時を待つ日々(ゴーレム大地に立つ)29
大丈夫ではなかった。
そこは深い谷間だった。
最初の汚染された稜線から数えて四本目の尾根を越えた先にあった。
黒い霧のような瘴気が沈殿して充満している光の届かない世界だった。
霧を晴らすのに『眩しい未来を貴方に! (仮)』を同じ場所に三発投入した。一つで死の砂漠を作った『眩しい未来を貴方に! (仮)』を三発もだ。瘴気の濃さが計り知れよう。
見えてきた世界は惨憺たる有様で、大量の死骸はエントとドラゴンゾンビの壮絶な戦いを物語っていた。
ドラゴンゾンビの残骸があった場所には無数の鋭い杭が打ち込まれて針の山が築かれていた。
状況から判断するしかないが。どちらも『眩しい未来を貴方に! (仮)』を投下されるまでかろうじて息があったようだ。生きていたわけではないから、活動していたと言うべきか。
ミイラ取りがミイラになる前に、ミイラを瀕死に追い込んではいたようだ。あるいは倒すことに成功していたか。だが、瘴気に当てられた戦士たちは戻ることはなかった。
「ドラゴンはここで生き埋めになっていたようじゃな」
巨大な石がドラゴンの体積分を空けて積み重なった跡と、周囲の岩肌を削り、溶かし、乱暴に掘り進んだ跡が残っていた。
エテルノ様は主のいなくなった空洞を見上げた。そして杭の山に視線を流した。
生きていた頃はブレスで、死しては告死蛇でも使って気が遠くなるような時間を掛けて抜け出したのかも知れない。
「エントの策でしょうか?」
「恐らくの。ここに生き埋めにしたのじゃろうの」
エテルノ様と僕とリオナ、ナガレとヘモジとオクタヴィアとクルー数人はロザリアが慰霊したいと言うので同行して地上に降りた。
「長い月日の恨みがドラゴンをゾンビにさせたのか」
「ドラゴンは火を吐くからな。森にとって天敵に他ならないから、エントも多大な犠牲を払ってまで排除に動いたのだろう。これは宿命という奴じゃな」
調査に同行した老兵が言った。
「問題は息の根を止めてやらんかったことじゃな」
「止められなかったのじゃろう。ドラゴンの再生能力はエントではどうにもできん。罠を張り、閉じ込めるので精一杯だったのじゃろう」
見た目少女のエテルノ様の瞳の静けさが、老兵と遜色のない釣り合いを見せていた。
やりきれない思いが長い年月を越えて僕たちのなかに去来する。
ロザリアが祈りを捧げた。
「死者に手向けを」
地上に降りた僕たちは手を合せて祈りを捧げた。せめてこれからは安らかに……
そう思ったときだった。
地の底から微振動が伝わってきた。
震動はどんどん大きくなってくる。
「まさか!」
「高度を取って!」
ロザリアの叫びは届かなかった。
次の瞬間、地の底から現われた巨大な蛇が隠密船に襲いかかった。
障壁が攻撃を防いだが、外装が一部剥離した。
船は大きく流され山肌に接触した。
「やはり視界が制限されるのは善し悪しじゃぞ」
「それ以前にどうして発見されたんだ?」
「告死蛇…… 呪いを吸い過ぎて肥大化して原形をもはや留めていない。主をなくしてもなお地の底に身を潜めていたか」
「ナーナーナッ!」
「何? 突撃隊長?」
「『切り込み隊長』でしょ」
「ナーナ!」
ナガレが雷を落とした。リオナが銃弾を浴びせた。
告死蛇のターゲットを必死にこちらに誘導しようとみんなが手数を加えた。
僕はその間、召還術式を展開させた。
告死蛇はその魔力に誘われたのか、攻撃対象をこちらに変更した。
それはそれで困るのだが……
召喚術式が終わるまでこっちに来るなッ!
ロザリアの聖なる光が周囲を照らし出した。
表皮を焼かれた告死蛇はもがき苦しみ暴れ始めた。
告死蛇はターゲットをロザリアに定めた。グロテスクに変異した身体からムチのような長い尻尾がロザリア目掛けて振り下ろされた。
「ナーナンナーッ!」
ヘモジがロザリアの前に立ちはだかり、盾で敵の攻撃を防いだ。いつの間にか生えた二本目の尻尾が今度はヘモジを狙った。
「叩き潰せッ!」
幾つも設定した『攻撃』を意味する単語の一つを叫んだ。
『切り込み隊長』は携えた剣を腰に溜め、大きな足は地面を蹴った。
滑らかな挙動がヘモジに繰り出されたムチのような尻尾を両断した。
「ナーナーナッ!」
ヘモジが興奮して拳を上げた。
「ぶっ飛ばせ!」と叫んだ。らしい。オクタヴィアも尻尾を立てて興奮していた。
『切り込み隊長』が告死蛇を真っ二つに切り裂いた。
息絶えるかと思ったら二体に増えた。
『切り込み隊長』に巻き付かんとする一体を巨大な拳が殴りつけた。
ロメオ君の『タイタン一号』だ。告死蛇は抵抗して巻き付こうとしたが、タイタンのパワーに簡単にふりほどかれて地面に投げ付けられた。
『切り込み隊長』が剣を突き立て、告死蛇の一体を地面に串刺しにした。
ロザリアが『聖なる光(改)』を放った。
残った一体は光を避けようと地面に逃げ込もうとするが、地面は固く閉ざされていた。
「姉さんか」
逃げ込めない告死蛇はどんどん肌を焼かれて、灰のように白くなっていく。変異した身体が気持ち悪く蠢いた。
「防御だ!」
『切り込み隊長』が盾を構えた。
変異体の身体からさらに二本のムチが二体のゴーレム目掛けて放たれたが、意味を成さなかった。
『切り込み隊長』は盾を振り上げ攻撃をいなすと、その盾を変異体の身体に叩き込んだ。
『タイタン一号』は障壁で容易く攻撃を防ぐと、拳を振り抜いた。肉片が飛び散ると浄化の炎に焼かれて虚空に消えた。
衝撃波が残った本体に叩き込まれて破裂した。
「汚い!」
すぐさま浄化されたが。この威力は……
「さすがに文章など書いておれなんだか?」
エテルノ様が船を見上げた。
「ご主人、怒った!」
遠く離れているせいか、オクタヴィアはのびのび他人事だ。
「ナーナ」
警戒を解いたヘモジがスキップを踏んで戻ってきた。
「ナーナーナ!」
『切り込み隊長』が盾で敵を倒したところを嬉々として再現して見せた。
僕が召喚を解くと『タイタン一号』も消えた。
「船、大丈夫かな?」
「この程度で壊れるようじゃはなから使えん」
「地面の底までは面倒見きれないわよ」
「出番なかったのです」
「呪い持ちには近づかないに限る」
「それにしてもよく動いたの。あんなに動くとは思わなんだぞ」
「自立行動してくれるのは助かりますね。指示が少なくて済む」
「今度はリオナが命令したいのです」
「ナーナッ!」
「戻りましょうか?」
「あんたたち…… なんなんじゃ?」
老兵たちは僕たちを驚きの眼で見詰めた。
「ただの冒険者なのです」
僕はゲートを出した。出口は船の甲板だ。