時を待つ日々(実験演習)38
久しぶりにやって来た十四階層、食人鬼フロア。今回は魔法使いらしさの欠片もなく、全員が杖の代わりに銃を所持している。
食人鬼を見て今更気が付いた。
こいつら…… そういや結界持ってなかったんだ……
「どうするですか?」
「ナーナ?」
「時間の無駄?」
リオナとヘモジとオクタヴィアに心配された。
元々パスカル君たちの銃の練習のために選んだフロアだったが、僕の目的には適わない。
「じゃあ、僕たちだけ四十九階層に行こうか?」
だったら自分たちもということで、パスカル君たちも四十九階層に移動した。
普通に入口から入った僕たちは炎竜のいる浮島を見上げた。
「今回はあれをやらないとな」
「でもここ足場悪過ぎますよ。逃げ場ないし、橋落とされたら困るし」
パスカル君が言った。
「危なくなったら階段に隠れたらいいんだから安全じゃない?」
「対岸にはミノタウロスもいないし、まず渡りませんか?」
フランチェスカとビアンカが銃に付いた望遠鏡で橋の対岸を覗いた。
「もっと上を見なさいよ」
ナタリーナさんが言った。
「あそこに弓兵がいる」
シモーナさんが対岸から上る次の浮島を指差した。
へえ、この距離でふたりは探知できるのか? さすが首席と次期首席だなと感心する。
「でもあそこからだと弓は届かないぞ」
アルベルトさんが銃を構えて望遠鏡を覗いた。
「あっちから落とすか?」
「炎竜は魔法に反応するから、先に弓兵でいいんじゃないですか?」
「一気に駆け抜けようぜ」
パスカル君たちは進み始めた。
いつも炎竜を扇動していた僕たちには真新しい攻略法だ。
僕ならやはり不測の事態が起こる可能性は摘んでおきたいから炎竜から始めるけどな……
「大丈夫かな?」
僕がリオナに囁くと「あっちがスタンダードだから」とナガレに突っ込まれた。
「そうか?」
「ナー?」
ヘモジが首を傾げた。
「まったくあんたたちは…… まず戦い易い場所を確保するのはセオリーでしょ?」
「弓兵と戦ってる最中に炎竜が来たらまずいだろ?」
「ナナナ」
「それを込みで障害のある広い足場を確保しようとしてるんじゃないの!」
「でもあの弓、届くぞ」
「え?」
敵だけ通常の矢を使う義理はないだろう?
元々高地に陣どっている地の利もある。
魔法の矢の鏃は既に刻まれているので未使用の物でも屑石扱いだ。矢をそのまま回収したところで市販品に比べれば陳腐な物だ。
それでも『必中』が付与されていないとは限らない。
その辺は屑石集めのプロのヘモジとオクタヴィアの方が詳しいはずだ。
「ナナ」
「魔法の弓も使ってる」
失礼、弓の方にも仕掛けがあるようだ。そういや何度か回収していた。
そしてパスカル君たちは自分達の予測の甘さに気付く。
切れ切れにだが上の浮島から攻撃を受けて、結界を展開する羽目になった。
「どうなってんだ?」
銃を使ったらどうだ?
その前に隠れた方がいい。
階段の影に隠れて迎撃し始めるが忘れてないか?
さらに上の方で蠢く影を。結界に反応して首をもたげている奴が魔力源を探っているぞ。
目の前の敵は障壁持ちではないので通常弾を使用しているはずだ。炎竜にしても竜族であるから、ミスリル弾を使わずともスキルで障壁を乗り越えられる。
砲声が青空に轟いた。
前方からの攻撃がやんだ。
前半は障壁持ちも滅多にいないので僕の出番はない。その間にヘモジ用のボルトを作っていたのだが……
パスカル君たちの側に投影されている影が段々大きくなっていく。
「ヘモジ」
「ナーナ!」
ヘモジはボウガンを空に向けた。ボルトは転移付きの実験用の物だ。
弦が唸ってボルトが青空に向かって放たれた。
「ナー?」
あれ?
『衝撃波』が付与してあるはずなのだが…… 外した?
ボン! 突然、空で破裂した。
ビクッとヘモジが硬直した。
オクタヴィアも目を見開きながら毛を逆立てた。
大きな影が落ちてくる。
「ごめん、タイムラグだ」
しまった。牽制のつもりが…… 即死させたか?
このまま相手しなくてもいいんじゃないか、と思い始めていた矢先、空から巨大な塊が降ってきた。
衝撃と共に足下が揺れた。
地面に亀裂が入った。
「ナーナ?」
一撃は巣から飛び立ったばかりの炎竜の翼を折っていたらしい。
パスカル君たちが何ごとかと驚いていた。すぐに状況を察したが、どうやら炎竜が動き始めていたことに気付いていなかったようだ。
ミスリル弾の被検体に炎竜は含まれないから、まあいいだろう。
ヘモジも心得ていてとどめを刺さずに待っている。
僕たちは回復を試みている炎竜を避けながらパスカル君たちと合流した。
その間に弾丸が放たれ炎竜はとどめを刺された。
「すいません」
「ナーナ!」
先輩面してヘモジが言った。
「『お肉まずいから魔石にした方がいい』だって」
オクタヴィアが通訳した。
空中戦をやる以上あの距離ぐらいは探知して欲しかったのだが、さすがにチッタやチコレベルというわけにはいかないか。
「どうした?」
弓兵たちが陣どっていた広場に足を進めるとリオナが立ち止まった。
「回廊が壊れてないのです!」
オクタヴィアも目を丸くして冗談に付き合った。
いつも踏みつぶされてるからな。
それより…… 敵がわんさか集まり始めた。
いつも炎竜任せで僕たちもこの数をまともに捌いたことはない。
僕は物陰には隠れず、都合のいい場所に壁を造った。
そこにリオナたちと陣取り、下りて来る敵に銃口を向けた。
パスカル君たちもわざわざ不利な物陰に隠れることをやめて自分たちで土壁を作り始めた。
突破されないように障害用の壁も築いた。
ああ、そこまで気が回らなかった。