時を待つ日々(浄化作戦開始)28
なんとも堅苦しい。
隠密船の操船クルーが要塞で僕たちを待ち構えていた。
揃えも揃えたり、老兵の一団だ。片道切符になるかもしれない旅路に自ら志願した英雄たちだ。
幸いピノたちの心臓には毛が生えているらしく、老人たちと隔たりなく渡り合い始めた。
なんというか、その姿は祖父と孫みたいで和やかだ。
残された僕たちはやることもなく、キャビンですっかりお客さん状態であった。
早く戦闘にならないものかと願う。が、目的地は思いの外遠かった。
「ナー?」
ヘモジは完全に観光気分だが、窓の外の眺めは悪い。
外装のおかげで窓から見える景色はスリットから覗くが如く切り取られていて、見る気にもならない。
手持ち無沙汰で構って欲しそうにこっちを見る小人と猫。
ふたりで遊べと言いたいところだが、それを許して貰えそうにない雰囲気が。
「こりゃ、ストレスになるな」
甲板に出ても状況は余り変わらなかった。
生命探知に掛かり易くなるだけだな。
「隠密とは兎角、忍耐が必要じゃ」
老兵のリーダーが笑った。
ちょっとこの人、元そっち系の人か?
いや、この人たちか。
老いても牙を残すか……
『見えてきたぞ』
操縦室から声が掛かった。
見えてきたと言われても……
「よく見えないのです」
「ナーナ」
使っていない回転窓に張り付いてスリットを動かしながら足元を覗く。
かろうじて足元が拝めた。
「あらー」
すっかり禿げ山になっていた。付随する小動物たちの姿もない。
「エントはこの異変にいち早く気付いたのじゃろうな……」
そのエントの姿もまだ見えない。
「本命はどこだ?」
なりたてなら厄介だが、年季が入った奴なら腐敗が進んで自重すら満足に支えきれなくなっているはずだ。一箇所に留まっているケースが高いから周囲への影響は少ないが、腐敗の度合いは濃くなる一方だ。
ゾンビは鼻の効く連中に探して貰うのが一番手っ取り早いのだが、既に臭気は人族でもなんとなく分かる域まで達していた。
子供たちの抗議を受けて、船は臭いの届かぬところまで高度を上げた。
「ロメオ君?」
『見つからない。たぶん山の向こうだよ』
テトと一緒に見晴らしの一番いいはずの操縦室に入ってるロメオ君に周囲を見て貰う。
「何か戦ってる!」
「!」
『木の巨人が戦ってる!』
チコとチッタ、リオナに操縦室のテトが同時に同じようなことを叫んだ。
「エントじゃ」
僕たちは操縦室に飛び込んだ。単座式の座席を久しぶりに見た。
テトとロメオ君が窓の外を指差した。
山の向こうで何かが蠢いている。
炭のように黒いエントと正常なエントたちが戦っていた!
「仲間を救う気じゃろう」
「助かるの?」
テトがエテルノ様に不安そうに聞き返した。
「そう言う意味じゃない」
救うとは命を全うさせてやるということだ。呪われた状態から解放すること。つまり葬り去ることだ。
エントにも森を修復させる力がある。その力が呪いを薄めるのかも知れないが、それが過信であることは目の前の連中を見れば明らかだ。
「やらせておいた方がいいのかな? それとも解呪してやった方が?」
「飲み込まれる前に助けてやった方がいいに決まっておる。正常なエントが呪いを貰う前にな」
「汚染地域はどのぐらい進んでる?」
「汚染はまだ谷に入ってからだよ」
「渓流のこっちからだよ」
ロメオ君が答えるとテトはさらに細かく答えた。そうすることがエントへの救いになると信じているかのように。
山を越えてしまったらこちら側は陰になる。
「今しかない。試しに一発落としてみるか……」
「早くない?」
「一番高度が取れる尾根の上から落そう」
それから急いで格納庫に降りて、準備に入った。
船は山の稜線に沿ってさらに高度を上げていく。
『眩しい未来を貴方に! (仮)』の影響範囲に入ったところで、こちらに影響はない。
投下に要する距離は考えずに、適切な場所を見渡しながらチェックする。要するに影ができにくい場所を選定していく。
稜線に沿って飛びながら汚染範囲の中心らしき場所を見つけた。
「投下!」
丸い玉が落ちていく。そしていつもの時が止まったような空白の一瞬を迎える前に光は炸裂した。
「うぁわぁああ!」
思わず叫んでしまった。
「やばっ、近過ぎた!」
設定した本人が驚いていては始まらない。
ヘモジも後退るが、勢い余って、こてんと尻餅をついた。
オクタヴィアも咄嗟にハッチから飛び退いて床に顔を埋めて両手で顔を塞いでいる。
格納庫に同行して、落下を覗き込んでいた者たちは皆、目をしばだたせた。
「何しとるんじゃ」
エテルノ様に呆れられた。
「タイミングが……」
視界が戻ると世界は一変していた。
渓谷から峰までの間の瘴気がすっかり払われて、見た目と裏腹に清涼感さえ漂わせていた。
山を越えた先のエントたちの戦場も同様だ。
呪われた黒いエントたちは腐った大木のように、正常なエントたちにバキバキに砕かれた。
僕たちとは違う愛情表現である。
「ヒューアー」と肺に穴が空いたような叫び声を上げながら、正常なエントたちは黙々と仲間を土に返す作業を繰り返した。
「こっちに気付いてない?」
「さすが隠密船」
突然の光をエントたちはどう解釈したのだろうか?
お悔やみの言葉を贈ったところで手柄の押し売りだ。
「あれ見て!」
パスカル君が指差した。
ハッチから進行方向を見ると、なんと影響範囲外の黒い影が清浄な地に向けて大行進してくるではないか!
「呪われたエントの群れだ」
ダンテ君が呟いた。
「本能的に浄化を求めて来たのかも知れんの」
「二発目装填だ」
装填と言っても床のハッチ上部の荷物搬入用の滑車のフックに巨大鏃を載せた網を引っ掛けるだけだけど。
「できれば土地も浄化したいから次の峰に――」
そう考えていたが、大群は恐れることなく、既に浄化された大地に足を踏み入れてきた。
先頭から順に炭から灰になったかのように白くなって事切れていく。
それを押し倒し、踏みつけて後続が次々飛び込んで来る。
「せっかくの浄化が薄れていく」
二発目を峰ではなく手前の山間に撃ち込んだ。
「想定外の数だな」
「本命大丈夫かな?」