タロス戦役(反抗)14
「柱が…… こんなに近い……」
これは不運だった…… と思う。
柱の瓦礫を見る限り、本陣の目の前に柱が落ちてきたようだった。いきなりのガチンコ勝負になっていたと考えられる。
周囲を探ったところ、近くに落ちた柱は一本のみだったが、それが与えた影響は計り知れない。
いきなりの総力戦。柱を破壊したはいいが、被害甚大、後退を余儀なくされたと考えられる。
「味方が近過ぎて大きな魔法も使えなかったはずだ」
第三軍の前衛部隊はほぼ壊滅。
でも全軍ではなさそうだ。殿を買って壊滅したのかも知れない。
涙…… 目頭が熱くなって…… こらえなければと思うのに……
「立ち止まってる時間はないのです!」
リオナが叫んだ。そして鼻を大きく啜った。
僕は目頭を袖で拭った。
「そうだな。味方はまだどこかで戦っているはずだ!」
犠牲者の遺体の数は全軍のそれには及ばない。
「ハイエルフの『姿隠し』を使ったのじゃろう。犠牲者が後方に流れていないところを見るとうまくいったと考えるべきじゃ」
「味方は無事か……」
でも敵をやり過ごしていてはいずれ騎士団所どころか一般市民に被害が及ぶ。
「待ってろよ! 柱を落としたら返り討ちにしてやる!」
ファイアーマンが叫んだ。
それは全員の総意だった。
献花など捧げている時間はない。
「テト、前は見えているか?」
『うん…… 大丈夫』
「柱を落とすぞ!」
『了解! 進路このまま、最大船速ッ!』
敵の第二陣が飛来した。
「妾が相手しよう」
アイシャさんが前に出た。
「同胞を殺めた責任、取って貰うぞ」
「『衝撃波』!」
指向性を排除した全方位型の『衝撃波』だ。それも通常の破壊力の比ではない。
衝撃の波動が空をすり抜けた!
波に触れたドラゴンタイプは逃げる間もなく一瞬で空気の壁に押し潰され、空の染みになった。
ドラゴンタイプの屍が地上に隕石のように降り注いだ。
地上を我が物顔で徘徊していた上陸部隊は空を見上げ恐怖した。ドラゴンの肉片が軍勢を次々押し潰した。
「おまけじゃ。受け取るがいい!」
大地から火柱が吹き出し、雪の平原が真っ赤に染まった。
大軍は叫びながら逃げ惑うが、逃げ切れたのは隅にいた運のいい一部の連中だけだった。そんな彼等も空からの落下物に押し潰されていた。
「『地獄の業火』だ」
眼下にいた敵部隊は骸すら残さず、あっという間に燃え尽きた。
熱で緩んだ雪山が鳴きながら雪崩を起こした。
尾根にいた敵部隊は亀裂に飲み込まれて谷底に姿を消した。
影響は平原の片隅に過ぎなかったが、味方がどこかにいるのなら気付いただろう。まだ戦っている味方がいることを。大地を覆わんとするタロスの上陸部隊は知るだろう、抗う敵がまだここにいることを。
母さんが杖を持ったまま目を丸くしていた。
上級魔法三連発だったからか、全員顔色も変えずにケロッとしているからか。
高度を違えていたドラゴンタイプはかろうじて生き残っていた。が、襲撃してくる度量はないようで自分の仲間たちがいる柱のある後方へと飛び去っていった。
地獄の光景を目の当たりにした上陸部隊は進むべきか退却するべきか混乱していた。このまま進めば挟撃は間違いないが、引き返したところで煮えたぎる業火が待っている。
「無駄弾を使わずに済んだわね」
ビアンカが軽口を叩いた。
パスカル君たちも胸を撫で下ろした。
全員、大きく息を吐いた。
そんななか、オクタヴィアだけが空を見上げている。
「どうした?」
「なんか変」
緑色の空に空いた穴は未だ閉じる気配がなかった。
「まさか! また落ちて来るのか?」
「テト、高度を上げろ! ピオト、上空警戒!」
遠距離攻撃をし掛けてくる柱が落ちてくる!
僕はライフルに『魔弾』を装填する。
「来たッ!」
子供たちとリオナとオクタヴィアが一斉に叫んだ。
右舷、やや遠く外れた位置に大気を震わせながら太い柱が落ちて来た!
そして銛のように鋭い先端が大地に突き刺さる!
衝撃が大地を貫き、亀裂が走った。
亀裂は地面の上の味方を容赦なく飲み込んだ。
先手必勝!
「撃たれる前に撃つ!」
遠距離攻撃を食らう前に『魔弾』を放った。
万能薬の小瓶を飲み干す。そしてもう一発!
ピノとピオトもバリスタを叩き込んだ。
障壁が輝いたかと思うと柱が自重で潰れた。そしてそのまま上部が大地に滑り落ちてきた。
よく分からないが、穴の向こうで静止装置が働く前に柱が折られたせいで、柱の最上部らしき物まで落ちてきた。
球根のように丸く膨らんだ最上部が地上に落ちていった。
折れた二本の柱は結果大地に突き刺さったが、ゆっくりと傾き、やがて耐えきれずに根元から折れて地上に落下した。
柱のなかにどれほどの敵が収容されていようとも、もう同情する気にはならなかった。
目標の柱に近付くに従い、上陸部隊が大地を埋め尽くし始めていた。
「橋頭堡を築く概念がないのかしらね?」
母さんが言った。
「強固な個体は連む必要がないのじゃろう。それぞれが城であり、要塞じゃからな」
「そしてそれ故に滅ぶのじゃ」
アイシャさんの言葉にエテルノ様が言葉を添える。
タロスのドラゴンタイプは攻めてこなかった。こちらが柱に近付こうともその後ろに隠れて機を窺っていた。
突然、爆発が起きた。落下した柱が誘爆し始めたのだ。
炎と煙を上げ始めた。
そして球根のような先端に火が移ると更に大きな爆発が起きた。
「衝撃注意!」
船が爆風に震えた!
振り返ると根こそぎ掘り返されて大地に大穴が空いていた。
タロスの上陸部隊が巻き込まれて半壊していた。
みんな唖然となって足元を見詰めた。
「もう落ちてこないか?」
オクタヴィアが空を見上げる。
くしゃみした。
「ナー?」
ヘモジがマンダリノを頬張って毛布から出てきた。
何? 風邪にはマンダリノがいい?
「その前に万能薬飲んどけ」
ヘモジとオクタヴィアがポンと手を叩いた。
食い過ぎたときは平気で飲むくせに、肝心なときになんでスルーなんだよ。
「しばらく落っこちてこないから平気」
ん? それはどういう意味だ?
「魔力が溜まったら落ちてくる。たぶん」
「え?」
「ナーナ」
「なるほどそう言うことか!」
エテルノ様が感心した。
「何?」
「奴らの魔力だけではこちらに落せる柱の数に限界がある。だからこっちの世界の魔力を吸い上げることで追加の柱を落としてるんじゃないのか?」
「ナーナ!」
「凄い! タロス賢い!」
「……」
理屈は分かってなかったのか……
つまり、こちらが大きな魔法を使えば使うほど新手の柱が落ちてくるという案配だ。勿論、打ち止めはあるだろうけれど。
「乱発は控えた方がよさそうじゃな」
『柱が射程に入ります』
目標の柱を落とすと僕たちは再び北に舵を切った。そして二本目の柱を目指した。
「さすがにあれ全部は落せないな」
逃げていくドラゴンタイプの群れを追い掛ける余裕はなかった。いくら何でも数が多過ぎた。
「野生化しないといいけど」
「戦が終わっても西方は問題山積じゃな」
失われた第三軍の前衛部隊の補充だけでも何年掛かるか。
いや、それ以前に本体はどこでどうしているのか? 敵を素通りさせたりはしないだろう。きっとどこかで戦っているはずだが、エルフの結界が状況を見えにくくしていた。




