始まりの日(魔獣ハンター協会)2
「なんで『親父』なのですか?」
突然リオナがベッドから頭を出して僕を見下ろした。
「なんだ、寝てなかったのか?」
「お腹がパンパンで寝られないのです。お肉は別腹なのに」
干し肉の一件で別腹じゃないと証明されたろ。
それに別腹だって無限に入るわけじゃないぞ。
「お母様は『母さん』なのに、なんで『お父さん』じゃないですか?」
「『父さん』なんて呼ばれると尻がむず痒くなるんだとさ、うちの親父殿は。兄さんたちが昔からそう呼んでたからってのもあるけど、人前でなければ『親父』だな」
「リオナも親父って呼ぶですか?」
「それは……」
どうでもいいような気がするけど。
「母さんに聞いておくよ」
どんな呼び方でもリオナが呼ぶなら喜びそうだがな。嫁というより見た目もう孫だもんな。
リオナの頭が引っ込んだ。
「お腹大丈夫か? 無理しなくてもよかったのに」
「母の味なのです」
ゴロゴロ転がってきて、ベッドの縁から降ってきた。
ドスンッと僕の上に落ちてきて、リオナはもぞもぞと僕の毛布に潜り込んだ。
「おいしい味だったのです。残すのは勿体ないのです」
「食べ過ぎればどんな料理もまずく感じるものだろ?」
「罰が当たるのです…… あれはママの味なのです……」
亡き母の愛情をよりにもよってうちの母さんの手料理のなかに見出したとでも言うのか?
リオナは僕の横で丸くなり即行眠りに就いた。
「眠れないんじゃなかったのか?」
リオナはスースーと寝息を立てて、もう何も答えなかった。
「おおっ、あれがユニコーンか!」
ポータルから出て早々、目の前を闊歩する白馬を目にした親父が言った。
「角がないわよ。馬じゃないの?」
母が訝しんだ。
「子供は角がないのです。馬って言うと怒るですよ」
「あら、そうなの?」
「この町は託児所だから子供しかいないのです。あっ!」
『草風』の妹ちゃんがいた。
リオナに首を振りながらおいでおいでをしている。
「お迎えです」
僕の顔を見た。
「行っておいで」
僕は言った。
「行ってくるのです」
リオナは走り去った。
「どうしたの?」
「リオナの一番仲のいいユニコーンだよ。しばらく町に帰ってこれなかったからリオナを心配して迎えに来たんだ」
「まあ、ユニコーンのお友達? 凄いわね」
「うちの領地ではユニコーンは人と同じ扱いだから気を付けてよ。人と話せる知性だってあるんだから、いきなり抱きついたりしないでよ」
「確かに魔力で溢れておるな。ユニコーンの障壁は噂通りか……」
さすがは親父。一目見て気付いたか。
「バジリスク相手に無傷ですからね」
兄の声がした。
「兄さん!」
「アンドレア!」
振り返ると一足早く家を出た兄がいた。
僕たちは時間を見計らい後から出発したのだが、ほぼ同時に着いたようだ。
「ここにいても混雑するだけですよ。とりあえずなかに入りましょう」
兄さんが言った。
「それもそうね、門の辺りはもう人でいっぱいだものね」
母さんが追従した。
なぜかふたりを見る周囲の視線が熱い。
美男美女だからか? 兄さんは兎も角、母さんは結構歳だぞ。兄さんの歳を考えれば分かると思うけど若作りのレベルは既に妖怪レベルだぞ。
まさか『若作り』とかいうスキルがあったりして……
「いたっ!」
ポカンと母に殴られた。
くそっ! 姉さんといい、母さんといい、なんで僕の考えてることが分かるんだよ!
僕たちはポータルのある石橋の兵士詰め所からずらりと並んだ人の列を横目に門に向かった。
「おはよう、オズロー。今日は外回りじゃないのか?」
門の前で人員整理をしていた一際でかい獣人に僕は声を掛けた。
「きょうのために、休日返上で駆り出されたんだ。そちらは?」
「僕の家族だ。両親と兄さんだ」
「え?」
オズローの顔が強ばった。
いきなりヴィオネッティーの当主一家が現れたらそうなるよね。
「うちの子がお世話になってます。オズローさんというと『トラちゃん』ね」
早速母親が失礼な挨拶をした。
「ごめん、リオナが余計なことを」
僕は耳打ちした。
「いや、お前の両親なら猫と呼ばれても甘んじて受けるさ」
オズローは自分の上司に説明して、領主館までの案内を引き受けてくれた。
門に近づくに従って両親の視線が上空へと上がっていく。
そこには突貫工事で五ブロックほど完成させた青いタイル張りの城壁がそびえ立っていた。
「なんと……」
「美しいわ」
ふたりは壁を見上げたまま立ち止まった。
まだ一面すら完成していなかったが、この壁が周囲を囲んだらと思うと、待ち切れない思いでいっぱいになる。
「『我が都、聖なる使いと共にあり。森と砂漠を繋ぎしは銀の花の一滴なり』」
兄さんが壁のレリーフを読み上げた。
そのときだ。
突然、馬の嘶きが辺りに響いた。
「捕まえたッ! やったぜ。ユニコーンを捕まえたぞ!」
群衆の先、門を入った先の広場で、大きな檻を積んだ荷馬車を引き連れた十人ほどの大男たちが一頭の馬の首に縄を掛けて叫んでいた。男たちは武器で群衆を牽制しながら暴れる馬を檻に引き込もうとしていた。
「馬だよな」
「馬だね」
オズローと僕は確認し合った。
あれは群衆の誰かが連れてきた只の白馬だ。
「どうする? あれも一応未遂になるのか?」
「さらった子供が間違いだったとして誘拐がなかったことになると思うかい?」
兄さんが口を挟んだ。
「問題は誰があいつらを大人しくするかだが」
親父は自分がやりたいようだった。
「何をしている! 貴様ら! お前たちを全員、窃盗の現行犯で逮捕する!」
そこに現れたのはこの町の警備兵だった。四対十で不利だったが、そこにオズローが加わってなんとか形になった。
「獣人の分際で、俺たちに指図するのか! 俺たちを誰だと思ってる! 邪魔をすると容赦しないぞ。俺たちはお国のために魔物を捕らえているだけだ!」
「我が領内ではユニコーンは守護の対象である。人と同等の権利を有する。よってお前たちの行為は誘拐に他ならない。今すぐ武器を捨て、大人しく投降しろ!」
「まずいな」
兄さんが言った。
「何がです?」
「やつらの馬車の紋章だよ。あれは『魔獣ハンター協会』の紋章だ。表向きはハンターを名乗っちゃいるが影で汚いことを専門にする奴らだ。分かり易く言うとなんでもござれの奴隷商人様だ。どこかの金持ちにでも依頼されたんだろう」
「確かうちは出入り禁止にしたのよね?」
母さんが割り込んできた。
「うちじゃ重犯罪者扱いだ。見つけ次第葬ってもいいことになっておる」
過激だ…… ま、それ程の連中ということか。
「生きたまま獲物を捕獲できる程度には腕のある奴らだ。手練れだぞ。急造した兵隊では返り討ちにされるぞ」
言ってるそばからオズローのまだ新品の大剣が跳ね上げられていた。
オズローは咄嗟に回避して事なきを得た。
「ほおう、あれを避けるか。お前の友達はなかなかやるの」
親父が感心した。
「それが答えか!」
警備兵と奴隷商の男たちが全員武器を構えた。
「なら僕も参戦しよう」
僕は剣の柄に手を掛けた。
そのとき投げナイフが僕に向かって飛んできた。僕は咄嗟に身をよじった。
ナイフは僕の頬をかすめた。
当たったら昇天コースだったぞ!
「邪魔するな小僧。死にたくなかったら大人しくしてろ!」
それは見るからに顔に傷のある悪党面した奴だった。服装から奴らと同じ穴のムジナだと分かった。恐らく奴らのリーダーだろう。
こちらから見えない、一歩引いた群衆のなかにいたのだ。
見るからにいけ好かない雰囲気だった。
そいつはプッと噛みたばこを地面に吐いた。