時を待つ日々(『エントの住む森』)31
今から帰っても遅いので別荘に泊まって、明日の朝帰ることにした。
店も閉まってしまったので昨日の外食と打って変わって、質素な食事になってしまった。
保存箱に入れてあるものだから充分おいしいのだが、昨日のファイアーマンの奢りに比べたら……
そのアンジェラさんたちに買った土産に手を出すべきか悩んでいるお馬鹿が数人、保管箱に入れてあるそれを涎を流して見詰めていた。
しょうがないので『楽園』から焼き肉セットを取り出した。焼くだけになっている肉と芋野菜のセットだ。
「今から焼き肉?」
姉さんたち女性陣は呆れ、自分たちはベーコンサンドとドーナツとお茶で済ませる選択をした。
一方、子供たちは深夜に近いというのにテンションマックスだ。眠れなくなっても知らないぞ。
そうは言ってもチコはもう船を漕いでいたし、ヘモジもオクタヴィアも欠伸の連続だ。僕と一緒に軽めの食事をさせて先に休ませた。
パスカル君たちも俄然張り切って焼き肉パーティーに参加したが、思いとは裏腹に余り食べられなかったようだ。残り物は子供たちの肥やしになってしまったようだ。
「これでぐっすり寝られるよ」
「もう食べられない」
「幸せ……」
寝坊すんなよ。
翌朝、町は騒然となっていた。
聞いた話ではでかい木の化け物が大量の樹木や森の幸を町の門扉の前に積み上げていったらしい。
窓の外は朝霧が晴れて青空が覗き始めていた。
「どう致しましょうか?」
町の実質的な責任者である姉さんの元に警備の者たちが朝から詰め掛けていた。
僕たちは空気の薄い別荘の屋上からその景色を見た。
思わず笑ってしまった。
子供たちも満面の笑みを浮かべて大いに喜んだ。
まるで町に巨大な防壁ができたかのようだった。
「エントがお礼しに来たのです」
「どうやらそのようだ」
「あんなにいっぱい、どうするの?」
チコが言った。
「ミコーレに送るんじゃないか。あそこは木材が恒久的に不足してるから」
子供たちの瞳は輝いていた。
この奇妙な景色がすべて自分たちがもたらした結果なのだと感慨にふけった。
この情報は王都やミコーレにももたらされ、冷え切っていた昨今の世相に明かりを灯した。
エントと人の友情などと言った陳腐な結末を口にする者もいたが、アイシャさんは溜め息に埋もれて地の底に沈みそうだった。
「これ以上の結末をどう用意しろと言うのじゃ」
物書きとは因果な商売だ。常に感動を上書きしなければならないのだから。
だが、この好機を逃すアイシャさんのクライアントではなかった。
世間からこの奇跡の感動が忘れ去られる前にハサウェイ・シンクレアの新作が発表された。
タイトルは『エントの住む森』
少年たちと飛行艇乗りの老兵がエントたちと共に森の窮地を救う物語だ。
因みに僕たちはほぼ実名で通りすがりのおかしな冒険者として登場する。主人公たちのモデルは今回は僕たちではなく、思いっきり脚色されたピノたちであった。
ピノ曰く、身体中が痒くなったそうだ。
聖地巡礼という行為が、巷では流行っているらしく、連日、我が別荘地に観光客たちが押し掛けてきていた。
姉さんたち『銀団』の商売っ気は萎えることなく、大衆の期待に応えた。
エントたちが持ち込んだ樹木の壁の一部をそのままに『エントの住む森』の世界観を再現したアトラクションを仕組んだのだ。
子供たちが間借りしていた老兵の木の家。錆びた飛空艇『ラブチェイサー号』のハリボテが展示された。どちらも家のなかや船内に入って、物語の世界を実体験できる見学コースになっていた。
エントの姿を拝みに行く飛空艇体験ツアーなどという、エントにはすこぶる迷惑なツアーまで組まれる有様だった。同行するリアル冒険者や、飛空艇の実物に感動する町娘たちが別荘地に溢れた。
「『ラブチェイサー号』…… うちの船より格好よくない?」
「空力も戦闘シーンも考えてないからね。見た目ばかりで重心が取れているのかも怪しいよ」
テトに愚痴ったら、大人の返事が返ってきた。
「でもあの家はいいよね」
「そうか? 奇抜過ぎないか?」
「だってあんな大きな丸太小屋だよ」
小屋が大きいのではなく、丸太がでかいのだ。朽ちた大木の根元をくり抜いて造った三階建ての大きな家だ。
ただし最上階の穴の空いた天井だけは布張りで、雨が降るとボタボタと大きな音がして会話にならなところまで忠実に再現されていた。
主人公たちはそのせいで眠れぬ夜を過ごすことになるのだが、物語も終盤になる頃にはその音は子守歌代わりになっていて、別れの郷愁を誘う名シーンへと繋がるのである。
「実際あんな大木はないよ。あればうちの敷地に欲しいくらいだ」
「神樹は成長したらあれくらいにならないですか?」
なったらお前の中庭はどうなると思う?
「ユニコーンに頼んだら、一本ぐらい大きくできないかな? ポポラの実もあんなに大きくできるんだし」
テトがいいこと言った。その手があったか!
「それでもあのポポラの木以上にはならないんじゃないかしら?」
チッタが否定した。
「素直にあのハリボテにしておいたら?」
「人気が下火になったら引き取って村に移築するか?」
「さんせーい!」
チコが諸手を挙げた。
チコは既に見学コースを十回以上見ていた。そしてそれ以上に『エントの住む森』を読み込んでいた。理由は自分の分身が物語の重要ポストにあったからだ。
「それより、なんだか視線が怖いんですけど……」
テトが言った。
「今更何言ってるのよ。わたしたちの格好、登場人物と丸被りじゃないの」
ナガレが言った。
「ナガレお姉ちゃんも花冠の少女役だったもんね」
「役じゃないから!」
ナガレは地下水が汚染されて困っている水の精霊として登場していた。
博物館を往復する老人たちも人気者になっていたが、現実との板挟みで最悪な気分だったに違いない。外食はほぼできなくなり、食事は手弁当か配達専門になってしまったようだ。
ごめんなさい。うちのハイエルフがご迷惑をおかけしまして。
だが、過熱する人気もそうそう悪いことばかりではなかった。
連日のフィーバーと共に人類の命運を賭けた現在進行形のプロジェクトが、同じ場所でまさに進行しているという事実が伝えられるようになったからだ。
ロッジ卿辺りが梃子入れしたのだろう。これにより西方遠征に縁遠い人たちにも隠蔽していた真実が知れ渡り始めたのである。
スプレコーンは兎も角、他の町でタロスの名が囁かれるようになったのは、この時からである。
真実が伝わったところで軌道修正できない時期に来ている、つまりそうことである。