始まりの日(乱闘)3
だが、次の瞬間、男の顔面に炎が炸裂し、両腕が切断された。
奴隷商人たちはおろか、群衆も、もちろん僕も一瞬、何が起きたのか分からなかった。
親父と兄さんが泣き叫ぶ男の向こうで抜刀していた。母さんもその手に炎を宿していた。
「我らはヴィオネッティーである! 我が息子に手を出した責任は取って貰うぞ。奴隷商人ども!」
親父は地響きがする程でかい声を張り上げた。
「弟に手を出した罪は万死に値する。全員死んで詫びて貰うぞ」
兄さんも氷の様な視線を男たちに向けた。
「よくもうちの子に手を出したわね。骨も残さず――」
「ああ、母さんはいいから!」
僕は咄嗟に母さんを引っ込めた。
「ヴィオネッティーだと」
泣き叫ぶリーダーに手を貸しながら、男たちが剣の矛先を親父たちに向けた。
「関係ねぇ奴は引っ込んでろ!」
人にナイフ投げてきておいて言うことか?
あッ、それ『完全回復薬』!
男の切断された腕が回復していく。
へー、お金持ってんだ。さすが奴隷商人。でも一本だけじゃ、片腕は諦めるしかなさそうだな。
というより母が燃やした。
「何しやがる!」
そこへさらなる乱入者が。
『草風』とリオナである。
「悪党は退治するのです!」
空から降ってきたリオナが男のひとりに蹴りをかました。顔面を蹴られた男は地面に倒れて動かなくなった。
『草風』は雷を男たちの上に容赦なく落とした。
さすがに手練れだけあって、男たちはすぐさま物陰に隠れた。
だが、物陰に入ったはずの男たちは次々路上に蹴り出されて地べたに転がった。
「うちの若に手を出す奴は容赦しねえぞ、奴隷商人! ここはお前らの来る町じゃねぇ」
酒が回ってちょうどよくできあがった獣人のお仲間たちだった。
式典は午後からだぞ、みんな!
巨大な斧が檻を破壊した。長老のひとり、熊族のトレド爺さんだった。
こちらもできあがっていた。
「馬のどこが魔物だ。この馬鹿もん共がァ!」
あーあ、言っちゃった。
周囲から嘲笑が起きた。
ここに姉さんが乱入したら怪獣大戦争だ。
ちなみに怪獣というのは異世界のドラゴン並にでかい架空の魔物のことだ。
「祝いの酒がまずくなるぞい」
「そこまでだ、お前たち! 全員武器を置け! 長老、あんたもだ」
城壁の上から銃を構えた警備兵たちがこちらを狙っていた。
騒ぎを聞きつけた守備隊の増援も続々と駆け付けてくる。
「出番、ありませんでしたわね」
母さんが言った。
「エルリン、大丈夫?」
リオナと『草風』が戻ってきた。
『草風』がじっと白馬の方を見ている。
『あいつらユニコーンと馬を間違ったのか?』
「そうらしいな」
『全員踏みつぶす!』
「まあまあ、凄いわ! あなた、ほんとにしゃべれるのね? ユニコーンちゃん」
そう言って母さんは『草風』の身体にスリスリする。
『ちゃん?』
「あら、この子は角が生えてるのね。お兄さんなのね。この子もリオナちゃんのお友達?」
「みんなのお友達です」
『誰だ?』
「僕の母さん。あっちが親父でそっちが兄さんだ」
『そうか、憶えておく』
「それよりずらかった方がいいぞ。人がこれからどんどん増えてくるからな。面倒に巻き込まれる。今日は森で大人しくした方がいい。妹ちゃんもだ」
警備兵たちが男たちをお縄に掛けていく。
白馬の持ち主も現れ、警備兵に頭を下げている。
「一件落着だな」
親父が言った。
「何が落着だ。騒ぎを助長して! エルネスト、お前か。連れてきたのは!」
怪獣が来た。
「まあ、レジーナちゃん。大きくなったわねぇ」
母さんが姉さんに抱きついた。
「母さん! なんで母さんまで!」
姉さんは母さんを振り払おうとしたが、母さんは離れなかった。
「そうか、そういうことか……」
姉さんも理解したようだ、今回の出張の発案者が誰か。
姉さんが現れたことで周囲の視線を益々浴びる僕たちであったが、内情を知るものがいたら血の気が失せていたことだろう。実質、災害級がふたりと最高レベルの魔女がふたりだ。この町が何度か消し飛ぶレベルだ。
僕たちは姉さんに連れられ、領主の館に向かった。
「全く、来て早々騒ぎを起こすなんて、さすがというか、なんというか…… でも被害がなくて助かりました」
ヴァレンティーナ様が大広間で開口一番そう言った。
「この地に一番入れてはいけない連中だからな。獣人たちの子供を平気でさらうような連中だ。息子に何もなくてもやっておっただろう」
「殺さないで下さっただけでも助かります。式典前に血を見るのはごめんですからね。それにしてもアンドレア様はここまでどうやって参られたのですか?」
「昔の遺産と弟から預かった転移結晶で」
「ああ、そう言えばそんな物がありましたわね。まだ動いたのね」
ヴァレンティーナ様は姉さんを見た。
姉さんは腕組みをして、渋い顔で僕に視線を向けた。
「歓迎しますわ。今後のために非公式にではありますが、直通のポータルも設置しましょう。少し距離がありますけど、中継地を挟めば可能でしょう。アルガスの領地を抜けるのは一々面倒でしょうから」
「それは助かる申し出だ。こちらも異存はない」
「わたしも嬉しいわ。これでいつでもレジーナちゃんに会いに来られるものね」
母さんが手を叩いて喜んだ。
一方、姉さんは頭を抱えた。
当分機嫌が悪くなりそうだな…… 城には近づかないようにしよう。
でも鬱憤を仕事で晴らしてくれそうだから、工期短縮の利点はあるかも。
母さんをけしかけるというのは案外いい手かも知れないな……
「アルガスの御仁は相変わらずかな?」
親父が言った。
「ええ。わたしたちのおかげで潤っているというのに、街道の整備ひとつやる気はないようで」
「ケチなところは血筋かの」
「そのうちこっちが陸の孤島になるんじゃないかと不安になりますわ。なんとか主導権がほしいところです」
「こちらでも積年の悩みの種なのよね。ほんと治政に興味のない方で困ってしまいますわね」
母さんが愚痴った。
「いっそ魔物をけしかけるか。城壁の一枚も壊れれば、あの寝ぼけ頭も目が覚めるじゃろ」
親父が笑った。
「そんなことしたら街道封鎖されかねません。御仁はとことん内向きな方ですからね。こちらとしては取り敢えず、公国の方に手を伸ばそうかと考えています」
「姉上のお指図かな?」
「それもありますが、やはり文化が交流する場所に商人は集まると申しますから」
「随分ひどい目に遭ったようだが、それでもかね?」
「単なる地ならしです」
「ものは言いようじゃの」
「はい、ものは言いようです」
「その話乗った。兵隊が必要ならいつでも貸そう」
朝食の準備が整うと僕たちは食堂に通された。
テーブルのバスケットには僕たちの土産のドワーフ村のモチモチパンが並んでいた。