時を待つ日々(里帰り)44
ふたりが正面衝突した。お互い用意ドンで相手に突っ込んで止まれず、ぶつかり合ったのだ。
そして小さいリオナの方が弾かれた。
持ち前の反射神経できれいに受け身を取ると次の一撃に備えたけれど、次はなかった。
母さんもパトリツィアさんも身構えるが、故意でないことは兄さんの顔を見れば分かった。
驚いていた。
自分の反応の速さを持ってしてもリオナの突進をかわせなかったのだ。それはリオナも同じだった。
余興だと気楽に見ていた親父も爺ちゃんも思わず黙り込んだ。
「大丈夫か?」
兄さんがリオナを引き起こす。
「びっくりしたのです」
「そりゃこっちの台詞だ。なんだ、あの飛び出しは?」
「一刀両断にしてやるつもりだったのです」
冗談ではないことを誰もが理解した。
「エルリンの兄上は只者ではなかったのです」
それはとって返して自分も只者ではないと言っているようなものだ。
お互い本気じゃなくてこれだもんな。
だが試合は一瞬で終わってしまった。終わらない戦いになると感じたふたりは続ける気がなくなったようだ。余興にもならなかった。
「ならばエルネスト、お前が相手だ」
引き分けだった場合の条件は決めてなかったな。
「敵討ちをお願いするのです」
「お前が二回戦やればいいんじゃないのか?」
「一度剣を交えれば、相手の強さは分かるのです」
嘘付け!
「達人かよ! まったくもう」
小さい頃から一度として兄さんに勝ったことはなかった。元々年が離れていたし、体格だって大木と枝程にも差があった。おまけに兄さんには『魔弾』で身体強化する術があった。
さすがに用意ドンであれではこちらが備える時間はない。
結界を張って耐えている間に手段を講じるか。それとも僕もスピード勝負をするかだけど……
姉さんの言う通り、お互い畑が違う気がする。ここで戦って何かの優劣が付くのだろうか?
「位置について」
誰か止めてよ。
「始め!」
オースチンの声が庭に響いた。
が、兄さんは動かなかった。いや動けなかったのだ。
僕が完全に兄さんの最初の一歩を封じたのだ。
結界を兄さんの目の前に展開したのである。どんなに足の速い奴でも最初の出鼻を挫かれると動けないものだ。
兄さんはすぐさまものすごい勢いで後方に跳んだ。野生の本能という奴だ。状況判断がすこぶる速い。『迷った方が負け』とはよく言う台詞だが、こういう相手とやるときの言葉だ。
『魔弾』はお互い使えないので馬鹿げた跳躍とはならなかったが、強靱な肉体から出る一歩は僕が追い掛けて追いつけるものではなかった。
兄さんは充分な距離から反転、障壁に殴りかかった。が、いつまでも同じ位置に障壁はない。兄さんが空振りするのを見越して、僕は斬り付けた。
が、戦い慣れた熊は強かった。身体強化した肘で容易く僕の一撃を受け止め、なお反撃してきた。
リオナとたまに手合わせしていなければ、このスピードには付いていけなかったかもしれない。身体が勝手に動いた。『千変万化』で加速した僕は一瞬兄さんの上を行った。
寸止めだったことなどもはや忘れて、首を薙ぎにいった。が、すぐに追い抜かれて僕は胸に強烈な一撃を食らった。
『結界砕き』!
第一師団の兵隊なら持っていて当たり前の基本スキルだ。
僕は咄嗟に後退ったが、兄さんがそれを許すはずがない。だから仕掛けた。魔法使いなりの戦い方を。超反則技。動き回る鼠は檻に入れてしまえばいい。
『魔弾』を使った時点で負けなのだから、兄さんに為す術はない。『結界砕き』も用を成さない。物理的な壁だ。兄さんが飛び込んでくることが分かっている地面を緩くしておく。直接攻撃ではないのでルールには抵触しない。着地と同時であれば直接攻撃と見なされるが。
戦い慣れた兄さんは飛び込んでは来ない―― はずがない。
猪突猛進は親父からの遺伝だ。地面を蹴り、拳を振り上げ迫ってくる!
でも宙に浮いた段階で兄さんの負けだ。浮いたら何もできない。遠距離攻撃するにも僕の多重結界を抜いている時間的余裕はない。
僕は兄さんの周りを囲った。宝石より硬く圧縮した壁でだ。
『魔弾』抜きで破壊できるか?
常識はずれの大きさだけれど、兄さんを逃がさないためにはこのサイズが必要だった。
囲われた段階で兄さんは両手を挙げた。
「レジーナ、お前か?」
兄さんは姉さんに矛先を向けた。
「何のことだ? わたしは助言も何もしてないぞ」
どうやら同じ手で姉さんにも負けたようだ。
「言っておくけど、武闘大会ルールで得をしたのは兄さんの方よ。ルール無用なら兄さんはもっと簡単に終わっていたわ」
それは買いかぶりというものだ。『魔弾』で強化した兄さんの最初の一撃を防ぐなんてことは――
「ナーナ」
ヘモジが自分の番だと言わんばかりにミョルニルをちらつかせながらやって来た。
「……」
できたかも知れない。
「そうだ、兄さんにお土産を持ってきたのよ」
そう言って姉さんが持ち出したのはなんとゴーレムだった。ファイアーマンが召喚できなかった残り物のロックゴーレムである。
親父が珍しく感嘆の声を上げた。
爺ちゃんには既知のものだったのでしれっとしている。
さすがに中庭ではまずいので、後で訓練場で一戦設けるらしい。
勝つまでやめない兄さんを大人しくさせるにはこの手の手練が必要なようだ。
「勿体ないな」
「どこまで無茶が効くか、知っておく必要がある。お前も知りたかろう?」
「僕にはヘモジもいるんで」
「ナーナ」
ヘモジが戦いを要求していた。それも親父に。
「お食事の用意が調いました」
使用人の言葉で、無茶な対戦はお流れになった。
「ナーナーナ!」
「残念だったわね」
ナガレがヘモジにしれっと呟いた。
「あんたが負けるところが見れたのにね」
「ナーナッ!」
ヘモジは怒った。が、ヘモジ自身、本能でこの場で一番誰が強いのか見極めていたのだ。二番手に戦いを挑んでも面白くなどないからな。負けるときも前のめりだ。