始まりの日(式典開幕)4
式典の演壇の周りには既に大勢の人たちが押し寄せていた。
音楽隊が中央広場で軽快な音楽を奏でている。
演壇は西を向いて、広場の東にあり、北門から入った人々は西側に陣取っていた。
北側に既に入植している人族が、南側には同じく獣人が並んでいる。
空に鐘楼の鐘が鳴り響いた。
音楽隊の音楽が止み、群衆の注目を集めると、勇ましいファンファーレが式典開始の合図を告げる。
「これよりヴァレンティーナ・カヴァリーニ辺境伯領、首都スプレコーン移住開放式典の開催を宣言する!」
魔法使いは空に様々な色合いの仕掛けを凝らした巨大な魔法陣を放ち、城壁に控える兵たちは一斉にライフル銃を空に向け祝砲を捧げた。
曲は荘厳な行進曲に変わり、それに合わせて騎士団の入場が始まった。
ヴァレンティーナ様の新たな紋章が入った軍旗が高々と掲げられ、旗の下を完全武装した軍馬とそれに乗った騎士たちが通り過ぎる。
新たなエンブレムは『剣に巻き付いた竜と向かい合う一角獣』、王家とユニコーンの融合を象徴したものである。
騎士隊の後に同じく完全武装した歩兵隊が続く。一角獣の角のごとき鋭い槍先が付いた長槍を天に捧げる。
そして軽装のライフル部隊が殿を務める。ほとんどが身軽な獣人部隊である。衣装は森林迷彩と夜戦用の黒装束である。
僕とリオナの皮鎧に色を施したような装備だった。弾倉用のポーチや、鎧がこすれる音を消すための締め付け用ベルトが特徴的だ。人族には消音の魔法があるから主に獣人用の仕掛けだ。
僕たちの装備が、特にリオナの装備がベースになったことは明白だ。
演出は観衆をこれでもかと盛り上げた。
広場に割れんばかりの歓声が響いた。
やがて演壇の前にスプレコーンを守護する騎士団がきれいに整列する。三分の一は王女の子飼いの近衛からの転属であり、残りは退役兵や、志願兵からなる精鋭三千人である。オズローも末席でがんばっている。
そして次に入場してきたのは…… 僕は聞いてなかった。
森のなかからユニコーンたちが現れた。
それも子供たちではない。
『草風』の親父さんのような馬の何倍もでかい巨体なユニコーンたちである。額には長剣のように長く鋭い角が生えた正真正銘の一角獣である。
十頭が獣人族の隊列のさらに外側に整列した。さながら白い壁である。
群衆は恐ろしさと美しさに目を見張った。
そして、最後に獣人の子供たちとユニコーンの子供たちがペアになって、それぞれの親たちに守られるように二つの列の間に並ぶ。
今度は愛くるしさに群衆が悶えた。獣人の子供は可愛い。凄く可愛い。ユニコーンはただの馬だけど、子馬自体、可愛いので問題はない。
「あれも演出?」
僕が長老のひとりに尋ねると「どうしても見たいというもんでな。親同伴で叶えてやることにしたんじゃ」と気楽に答えた。
今日は引っ込んでいた方がいいと言った手前、『草風』と妹ちゃん、ふたりとここで再会するのはバツが悪かった。
まさか長老たちがこんなことを企んでいたとは…… 大丈夫かな? 何かあったらほんと困るんだけど。
「保護者がよく出てくれたね」
「保護者曰く、『最初にガツンとやるのがコツ』だそうじゃ」
なめられないコツか? 誰がなめるか!
「ところで僕の席順おかしくない? この場所なんか前過ぎるんだけど?」
「何言ってんだぁ。若がうちらのリーダーだっぺよ。そこが定位置だぁ」
ポンテばあちゃんが僕の背中を叩いた。
「それとも壇上のユキジと場所替わるけ?」
僕は首を振った。
新しい入居者たちが「なんで人族があんな所に座ってるんだ」という視線を向けてくるが、壇上よりはまだマシである。
そうこうしているうちに曲も佳境に入り、本命が壇上に現れた。
いつもの取り巻きに守られたヴァレンティーナ様の登場である。長いローブにマント姿。頭にはティアラが。いつもの凜々しい姿とはまた違った女性らしい出で立ちだった。
嗚呼、昔見たブロマイドの君だ。
どうせなら腰の剣も外せばいいのに。
姉さんも正装で一団の最後尾をすました顔で付いていく。
貴賓席には貴族のお歴々に混じってうちの両親も収まっていた。
うちの兄さんはというと、『災害認定』されてるので、貴賓席には上がらず、僕の後ろでリオナと一緒に干し肉の味見をしていた。
「おっ、また違う味だね。でもこれは…… ちょっと甘いか」
「さっきの方がいいですか?」
「そうだな。私はさっきの方が口に合うな」
「エルリンと同じこと言うのです。兄弟なのです」
まったく緊張感がない。式典中に何してんだか。
『わたしも食べたい』
『草風』の妹ちゃんが催促した。
「おやつはどうしたですか?」
『森に置いてきた』
「それは困ったのです」
『むう』
「お姉ちゃんの話が終るまで席を立てないのです」
そう言いながら干し肉を与えた。
「硬い肉だから口に合うか分からないのです」
反芻するから消化は大丈夫だろうが、問題は香辛料がユニコーンにはキツ過ぎることだ。
『美味しくない。硬い…… うえっ』
案の定、吐き出した。
『もう少し我慢しな。話が終ったら退場していいから』
『草風』が妹をなだめた。
そして言った。
『俺も味見したい』
こいつら……
リオナも懲りずに一枚差し出す。
「ちょびっとだけなめるです。まずかったら終わりなのです」
だが『草風』の反応は意外にも良好だった。
妹ちゃんは異議を唱えたが「大人の味」という曖昧な結論で幕を引いた。
『草風』がくちゃくちゃやっていると当然、他の子供たちも興味を引かれるようで、自分たちもほしいと催促し始める。
そこに獣人の子供たちまで混ざってきて、はなはだ領主の話を聞くにはふさわしくない雰囲気ができ始めていた。
僕の背筋に汗が流れた。
まずい、大変まずい状況である。
隊列が決壊しようとしていた。
「なんとかしてよ! 長老」
「うーむ、眠くなってきおった」
このくそ婆ァ!