タロス戦役(合流)18
「おー、やってる、やってる」
ドラゴンが餌にたかる蠅のように接近と離脱を繰り返している。機動性が他の船とは違うんだよ。僕たちの零番艇の技術が真っ先にフィードバックされる船だ。型こそ一世代前の物だが、中身は僕たちの船と遜色ない。むしろ船体が軽い分、こちらがミスリル装甲にするまでは機動性はあちらの方が上だった。
僕たちもああ見えているのだろうか?
「お姉ちゃんがいるんでしょ? 助けなくていいの?」
母さんがソワソワしている。
「近付いたら却って邪魔になるよ。こっちはこっちで数を減らしていかないと」
「通信! 『ここは任せろ。旗艦を守れ』以上」
ロメオ君が言った。
「ほらね」
「だったら母さん、あっちに行きたいんだけど」
またこんな時に……
「こっちの戦力は足りてるでしょ? 向こうはお姉ちゃんだけみたいだし」
確かにドラゴンとやり合える魔法使いは姉さんだけだけど、他の船より銃も弾もあるし…… いざとなったらヴァレンティーナ様の無双だって。
大体、パトリツィアさんのことはもういいのか? 第一師団は王様と一緒だと思うけどな。
「お兄ちゃんの方は任せたわよ」
決定かよ。しょうがないな……
「通信。『母、送る!』以上。テト、邪魔にならない程度に少し船を近付けてくれ」
『了解』
「ゲートを開くから、気を付けてよ」
「分かってるわよ」
母さんに言ったんじゃないよ。
使用人のルーさんが荷物を抱えて飛び込む構えをした。
申し訳ありません、母さんをよろしく。
「準備完了です。ココ様」
「じゃあ、みんなも気を付けるのよ。危なくなったらちゃんと逃げるのよ」
「お母様もご無事で」
「リオナちゃん」
名前を呼ばれて、リオナはビクリとなった。
「今度のお肉祭りには義母さんたちも呼んでね」
「はい、なのです! 盛大にやるのです!」
『肉祭り』という単語を聞いただけで伝声管の向こうでピノとピオトが奇声を上げた。
みんなに見送られ、母さんはゲートに消えた。出口は向こうの甲板だ。
「なんかドッと疲れた」
『『いらない』って通信来てたけど、無視してよかったのかな?』
テトが言った。
「いいの、いいの。半分照れ隠しなんだから」
でも身内の前で筆頭代行として偉そうに振る舞うのは結構やりづらいだろうな、姉さん。特に母さんの前では威厳など簡単に消し飛んでしまうからな。今頃「お姉ちゃん」を連発していることだろう。天下の魔女様も形無しだ。あの船のなかで何が起こっているのか考えるだけで笑わずにはいられない。
いや、聞き耳を立てている連中はもう吹き出している。
「楽しそうなのです」
「じゃ、指示通り、王様の下へ馳せ参じるとしましょうか」
地上部隊も頑張っていた。抜きん出た連中はどこにでもいるもので、彼等を中心に精鋭相手に持ちこたえていた。
接近される前に討つを基本にしながらも、突破してきた敵に対しては彼等が足止めし、後続が集中砲火を浴びせていくスタンスだ。
それでも敵の一振りで形勢は容易く変わってしまう。怪我人は大事に至る前に後方に回され、常に人員を入れ替えながらギリギリの死闘が繰り広げられていた。
双方の屍が大地に積もっていく。
そんななか地鳴りがじわじわとタロスの軍勢の後方から迫ってくる。
何ごとかと双方の攻撃の手が一瞬緩む。
タロス軍は振り返り、影を見上げた。
横一線、タロスの軍勢は薙ぎ払われた。
『切り込み隊長』が文字通り中央を突破して、戦線を切り開き、敵精鋭たちの後方を襲ったのだ。
さらに両サイドから巨大なミンチハンマーを振り下ろすタイタンが二体、迫ってくる!
そして逃げ出したタロスの軍勢を薙ぎ払う『古のゴーレム』が一体。
味方の陣営から一瞬の静寂の後、歓声が沸き上がった。
彼等が窮地から解放された瞬間だった。
均衡が破れた。
挟撃を受けたタロス軍は逃げることもままならず、大した抵抗もできずに瓦解していった。
「勝ったな」
戦いが続く戦場を横切りながら僕たちは北東を目指した。
味方の船から戦況を確認しつつ、旗艦の居場所を教えて貰った。
「やはり突破されたか」
北軍は壊滅、敗走に転じたようだ。
生存者不明。五万にも及ぶ兵団が未開の地に飲込まれた。
「第一師団が穴埋めに向かったらしい」
「予想より早かったな」
あの王様が柱を二本取りこぼすぐらいだからな。
ダンディー親父を中心とした船団が不幸な第一次遭遇戦の最中、落せるだけの柱を落として地上部隊を残して北へ救援に向かったらしい。
「じゃあ、飛空艇だけで?」
「空の敵さえ捌けていれば、取り敢えず旗艦が落とされることはないだろう」
「あの船が落ちるとも思えないけど」
『魔法の塔』の精鋭魔法使いを大量に乗せて、ブラックボックス化した『飛行石』のおかげで武装も当初の予定より大量に積み込んでいるはずだ。
斥候なのか、はぐれたのか分からないタロスたちの姿をたまに雪原のなかに見た。
こんな所まで……
「参ったな」
既に湖の対岸にまで敵の斥候らしき一団が迫って来ていた。
本陣の戦いが長引いていたら挟撃されたのはこっちだったかもしれない。
冒険者たちは兎も角、北軍には僕の提案した武装はほとんど届いていなかった。いくら南部と仲が悪いからといって装備を怠ってどうする! そもそも軍資金が心許なかったせいもあるが、だったら国の支援を受けるべきだった。飛空艇の購入記録を見ても北部からの注文は数える程しかなかった。西方の魔物相手に苦戦を強いられている連中が、ドラゴンの群れとどう戦うつもりだったのか。
敵の数に比例して、味方の屍の数も増えてきた。バリスタを設置した砦も周囲を丸ごと、何もかも焼かれて炭の山となり果てていた。
犬死にだ…… 悔しさが込み上げてくる。
『戦ってる!』
テトがそれだけ伝えてきて黙り込んだ。チッタとチコが両舷の窓に張り付いた。チッタが「こっち」とチコを手招いた。
リオナもオクタヴィアも耳を立てた。
『お兄さんかな?』
「かな?」
子供たちとあまり面識ないからな。実家か別荘で何度か会ってるはいるけれど、近付くとアイアンクローが待ってるからな。チビは要注意だった。
「パトリツィア義姉さんなのです! 後、熊が暴れてるのです」
熊って……
「こんな所にいたのか? 何してるんだ? テト、済まない」
『分かってる』
船の針路が西にずれた。
『信号弾、上げます!』
「了解だ」
湖の対岸を越えて、そのままほぼ北に進んだ場所に兄さんたちがいた。第一師団の特殊遊撃部隊だ。速さを旨とする騎馬隊だが、兄さんだけは義姉さんに馬を預けて小規模な敵陣に特攻をし掛けていた。