タロス戦役(ロザリア奮戦す)11
ロザリアは自分の編み出した『氷結爆裂』を容赦なく敵陣に叩き込んでいった。
ロザリアも成長したものだ。装備付与のおかげもあるが、あの魔法を連発できるようになったのだから。
タロスは巨体故、さすがにクヌムを複数まとめて葬ったときのようにはいかないが、凍らせてしまえばこれまた大きく成長したアムールの一撃が粉砕してくれる。
足場の悪い雪原で僕はボードを滑らせた。
正直この状況で剣を使えと言うのは酷というものだ。
だからすべて『雷神撃』でことを済ませた。ボードで滑りながら『スラッシュ』を撃ち込むのは僕の技量ではおぼつかない。すれ違い様『雷神撃』を食らわせて麻痺してくれている間に上から狙撃して貰うに限る。でないとベンガルの移動速度に置いて行かれてしまうのだ。あれだけの巨体が雪に沈まないというのは正直反則というものだ。
下にいる連中にこちらは見えているのか?
「『無刃剣』じゃ駄目かな!」
接近戦を強いられる『雷神撃』を何度か空振りした僕はロザリアに向かって叫んだ。
すれ違い様、一気に懐に入るのは難しい。かわされたり、ガードされてしまったら戻ってどうにかする時間もない。
だから遠近両用、高速処理できる『無刃剣』使っちゃ駄目ですかね?
「絶対とは言ってないじゃな――」
語尾が聞き取れなかった。が、使っていいと解釈した。
要は目立たぬように次期聖女様の身辺警護をするのがお役目だ。
アムールだけでは、たまに倒し切れていないとベンガルとの距離が開いてしまうので、その繋ぎ的な立ち回りをしつつ、遠距離から狙ってくる敵の間に割り込むのが僕の役目だ。割り込んでしまえばアムールが片づけてくれる。
アムールが勝てない相手にはロザリアが遠距離から『氷結爆裂』をお見舞いする。精鋭クラスにはとどめとはならないが、動きを制限することはできる。そうなったら上空からでも狙撃できるし万々歳だ。
もっとも精鋭は最前列で盾役をしているようなので、後方にいる敵はロザリアの敵ではない。
船の上では恐らく皆、驚いているだろう。普段前に出ないロザリアが一度前に立てばこうなることに。
エテルノ様の『古のゴーレム』がわざと僕たちから一歩下がった左位置から外縁を襲撃している。
たぶんロメオ君だろう召喚した『タイタン』を右側に配して『古のゴーレム』と対になるように動いている。
「今日はミンチハンマー持ってるみたいだな」
あれもオプションなのだろう。
思い切り雪を巻き上げて、強引に突き進むタイタンの姿は『古のゴーレム』のスマートな所作より遙かに迫力があった。
あの二体を見て騎士団まで逃出さなきゃいいけど。
タロスがでかいと言っても上級のゴーレムのでかさに比べれば、人とタロス程違う。おまけに二体の結界を破る術もないのだからタロスたちはお手上げだ。
だがタロスの前進に拍車が掛かる結果となった。
このままだと精鋭が残りそうだな。
僕は巨大な斧を持って正面で身構えるタロスに向かって『無刃剣』を放つ。斧の下を滑り降り、次の敵を同じく切裂いた。
巨大な上半身が雪原に転がり、そのまま傾斜を転がり落ちていく。
百体以上いた敵は二十体を切った。が、残っているのはワンランク上の精鋭たちだ。
敵は一番与し易いと感じたロザリアに集中した。
これはしてやったりの状況だった。
正面突破を諦めてくれたのは幸運だった。
敵は踵を返してベンガルに跨がるロザリアに襲いかかった。
が、次の瞬間、脳天を射貫かれた。
太陽を背にした零番艇が陰を落とした。
タロスは吠え威嚇するが、この時とばかりにミスリル弾が結界を越えタロスの上に降り注いだ。
精鋭は棒立ちのまま弾丸の雨に討ち取られていった。
ロザリアは最後に残った、恐らくこの部隊のリーダーであろう一目も二目も違う装備を着込んだタロスに向かって『氷結爆裂』を叩き込んだ。
敵の結界がロザリアの取って置きを容易く弾き返した。
氷の塊が四散して視界を塞いだ。
同士討ちを恐れて騎士団も手を出さずに次のアクションに備えた。
だが、地鳴りを起こして巨体は沈んだ。
巨人の眉間には『グングニル』が突き刺さっていた。
「町の子供たちと鬼ごっこするにはわたしも『身体強化』を学ばないといけなかったもので」
おかしな言い訳をしながら僕の方に戻って来た。
僕は雪の上、ロザリアはベンガルの上、宛ら僕は聖女様の従者役だ。
僕はボードを仕舞うとアムールの背に跨がり、二体のゴーレムに見下ろされながら、聖騎士団と合流を果たした。
歓声が出迎えた。
大勝利のなか、僕たちは点検も兼ねて地上で昼休みを取った。
聖騎士団はこの後、来た道を引き返し、第三軍の後ろに付くことになるらしい。夜戦は籠城戦になるだろうとのことだった。僕たちが造った砦が使われなかったことからも分かるように敵の出現は想定より東側で起きている。味方の防衛ラインは想定より圧縮された状況になっているはずで、最後尾は未開の地から出ている可能性が大きかった。
それに一番の心配事はそうなったときの北軍の立ち位置だった。
本来一歩引いた所で展開する手筈だったが、国王陛下率いる第三軍を中心とする混成主力部隊と同列に並ぶことになるのである。
戦場が圧縮されたことで、あぶれた主力部隊が北に回る可能性はあるが、伝令からの情報では柱の一本が北軍の正面に落とされたらしい。
聖騎士団の危機的状況を見ると、笑っている余裕はなかった。一番弱い部分がまた足手まといになる予感がしてならない。
僕の造った湖があるので北から本体が襲われる危険はないだろうが……
柱の数はあれから減っていない。
南軍が回り込むのが早いか、北軍が突破されるのが早いか……
聖騎士団が中央の南を分担できれば、その分本体を北に差し向けられる。
「エルネスト様、ロザリア様から魔石を譲って貰ってこいと言われたのですが、お願いできますでしょうか?」
教会の輜重兵が荷馬車を引いてやって来た。
「え? 魔石」
「恥ずかしながら我が教会の所有する飛空艇は魔石の枯渇によって後方に下がった次第でして、弾薬はまだ充分にあるのでございます。船体修理も済ませましたが、後方からの魔石の補充を待っていたら夜になってしまいます。ロザリア様が余分があると申されるのでお情けに預かれないものかと――」
「この船は一週間でも戦えるのです。今準備するのです」
倉庫のなかだけなら一週間分だが『楽園』のなかになら一ヶ月分はある。
枯渇してから特大集めに奔走したからな。それを両替できるだけ両替したから、木箱が山のようだぞ。
聞けば大破は二隻で、動けるのは三隻だけだそうだ。
木箱一つあれば今日一日使う分には充分だろう。
聖騎士団の死者が結局、対戦初期に大破したクルーだけという嫌な情報を聞いてしまった。
負傷だけなら教会だ。回復魔法と薬でなんとでもなったはずなのだが…… ブレスの集中砲火を浴びての即死ではな……
旧型の仕様のままだったことが仇になったらしい。魔石交換のための予備スロットがない仕様だったようだ。
魔石と補充担当の魔力が尽きた瞬間が終わりの時だったようだ。
木箱を丸ごと一つ渡した。緊急脱出用の転移結晶も付けた。クルーに絶対持たせるように言い聞かせた。
お代は戦いが終わってから請求すると言っておいた。恐らくロザリアが肩代わりするのだろうが。




