タロス戦役(戦場へ)2
「待たせたな」
『氷の妖精さん』こと『グラキエース・スピーリトゥス』の面々が迎えに来た。以前お世話になったファーレーン出身のS級冒険者たちだ。
「ソーヤなのです」
「ソーヤさんだろうが!」
「挨拶は後だ。これで全員か?」
僕たちが頷くと、帰りのゲートを起動させた。
「外で仲間たちが待ってる」
ゲートを抜けると、そこはまだ洞窟のなかだった。
「おっきい……」
オクタヴィアが首が折れそうな程のけ反りながら天井を見上げた。
大きな開口部のあるまるでドラゴンの巣穴のようだ。天然の天蓋で雨露凌げて、露店や食事処まで並んでいた。
「ちょっとした地下都市ね」
ロザリアが言った。
「海岸はあっちかな」
ロメオ君も興味津々だ。
「こっちだ」
僕たちは誘われるまま大きな開口部を抜けて、森に向かった。
そして真っ赤に染まった空を見上げた。
不気味だ……
森の向こうに見たことがあるような景色が見えた。何もない広い場所に人影が。
「要塞だ!」
僕たちは森のなかにぽっかり空いた平地に急いだ。そしてそのさらに先を見た。
大地に空いた想像を絶する大穴が見えた。
余りの大きさに言葉を失った。穴の果ても底も見えない。
まるで僕たちの立っている場所が地平線の行き止まりのような気分になった。
「こんなに大きなものだったの?」
ロザリアの呟きは全員の呟きだった。
同じ物が西方の空に現われるのだとしたら……
僕は背筋が凍った。
想定が甘かったかも知れない。
護衛部隊がずらりと見えない要塞を包囲していた。僕たちはその中央に誘われた。
「爺ちゃん」
アシャン老のことを呼んだのだが、搭乗員のほとんどが老人たちなので、皆に振向かれた。
「早かったの。滞りはないか?」
「若干の修正は必要かも知れないけど、特に何も」
爺ちゃんは僕の視線の先にいる管理者を見詰めた。
「なるほど朧のようじゃ。ゲートーキーパーの図面には足りない物が幾つもあったからの。恐らくとは思っておったが、黒髪に黒い瞳とは……」
「隠すつもりはなかったのです」
爺ちゃんも『異世界召喚物語』は読んだのだろうか?
「どうしても向こうに行きたい理由でもあったのかの?」
「図星!」
「さすが、爺ちゃんなのです!」
オクタヴィアとリオナが感心してこっそり呟いた。
ゲートキーパーの受け渡しは完了した。
このまま僕たちも要塞で向こうの世界に行きたかったが……
僕には僕のやるべきことが待っている。
「爺ちゃん……」
今生の別れになるかも知れないとリオナは必死な形相で爺ちゃんを見詰めていた。
リオナがそんな顔をしていたから、僕は冷静でいられた。
「大丈夫じゃ。またすぐ会える」
爺ちゃんの手がリオナの頭を撫でた。
「エルネスト」
「はい」
「皆を頼んだぞ」
「はい」
僕たちはヤマダ・タロウと爺ちゃんたちの搭乗を見送ると踵を返した。
もはやここに用はない。
宙に浮かんだ要塞のハッチが閉じられた瞬間、何もかもが消えてしまったかのような気がした。
まだそこにあるはずなのに…… 既に遠くに、転移して手の届かない場所へと旅立ってしまったかのような哀愁を覚えた。
「これより、西方最前線に向かう!」
護衛部隊の隊長の号令で我に返った。
護衛部隊が迷宮を目指し進み始めた。
まだやるべきことがある。
まずは彼等を王国に届けなければ。
エルーダ迷宮最下層を越えて、地上に送り届けるのが僕たちの仕事だ。
『グラキエース・スピーリトゥス』と他の冒険者たちの誘導で僕たちは再び最下層に到着した。
そしてエルーダ迷宮最下層への道を開いた。
向こう側に降り立った僕たちは脱出用のゲートを起動させた。
最下層に降り立った面々は次々地上に続くゲートに飛び込んでいった。
護衛部隊が通り過ぎると、上級冒険者たちが後に続いた。
『早く前線に向かいたいのに』という思いがあった。
彼等は特別に設定変更された村のポータルを使って、最前線の後方砦に飛ぶことになっている。
彼等に何ができるかは分からないが、人手は重要だ。
迅速だったと思う。訓練された兵士や冒険者たちは滞りなくゲートを通り過ぎていった。
それでも果てしない時間に思えた。
「エルネスト君! 我々で最後だ」
『グラキエース・スピーリトゥス』のリーダさんが目の前にいた。
「もう少しだ。頑張れ」
肩を叩かれた。
それが、妙に嬉しかった。仲間同士の連帯感?
なんだろう?
エルーダ迷宮前からポータルまで冒険者ギルドの職員たちが誘導していた。
「僕たちで最後です」
門番さんに僕たちは声を掛けた。
すると側にいた別のひとりが笛を吹き鳴らした。
笛の音は中腹で一回、さらに遠くでもう一回吹き鳴らされた。
「じゃあ、僕たちは飛空艇で向かうのでこれで」
妖精さんたちと僕たちは挨拶もそこそこに、転移結晶を使ってみんなが待つスプレコーンに戻った。
歓声が轟いた。
獣人たちだけでなく、町の人たちまで詰め掛けていた。
挨拶しないわけにもいかなくなった。
僕とリオナはベランダに出た。
手短に済ませないと、そう思っていたらリオナが叫んだ。
「みんなァ! 世界を救ってくるのです!」
たったそれだけだった。
大歓声が大空に響き渡った。
何を言おうか迷っていた自分が馬鹿みたいだ。
改めて一言とはいかないので、調子を合わせて手を振った。
大歓声に包まれながら僕たちは転移ゲートに飛び込んだ。
格納庫では商会のスタッフと子供たちの家族が詰め掛けていた。
「お気を付けて」
僕たちはタラップを上った。
テトにできた妹もいた。ピノたちの家族も。
「気を付けてな」
棟梁も駆けつけてくれた。
「ど派手に暴れてこい!」
そう言って笑った。
長老たちとゼンキチ爺さんが、後を任せておけと太鼓判を押してくれた。
穴の大きさに絶句していた僕たちの背中を町中のみんなが押してくれる。
「ドック開放!」
ドックの扉が開かれ、光が差し込んできた。いつもヴァレンティーナ様の船が停泊している場所には広い空洞だけが残っていた。
子供たちが窓から顔を出して家族と別れを惜しんでいた。
名残惜しいが船のハッチを閉めた。
「出してくれ」
僕は上階に向かった。いや、向かおうとした。
なんだ?
格納庫に怪しい物が置かれていた。
「試作ゴーレムだよ」
ロメオ君が操縦室の扉の隙間から顔を覗かせた。
「小さくない?」
かかえられそうな木箱程の大きさしかない。
「小さくしたからね」
「!」
「できたの?」
「試作品だって。でも空を飛べるよ」
ロメオ君は自慢げににっこり笑った。
「嘘……」
「以前迷宮にいたでしょ? 空を飛んでた鳥の鎧」
「ソウル?」
「アレを参考にしたんだ。ただ翼の力じゃなくて『浮遊魔方陣』で浮くんだけどね」
「どうやって使うの? 乗れないよね」
「この船、正面装備がないからね。こいつに守って貰おうかと思って」
「できるの?」
「工房でずっと試験飛行してたからね。保証するよ。銃も装備させたし。この船を守るように命令すれば、勝手に守ってくれるよ。魔力が切れたら勝手に戻ってくるしね。魔力の消費は結構大きいんだけど」
「まあ、ボードに羽が生えたようなもんだからね」
「人が乗るのに比べたら、軽いんだけどな」
船の結界内にいる分には破壊もされないだろう。
「銃弾は取り敢えず僕のミスリル弾と赤いカートリッジ弾を装備させてあるから。銃側に『必中』を付けてるから射程も望めるよ」
「紛失したら?」
「いつも通り、セキュリティーコードで木っ端微塵」
なくさないようにしないとな。
飛空艇は空に舞い上がった。
鐘楼からドナテッラ様が手を振っていた。
「行ってきます!」
船は一路『神の腰掛け』に向かった。
 




