんが死ぬわけないよな』
「あんたが一番泣いてた癖に」
『泣いてない!』
「ヘモジがピンピンしてるんだから分かるでしょ?」
「ナーナ」
ヘモジが腰に手を当て偉そうにした。
ああ、感動が薄かったのはそのせいか。
「そういうことにしておいてあげるわ」
ピノがチッタとナガレにからかわれた。
「心配かけたな。エンシェントドラゴンは葬ったからもう安心だぞ。地上もほぼ制圧できたから残りはあれだけだ」
空に散開しているドラゴンタイプがこちらを執拗に追い掛けてきていた。
「縄張りを主張するのはまだ早いんじゃないか?」
「もう一踏ん張りなのです」
「後何体だ?」
「十二体。内、三体は地上を這ってる」
『じゃあ、行くよ!』
船が加速した。
船尾を地上からのブレスがかすめた。
ブレスを放った死に掛けのドラゴンタイプにピノがバリスタを撃ち込んだ。
「残り十一」
船が大きく傾いた。
「上と下両方!」
傾いた右舷と左舷が上下をそれぞれを狙った。
銃弾の雨を降らせた後、雷でとどめが刺された。
「残り九体!」
すべてを落として終わらせよう。
長かった一日を終わらせて、ダンディー親父に爺ちゃんの言伝を伝えなきゃ。
「そういや、なんで飛んでたんだ?」
「捜し物をしてたのです」
「消えた先を辿れやしないかと思ってな」
エテルノ様が付け足した。
いくらなんでも異世界までは無理だろ。
「一体撃破!」
ファイアーマンが叫んだ。
「残り八体……」