タロス戦役(死闘その前に)21
懸念は現実になった。
エンシェントドラゴンは時空の狭間から出てこなくなった。僕が『楽園』に籠もる程度で済めばいいが。
間違いなく次に遭遇するときは完全回復した状態になるだろう。問題はタロスとの関係だ。タロスに使役されているとしたら、タイムリミットはある。今日中にもう一戦あることになる。が、別口だとしたらタロスとけりが付いたとしても今後の最重要課題になりかねない。
エンシェントドラゴンに警戒しつつ、旗艦に群がるタロスの上陸部隊の排除に参加した。
旗艦は先程の攻撃で修理と攻撃を同時進行しているが、エンシェントドラゴンがいつ来るか、こちらも戦々恐々としていた。
そして日が山の稜線に掛かる頃、最後の柱が兄さんたちの手によって落とされた。
沸き上がるはずの歓声は聞えてこなかった。
弾薬を節約するためにゴーレムを出したかったのだが、味方の攻撃の妨げになるようなので手控えた。
船は防衛ラインを突破した敵だけに専念した。一発でも残しておきたいのに、消費をけちっても弾倉は空になっていく。
『入電!』
「ん?」
『もうすぐ会議をするから準備しろって』
「準備?」
『この船でやるって』
「なんで!」
『修理中でうるさいからだって。それともうすぐヴァレンティーナ様の船が合流するみたい』
「やっと一隻……」
「敵は休まないですか?」
「奴らもエンシェントドラゴンを警戒してるんだろ」
「どうやってドラゴン倒すですか?」
「どうやって引き摺り出せばいいんだろうな」
タロスの軍勢が一旦引き下がるようだ。
この暗闇じゃ、弓を射る相手も見えないからな。
こちらも暗黙の了解が解除されるタイミングに注意しながら、弓の届かぬ場所で休息を取ることにした。
朝からずっと戦い詰めで、みんな限界に達していた。
『見えてきたよ』
星に混じって遠くの空に光が明滅した。
光通信だ。
ヴァレンティーナ様の船が到着したようだ。
陣形をどうするかの確認やら、会談の時間などの調整が旗艦との間で行なわれていた。
僕たちはそれを盗み見ながら合せて調整していく。
「帰ってきた!」
エンシェントドラゴンの肉片を回収しに行った鳥ゴーレムが戻ってきた。
「意外に便利だな。鳥ゴーレム」
「『回収』コマンドがあってよかったのです」
迷宮で魔石の回収に使えそうだ。
回収した肉片が少々大きかったようで甲板にぼてっと落とされた。血糊が磨き上げた床に飛び散った。
「試食するのです」
「もう準備できてるよ」
こんなことする暇があったら寝ろよ。
リオナが落ちた肉片を切り分けタッパーに載せていく。子供たちはそれを大急ぎで台所に運んで水洗いした物をロザリアが浄化していく。
僕は血糊の清掃である。
「浄化し過ぎないでよ。肉の味変っちゃうかも知れないんだから!」
お前ら、次代の聖女様に何させてんだよ。
「みんな会談に来るのです。早速おもてなしするのです」
お前らなぁ…… 戦の最中に指揮官クラスに何、食べさせる気だ。
「その前に毒味なのです! みんながお腹壊したら大変なのです」
僕はいいのか? 毒味役はいつも通りなら僕だろ?
「一枚目焼くよー」
「今行くのですー」
「なんかみんな元気になっちゃいましたね」
パスカル君もさすがに呆れている。
「子供は体力だけはあるからな」
獣人の子供ならなおさらだ。
これくらい元気に息抜きしてくれた方が周りも気が紛れるか。
「匂いはどうだ?」
「今焼いてるとこ! 食べるなよ! 毒味してからだかんな!」
ピノがファイアーマンがつまみ食いするのを牽制している。
卓には万能薬の小瓶が食器と一緒に並べられていた。
「お客さんが来る前に交代要員は腹を満たしておけよ」
アイシャさんがオクタヴィアを肩に乗せてやって来た。
「野菜も焼き始めろ。肉だけ食うなよ」
まったくいつもと変らんな。
「エルリン、焼けたのです!」
来たか。
「匂いは?」
「いい匂い! 当たりの予感!」
チコが嬉しそうに言った。
「じゃ、いくぞ」
万能薬を片手に僕は肉片を更に半分に割いて口に放り込んだ。
「と、とろける……」
これは…… 肉のジューシーな油と絡み合って…… 甘みとコクが渾然と……
「どう?」
「兄ちゃん?」
「おいしい?」
「エルネストさん……」
「毒はなさそうじゃの?」
「遅効性の毒の反応もないですかね」
ロザリアが僕に浄化を施す。反応を見て僕の体内に毒素が残っているか確認している。
「問題なし!」
ロザリアがにこりと笑うと子どもたちが飛び跳ねた。
「やったーッ!」
「食べられるぞーッ!」
「ようし、焼くぞー」
「どんどん焼くぞー」
肉片はたんまりあるぞ。
「しょうがないな。テトたちの分もどんどん焼いて運んでやれよ」
「分かってるって」
まったく、戦を忘れてしまいそうだ。
「肝がすわった連中じゃな」
アイシャさんと交替で現われたエテルノ様も呆れて頬杖を突いた。
焼かれた肉が目の前の皿に落とされた。
「戦の最中だというのに動けない程食う馬鹿がおるか!」
相変わらず食い過ぎて転がっている子どもたちを叱りつけた。
「食えば分かるよ……」
「それもう肉じゃない……」
「肉じゃなかったらなんじゃと言うのじゃ!」
エテルノ様は置かれた肉を口に放り込んだ。
すると完全に黙り込んでしまった。
目を閉じ、余韻を楽しみ始めた。
「なんたるうまさじゃ…… ハァ」
会談の進行に支障を来たす予感がした。
定刻になり、旗艦からは王様と宰相のロッジ卿、『魔法の塔』の実行部隊の責任者が訪れた。ヴァレンティーナ様の船からはヴァレンティーナ様と姉さんとエンリエッタさんだ。母さんは遠慮したらしい。
予想は的中した。
船に残った残り香を嗅いで真っ先に飛びついたのは王様だった。
甲板に導かれ、あっという間に高貴な方々による焼き肉パーティーが始まった。
「あんたたちねぇ……」
ゲートの順番で遅れて現われたヴァレンティーナ様は光景を目の当たりにして頭を抱えた。
「いらっしゃいなのです! 手に入れたばかりのエンシェントドラゴンの肉なのです! ブルードラゴンに匹敵するうまさなのです!」
「超えてるって!」
姉さんも呆れて甲板の出入口に立ち尽くした。
「レジーナ、美味いぞ。早く座って食え」
『魔法の塔』の責任者は姉さんに臆していないようだった。どうやら友人のようだった。
子供たちは甲斐甲斐しく給仕に努めた。
肉のジューシーなうまさは疲れを一時忘れさせ、予想に反して話し合いのよい潤滑油になった。