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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第四章 避暑地は地下迷宮
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始まりの日(リオナの歓迎会)1

「奥様、できればリオナ様に手前どもの料理もご賞味いただければ幸いに存じます。リオナ様の豪快な食べっぷり、一同感服いたしました。料理長以下、料理人たちも皆喜ぶことでしょう」

 執事のオースチンがナイスなフォローをした。

 親父が涙を浮かべながら「よくやった」と親指を立てた。

 兄さんは既にお茶を飲み干し、撤退準備に掛かっている。

 リオナは額に汗しながら黙々と食べている。

 なぜリオナがああも一生懸命に食べるのか、僕はこのとき分かっていなかった。いつもなら「もう食べられないのです」とか言ってゴロンと横になるはずなのだが。


「とってもいい子ね」

 母は僕がひとりになったときを見計らって耳元でそう言った。

「お母様、亡くされたんですって。思い出させちゃったかしらね……」

 何を思ってそう感じたのだろうか? リオナの母親が母さんのような人だったとは到底思えない。

 女同士のシンパシーだろうか?

「幸せにしてあげてね」と母は言った。

「そう思うならターキーの量を半分にしろよ」と僕は心のなかで毒突いた。


 食後、全員胃腸薬を飲み、団らんに臨んだ。

 話題は主に僕たちの冒険譚と新しくできる町についてのことだった。

 親父は町のことを知りたがったが、母さんと兄さんは冒険の話を望んだ。リオナはふたりの合の手に乗せられ、楽しそうに身振りを交えて武勇伝を語った。

 フェンリルに始まり、コロコロ、足長大蜘蛛、千年大蛇、闇蠍、そしてバジリスク。

 さすがにバジリスクの名が出たときには親父も兄さんも目を丸くした。バジリスクの怖さを知らない母さんだけは楽しそうに聞いていた。

 そんな周囲の心配を余所に、最後はユニコーンに乗ってさっそうと現れた救世主リオナが、ユニコーンの一団に一斉攻撃を命令して、とどめを刺したという手前味噌な結末で話を終わらせた。

「事実か?」と僕に聞いてくるので、その通りだと答えておいた。

 ミコーレの将軍の暗躍など、細かいことをここで話すのは野暮というものだ。

「エルリンは凄いのです!」

 すっかり素のしゃべり方に戻っていたが、獣人目線の面白いテイストで語られる物語はみんなを興奮させ、特に普段戦闘とは無縁の母を熱中させた。

 僕自身、リオナが見ている世界感が知れて楽しかった。

 特に耳のよさには感服した。リオナの隠れていた滝壺から僕たちが戦っていた南門まで、会話がすべて筒抜けだったことには驚いた。大声で叫んでいたせいもあるが、それでも人族の想像を絶する耳のよさだった。

 獣人が裏表のない生き方をしているのはすべてが丸聞こえだからではないか、自然と身に付いた行動様式なのではないかと僕は思い至った。

 人族はそれに気付かず、獣人を馬鹿な単細胞だと決めつけているのではないか?

 そうなると嘘や建前の多い人族のなかで暮らすのはさぞやつらかろうと思わざるを得ない。

 僕は我が家の庭の森の存在意義を改めて痛感した。姉さんやヴァレンティーナ様がなぜあそこを用意したのか、今なら分かる気がした。人族にも獣人にも互いをすり合わせる時間と場所が必要なのだ。

 この家の使用人たちが影で自分をどう評価しているのかさえ、リオナにはすべて聞こえている。

 良いことも悪いこともすべて抱え込んでそれでもいつもリオナは笑っている。

 母さんが言った「幸せにしてあげてね」というのはそういうことも含めての意味だったのではないだろうか?

 そういや母さんも笑顔を絶やしたことがなかった。


 リオナの話が終り、僕の番になった。

 僕は造り掛けの我が家のことや、うちの庭の獣人解放区の森のこと、そこに暮らす長老たちやユニコーンの子供たちのことを話した。オズローやロメオ君たちのこと、そして領主と姉さんたちの話も。

 親父と兄さんはリオナ相手に魔物討伐の話しを聞かせ「こういうときにはこうして、ああいうときはああして」と特徴や倒し方のレクチャーを始めた。

 さすがに母が止めに入って、「好きな料理は?」と話を振ったが、肉以外の回答のないリオナに一同眉をひそめた。

「わたしがいろんな料理を教えてあげますからね」と母さんは意気込んだ。

 でも「その前にお前が憶えんことにはな」と親父に突っ込まれて母さんは撃沈した。

 僕たちは夜が更けるまで会話に没頭した。

 翌日「移民開放式典があるから早めに帰らないと」と僕が(いとま)を告げたとき、母さんは突然宣言した。

「みんなでお祝いに行きましょう! レジーナちゃんにも会えるし。ね、そうしましょう!」

 親父と兄さんに拒否権はなかった。

 明日の公務はすべてキャンセルのようである。


『災害認定』を受けている兄さんはどうするのか? 

 両親とリオナが寝室に下がって、ふたりきりになったところで僕は尋ねた。

「気にするな。手はある。お前は知らんだろうが、地下に坑道があってな」と言い出した。

「もしかして振り子列車?」

「なんだ知ってたのか? 昔レジーナが用意してくれた物なんだが、ミカミ連山まで行けるらしい」

 二つあった坑道の一つは実家に繋がっていたのか……

「そこの転移ゲートから外に出られると言っていた」

「兄さんの場合、アルガス領を通過しなきゃいいわけだしね。スプレコーンは今のところ制限を保留してるから問題ないと思うよ。それより兄さん転移結晶はあるの?」

「転移結晶? ゲートは皆、繋がっているのではないのかい?」

「ミカミ連山にあるのは姉さんのプライベートなゲートだからね。町側からは試したから使えることは分かってるけど、ミカミ連山側からは使えるかどうか分からないんだ。ゲートの出口が領主の館だからね。制限が掛かってるかも知れない」

「それは困ったな」

 転移ゲートに縁のない兄さんにとっては寝耳に水のようだ。

「そうだ。これ使ってよ」

 スプレコーン行きの転移結晶を兄さんに渡した。

「ミカミ連山からなら、距離的にこの結晶が使えるはずだよ。こっちは普通に町のポータルに出られるからね」

 僕はポータル経由で帰るからなくてもとりあえず問題ない。

「それは助かる。祝いに行った席で、あらぬ嫌疑を掛けられてはたまらないからね」

「姉さんには話しておくから。次に来るときはもっと楽になるよ、きっと」

「そう願いたいものだな。だが領主殿が次を許してくれるかどうか」

「兄さんは会ったことあるんでしょ?」

「十年も前だ。今会っても気付かないかも知れないな」

「姉さんにも会ってない?」

「たまにこっそり帰ってくる程度だな。帰ってきても『嫁に行け』としか言われないから、家には寄りつかないがな。母さんにも悪気はないんだが…… 男が間に入るもんじゃないしな」

 入って失敗したわけだ…… 兄さんも相当言われていそうだしな。

「あの姉さんと釣り合う男なんてそうはいないからね」

「優しくて、世話好きで、可愛い妹なんだがな」

 そう思えるのは身内だからですよ。

「兄さんはいないんですか?」

「わたしは…… 多過ぎて選べないんだ」

 そう言って、髪をすくい、冗談めかして笑った。

 確かに兄さんに言い寄る女性は多い。でも兄さんの場合、家柄や、スキルや、打算がどうしても絡んでくる。田舎貴族といえど、有力なユニークスキルを持つ家柄というのは、兎角そういうものらしい。

「ようやく腹がこなれてきたな。これでやっと眠れそうだ」

 そう言って出てもいない腹を叩きながら「お休み」と言って自室に戻っていった。


 部屋に戻るとドレスを脱ぎ散らかしたリオナが僕のベッドで眠っていた。

「こんな急でなかったら、いろいろ案内してあげられたんだけどな」

 耳がぴくっとした。

 ここ数日いろんなことがあり過ぎた。明日もあるわけだが。

「疲れが溜まらなきゃいいけど」

 式典が終れば一休みできるだろうか。

「お休み、リオナ」

 僕は光の魔石が収まった燭台に布をかぶせると、ベッドの下に敷いたマットレスとシーツだけの簡易ベッドに横になった。ひとりを嫌がったリオナのために用意したものなんだが…… 我が家にもちゃんとしたマットレスが必要かなと感じた。



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