タロス戦役(方針決定)22
戦況がまずヴァレンティーナ様の口から説明された。
話によると勝利はほぼ確実で、滞りなく各地で掃討戦が始まっているとのことだった。
アンドレア兄さんたち南軍は半分を念のため砦に残し、山脈の西側から進攻、聖騎士団が東側を掃討するタイミングに合わせて北上しているらしかった。現在、第三軍の目と鼻の先まで来ているようで、散らばったタロス兵の討伐に勤しんでいるらしい。飛んで逃げたドラゴンタイプに関しては今後組織だった討伐が必要だとかなんだとか。
「湖の手前まではほぼ予定通りじゃな」
ダンディー親父はほっと胸を撫で下ろした。
僕たちがいなかったら南軍以外相当やばかった気がするんですが。僕たちのことも織り込み済みだったんでしょうか?
ロッジ卿は会話の切れ間にこちらに目をやり、にこりと笑った。
「ですが、エンシェントドラゴンが敵側の刺客だった場合、柱が追加で落ちてくる可能性があり、残存兵力を一極に集中させるのは問題かと」
「じゃがエンシェントドラゴンにどう対処する? 一気に攻め落とさねば、同じ事の繰り返しだぞ」
ロッジ卿と王様が肉に合うワインの話を急に挟んできた。この船に積んであるワインは全部アイシャさん用なので、果実風味の甘めの物か、極端に苦い物しかない。
ふたりは重大案件に日常会話を普通に挟み込んでくる。
会談相手に田舎貴族の末子は含まれていないため、子どもたちとリオナの給仕に紛れて僕は肉を焼いていた。
油が多いから少し焼き多めかな。
この船にいる会談相手はエテルノ様と教会代表のロザリアということになっている。表向き
は。
出されたワインは甘めだろうけれど、戦場にそれなりのワインがあるだけでよしとして貰いましょう。
「何か手はないのか?」
姉さんが焼き肉当番に振ってくる。
「どうやって引き摺り出すか、逃がさないか。異空間のことは姉さんの方が詳しいでしょ?」
「アシャンがいれば、容易かったんだがな」
姉さんが頭を掻いた。
「爺ちゃん? なんで?」
「『牢獄』があれば一瞬でけりが付いたはずだ」
確かに最初の遭遇時に捕らえられた可能性はあるけど…… あれの底なしの魔力がそれを許したかどうか? 自力で空間を越えてくる奴だから、相性がいいとは思えないが。
「五分五分だったろうな」
塔の責任者が言った。
「君は見ていなかったから知らないだろうが、あいつは短時間に何度も跳躍して見せた。瀕死になった状態でもだ。筆頭一人の魔力でどこまで抑え切れたか……」
姉さんはエテルノ様に意見を求めるかのように視線を向けた。
「起きたことは兎も角、これから奴をどう引き摺り出すか、いかに足止めするかを話し合った方がよいのではないか? こちらが与えた傷を癒やすにはもうしばらく掛かるじゃろうが、もう一度ここを襲うとも限らんのだからな」
執念深い奴であることを期待するが、エンシェントドラゴンともなると老練であろうから、あっさりターゲットを変えてしまうかも知れない。
「いきなり町中を襲う可能性もあるわけか……」
「なんとしても先手を打たねばならん」
僕の知る限り方法は一つしかない。
ロザリアだ。今は亡き実父のエドアルドが教皇家暗殺事件の証拠を大叔母に託し、大叔母が証拠のリストをエルーダ迷宮の異空間に隠した事件で、ロザリアが証拠を回収したときに使った手だ。教皇家の女にしか遺伝しない『幻獣使い』のスキル。それが唯一、異空間に飛び込める手段だ。ただ、それでも相手を見付けるまでが限界だ。ベンガルとアムールだけではあのエンシェントドラゴンには対抗できない。
「どうやって引き摺り出すか…… それが問題だな」
僕は呟いた。
無双で空間ごとぶった切れないものだろうか? そうなると敵の位置をどうやってこちら側に知らせるかが鍵になるわけだけど……
「あやつがタロスに使役された存在なら、もう一度、姿を現わすことは確実じゃ。問題はタロスとは別口だった場合じゃが、だとしたらあやつはこのタイミングでなぜ現われた?」
「餌が大量にあったから?」
「タロスの方が人より食い出があったからと? この西域にならもっと食い出のある者がおるじゃろう」
「タロスに恨みがあったからとか?」
「なぜじゃ?」
全員黙り込んでしまった。
「この世界が別世界から隔離されたとき、異空間の狭間にでも挟まったとか?」
焼けた肉をテーブルに置くタイミングで僕はエテルノ様に冗談を言った。
「それじゃ逆恨みもいいところじゃ。それなら当時のエルフを恨むべきじゃろ」
「だが出てきたタイミングを考えると偶然とは考えにくい……」
「空間が繋がったことが切っ掛けになった可能性は否定できないな」
「それで肝心な対策は?」
「……」
「明日の朝、もう一度塞がるんじゃないですか?」
「そうか!」
僕の言葉にダンディー親父は膝を打った。
「どちらにしてももう一度やり合うチャンスが訪れるか?」
「さすがは陛下」
「なるほど、一度閉じ込められた経験があれば、二度目は避けたいと思うはず」
「過去の記録にドラゴンが現われた記録はないぞ」
「今回程、大規模なものではなかったからじゃないですか? あるいは穴の出現場所から遠くて気付かなかったとか?」
「取り敢えず、もう一度チャンスがあると仮定しよう。駄目ならそのとき考える。今は現われたとしてどうやって逃がさずにとどめを刺すかじゃ」
出現位置は穴の近くであると仮説が立てられた。土地勘がまだないエンシェントドラゴンは穴から離れないと。
タロスに使役されている印でもあれば頭を使うこともないのに。
取り敢えず追撃戦は僕の船がやることになった。理由は一番可能性があるからだそうだ。速度と強度。さらに言えば乗組員の練度だ。
ただ、異空間に逃げ込まれることを想定して、空間ごと切裂く無双持ちを同行することになった。リオナの無双は遠距離攻撃できないので父か姉のどちらかを同行することになるが、さすがに旗艦から王がいなくなるわけにも行かず、ダンディー親父は渋々ヴァレンティーナ様に席を譲った。
デメトリオ殿下にも情報は伝えられて、安全な場所で現状待機となった。
エンシェントドラゴンが異界に潜り込むのを防ぐ方法として、ゲート干渉を利用することになった。姉さんの意見で、空間転移が重なった場合に座標確定がしにくくなる現象を利用することに決まった。ポータルには対策として安全装置が組み込まれているが、結構危険な現象であるらしい。それを故意に起こして、転移を防ごうというのだ。
そういうことなので転移魔法のエキスパートである姉さんの出番である。
さあ、景気付けに肉をたんまりサービスしてあげよう。
「何を言ってる? やるのはお前だ」
え?
「わたしがドラゴンの動きについて飛び回れると思うか?」
飛ぶ?
「干渉を起こすには近距離にいることが絶対条件だ。離れた場所で干渉が起きるわけないだろ?」
「それって……」
「ドラゴンと併走しろ」
その場にいた全員が目を丸くした。
「フェイクやモドキじゃないんだぞ! エンシェントドラゴンだぞ!」
「代案があるなら聞かせて貰おう」
「本気で言ってる?」
「すぐ終わる。なんとか耐えてくれ」
姉さんにしても僕にしても『牢獄』に生きたままの奴を閉じ込める力はない。
やるしかない…… くたびれたアイスドラゴン相手に一度空中戦をやってるから、要領も怖さもなんとなく分かっている。動きは一度見てるし、やれないことはないと思うけど……
さすがにあの動きにフライングボードだけで付いていくのは厳しそうだ。
「肉焦げる」
「おおっ!」
周囲の同情を買いつつも決定は覆らなかった。
有効な手段やスキルを探すために王国の『貴族名鑑』を漁ったり、『スキル大全』を調べたり、ギリギリまで考えてくれるらしいが、取り敢えず暫定一位だ。
飛びながら転移魔法を使える人材は世界広しといえ、今のところ僕しかいないのだから、仕方がない。
エンシェントドラゴンが現われるまで僕たちは完全待機になった。
その間にみんなは船を整備し、僕はボードの出力アップの改造を行なった。
僕の仕事は誰かがとどめを刺すまで、エンシェントドラゴンが異界に逃げるのを防ぎつつ逃げ回ることだ。
魔力の消費を抑えるためにライフルにミスリル弾の弾倉を装填した。