タロス戦役(死闘の始まり)20
「旗艦から入電! 戦況を聞いてきてるよ」
「残るは目の前の敵だけだと伝えて…… いや、増援の可能性あり、余力を残しておくようにと。それと――」
「それと?」
「でかい獲物は貰った」
「了解!」
テトが笑った。
「全武装解除! タロス軍がある程度あいつに食われたら突っ込むぞ、って!」
鎌首をもたげてこちらを睨み付けた。
「気付かれた?」
「なんで?」
『どうせなら広い場所の方がいいじゃろ?』
エテルノ様か。魔力を放出して煽ったな!
見惚れる程巨大な四枚の羽を広げ、食いかけのタロスを捨てて羽ばたいた。
「速い!」
転移じゃないのか?
まっすぐ迫ってくる!
「あ!」
消えた!
「うわぁあああ!」
衝撃を食らった。
ヘモジとオクタヴィアが後部ロッカーまで吹き飛ばされた。
「ナーッ!」
「うにぁあぁあ!」
ヘモジはロッカーの扉に蹴りを入れて、凹ませながらもなんとかうまく着地した。その顔面を蹴飛ばし、一回転してオクタヴィアもうまく着地した。
「体当たりかよ!」
驚いているのはこちらより向こうのようだった。大抵の敵は今の一撃で落ちていたのだろう。
『よくもやったな! これでも食らえ!』
ピノがバリスタを撃ち込んだ!
誘導が効いて、離脱していくエンシェントドラゴンを追い掛けた。ドラゴンは身体を捻り、進行方向を瞬時に切り替えて見せた。それでも『必中』を撒くことはできなかった。
結界の障壁が反応して光った!
エンシェントドラゴンの羽の根元が吹き飛んだ。
さらに味方の攻撃が命中した!
『消えた!』
「転移した?」
エンシェントドラゴンが虚空に消えた。肉片だけが雪原に落ちた。
「肉……」
オクタヴィアが足元の窓を覗き込んだ。
どこに行った?
全員が周囲を探った。セオリーなら後尾上方だが、運動性能が桁違いだ。どこからやって来てもおかしくない。
『五枚以上あった!』
ピノが叫んだ。
『数え切れなかった!』
相変わらず『鷹の目』は凄いな。一瞬を捉えたか。
「五枚以上か…… 多重結界も別格か」
『でも剥がれたのです!』
『いた! 上にいるよ!』
上空に現われたエンシェントドラゴンはまだ傷付いていた。根元以外にもこめかみの辺りの角が折れて、流血していた。その目は怒りに満ちていた。
「結界が何枚あってもバリスタとミスリル弾は通じるはずだ」
理論上、多重結界が何枚あろうと、改造した術式には関係ない。赤いカートリッジ弾も数撃ちゃ貫通するだろうが、障壁の回復力を上回れるかどうか。
もっともみんな称号持ちだ。ドラゴン種ならエンシェントドラゴン相手でも有効なはずだが…… 強力な物から使っていくのが常套か。
『さすがに次は警戒するじゃろうの』
『装填完了!』
『ブレス、来ます!』
『ブレスは攪乱じゃ!』
『分かってる!』
戦い慣れたもんだな。
結界がブレスを弾いて視界が塞がれたところに転移してきた本体の鋭い爪が掴み掛かってきた。
が、待ってましたとばかりに稲妻の束がエンシェントドラゴンの頭上を襲った。銃弾もバリスタの矢も容赦なく腹に叩き込まれた。
ミシミシと船が軋む。衝撃の余波が船を襲う。
こちらの結界は健在だが、ドラゴンの結界はまたもや剥がれされた。エンシェントドラゴンは悲鳴を上げた。
魔法と銃弾の雨がエンシェントドラゴンの頭と土手っ腹に風穴を開けた。
それでもドラゴンは船を掴みに掛かる!
「なんてしつこいんだ!」
「船体が保たないよ!」
障壁が…… こいつ、さっきから何してる?
四枚ほぼすべての羽が同時に切裂かれた。
『無刃剣』!
アイシャさんとエテルノ様か?
リオナの放った銃弾が金色の目に突き刺さった。
さすがに堪えきれずに結界から剥がれ落ちた。
『どうだ、見たか!』
ビノが落下するドラゴン目掛けてとどめを刺しにいった。
だが、巨大な塊はバリスタが命中する前に、地面に激突する前に消えた。
『また消えたッ!』
「全方位警戒!」
『いくら魔力が無尽蔵だと言っても、転移をこうも繰り返し使っていられるはずがない』
「どこかで回復を図るはずじゃ!」
『ああああッ!』
ブレスが吐かれた。
それはまるで予期せぬ方角だった。
タロスと交戦中の旗艦上空に羽根もないのに現われ、船を落下しながら襲撃したのだ。
旗艦の障壁は容易くブレスを防いだ。が、落ちてきた巨大な塊の体当たりには耐えきれなかった。
船体が大きく捻れ、胴体の一つが折れ曲がった。
だが、その報復はドラゴンには痛かった。
よく見えなかったが、ダンディー親父の一振りがエンシェントドラゴンを貫いたのだ。
ドラゴンは三度姿を消した。
『落ちた!』
遠くの森に衝撃音と共に土煙が舞い上がった。
「旗艦大丈夫か?」
「気嚢さえ無事なら落ちやしないって」
「危なかったな」
『まさか、この距離を跳躍するなんて。冗談抜きで魔力、底なしか?』
パスカル君たちも騒いでいる。
回復する前に追い込みたかったが、あの跳躍がある限り、旗艦と離れ過ぎるのは得策ではなくなった。
もしも陽動だったら……
『狡猾じゃな。こちらが動けなくなることを分かっていてやったとしたら大した奴じゃ』
「いや、そんなんじゃないよ。転移は転移する前の慣性を引き継ぐんだ。だから羽のない状態で落下ダメージを緩和させるためには、ああするしかなかったんだよ。自分の身体を支え切れそうな大きな物に身を任せたのさ。要は旗艦をクッション代わりにしただけのことだよ」
『転移を扱う者にしか分からぬ認識じゃな』
『でもそれ以上に予想外のしっぺ返しを食らったわけだ」
『素直に落ちていればよいものを』
バリスタの矢が放たれた。
『ゴーレムじゃ。休む暇を与えるな!』
召喚術式をドラゴンの四方に展開した。
だが、それに気付いたドラゴンは再度虚空に消えた。
『出てこないのです?』
「不味いな」
可能性を考えなかったわけじゃないが、実際やられると溜め息が出る。
『亜空に閉じ籠もったまま回復しておるのかの……』
「エンシェントドラゴンの永遠の所以か…… 通常の生物では手が出せない。次に会ったときには最初からやり直しだ」
『どれだけ魔力があり余ってんだよ!』
『それでも魔力は減ってるのです!』
『問題はいつまで潜っていられるかじゃ。怒りにまかせてすぐ出てきてくれればよいが、一年後じゃとか、十年後じゃと困るぞ』
あいつ…… 船の結界に張り付いている間、障壁を転移で抜けようとしていた……
特殊弾頭対策で転移防止効果が含まれていたのが功を奏したけど、結果や見た目程、地力に差があるわけじゃない。天秤はいつ傾いてもおかしくない。
やはり奴は狡猾だ。