タロス戦役(タロスvs聖騎士団)10
突然の横からの襲来に大群は足を止めた。
遠くで起こっている景色は他人事で、彼等は自分を被害の想定範囲外に置いた。
時間と共に雪煙がどんどん膨らんで空を覆い始めると、ようやく自分の過ちと、逃げ出すには遅すぎることを知る。
必死に逃げ惑う者、結界を張る者、理性を失い吠える者、それらすべてを雪煙は容赦なく飲み込んだ。
「うわぁあ」
谷間が埋まった。
皆、窓に張り付いて前方を見下ろした。
雪煙がさらに低位に流れ去ると被害状況が露わになった。
さすがにでかい分、これで終わりとはならなかった。
半身埋まっただけでほぼ全ての兵が健在だった。だが、持ち物は流され、埋まったまま起き上がらない巨人も相応に散らばっていた。
「向こうの世界には雪山はなかったのかな?」
そもそも雪崩の怖さを知っていれば、歩き易いという理由だけで谷間を行軍することはないはずだ。
「武器がなければ戦えまい」
「素手でも充分怖いですけどね」
パスカル君が投擲用の鏃を握り締めた。
「取り敢えず足止めにはなったわね」
「騎士団のためにも雪崩は起こしておいて正解ですよ。戦いが始まってから雪崩が起きたら壊滅してしまいますからね」
フランチェスカとロザリアも戦闘態勢を取った。
「せっかく助かったところ申し訳ないのだけれど…… 殲滅開始!」
谷間に沿って船はゆっくりと進む。
ほとんどのタロスは埋まったまま身動きが取れず、銃弾の餌食になっていった。
『信号弾ッ!』
「もう合流した?」
テトの声に驚いた。
『ボードに乗ってる! 斥候部隊です!』
『戦況を聞いてきてるけど』
「『柱は破壊した。空域も制圧した。残敵は今見えている分だけだ』送れ」
光通信を送る間も僕たちの攻撃は続いていた。いくら残り弾だからといっても躊躇はなかった。
特に『アローライフル』を持ったピノとリオナは撃ち放題をいいことに列を乱して逃走する者を容赦なく仕留めていった。さすがに結界持ちには苦労させられているようだが、スキルと連射でなんとか対応していた。
タロス兵は岩陰に入り反撃を試みるが、如何せん武器が届かない。仕方がないのでこちらをやり過ごそうとする。
こうなるとこちらも身動きが取れなくなる。
残敵は残せないのだ。彼等の生態がどうなっているのか分からない以上、一体たりとてこの広い山岳地帯に逃がすわけにはいかないのだ。
斥候部隊が姿を消した。
「何か言ってた?」
『麓に陣を張るってさ』
「追い込めってことね」
「聖女様は猟犬かよ」
「あ! その手があった」
ロザリアも気付いたようで早速召還術式を発動していた。
それを見てヘモジは目の色を変えた。
「お友達と一緒に暴れてこい」
「ナーナーナァーッ!」
「ここで叫ぶな!」
ゲートを開けてやった。
ヘモジはミョルニルを掲げるとゲートに飛び込んでいった。
「よし、我も戦おうぞ」
エテルノ様もゴーレムを召喚し始めた。
「自分たちよりでかい敵に驚愕するがいい!」
召喚したのは古のゴーレムだった。それも装備が見たこともない豪華なバージョンになっていた。
「古のゴーレムにしたんだ?」
「いや、タイタンも持っておるぞ。悩んだときは両方手に入れるのが最良の策じゃからの」
「どうせ、皆でシェアするんじゃから、一体と決めることもなかろう」
「まさか、アイシャさんも?」
「妾は直接手に掛ける方が好きなのでな」
皆、一瞬背筋を凍らせた。
「手ぐすね引いて待っておるがよい。今隠れている連中を炙り出してやるからの」
古のゴーレムが積雪を物ともせず動き出した。
「あの装備は?」
「あれか? 実は装備品にオプションがあってな。最高設定にしたらああなったのじゃ」
石の剣が鋼に変ってるし。盾もぴかぴかのナイトシールドだ。
なんだか僕の『切り込み隊長』と装備が被ってる気がするんだが。
アムールとベンガル、その背中に乗っているヘモジがゴーレムの足元をすり抜けて行く。
古のゴーレムの一振りで岩が崩されると、隠れていた丸腰のタロスが逃げ惑う。
そこをヘモジのミョルニルが襲いかかる。
それを見た敵兵は隠れていることの無意味さを知り一斉に下流に駆け出した。
装備を手放さなかった弓兵や、魔法使いが古のゴーレムに仕掛けた。が、古のゴーレムにはほとんど効果がなかった。
四十七層のミノタウロスを見ているようだった。
「危ない!」
ロザリアが叫んだ。
ヘモジが雪のなかに投げ出されていた。
ヘモジがムックと起き上がった、が雪に埋まってる。
アムールとベンガルが一体のタロスを遠巻きに見ている。
「騎士か?」
「スピード勝負か。この足場でどちらが優位かの」
エテルノ様が暢気に見下ろしている。
古のゴーレムが豪快に薙ぎ払った!
騎士は攻撃を受けきったが、質量が違い過ぎた。膝を落とした相手に金色に光ったヘモジが殴り掛かった。
掃討は順調に進んでいた。ヘモジが凍り付いて戻ってくる以外は。
「ナーナ……」
ヘモジは毛布にくるまりスープを啜っている。
「聖騎士団との交戦始まりました!」
「何とかなりそうかな?」
僕たちの圧倒的勝利をもってしても聖騎士団は百体以上のタロスと交戦することになった。
『アローライフル』による攻撃が始まった。
手負いのタロスはもはや逃げ場はないと悟ったようで騎士団に向かって雪崩れ込んだ。
タロスの遠距離攻撃が騎士団の陣に降り注いだ。
聖騎士団の強力な結界が敵の猛攻を防いでいる。
銃弾の雨がタロスを一体、また一体と倒していく。
タロス側も結界持ちが前衛となり、距離を縮めていく。
接近戦に持ち込まれる前に数をもっと減らさないと犠牲が出るぞ。
精鋭クラスが前衛に並んだ敵陣形は恐怖でしかなかった。
おかげで騎士団の攻撃は序盤程の効力を発揮しなくなっていた。
だが優秀な射撃スキル持ちはどこにでもいるもので、突貫してくるタロスの前衛を徐々にではあるが削ぎ落としていった。
流れ込んでくる敵陣の前列が倒れると後続が引っ掛かり、雪玉のように斜面を転がり落ちてくる。
その質量が騎士団の障壁に文字通り重くのし掛かる。
「後退ーっ。始め!」
騎士団の中央はゆっくりと後退を始め、距離を取り始めた。
包囲陣形だ。
タロスを横合いから撃ち崩す攻撃が始まった。
結界のないタロス軍の後続は次々討ち取られていった。
「わたしもちょっと行ってくるわね」
「誰か連れて行く?」
「そうね…… じゃあ、エルリンにお願いしようかしら?」
僕?
「魔法は最小限で、ぶった切る方でお願いね。じゃないとわたしが出る意味なくなるから」
「アムールとベンガルがいれば充分目立つって」
ゲートを使って地上に降りた僕はボードに、ロザリアはベンガルの背に跨がった。
ロザリアはドラゴン装備にグングニルと聖騎士団のマントだ。
僕たちは頷くと敵陣を後方から襲い掛かった。




