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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第四章 避暑地は地下迷宮
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地下都市迷宮(ターキー)4

 上の階から続々と応援のドワーフがゴロゴロ下りて来た。

 どいつもこいつもムアが無事なことを確認すると「誰じゃ、いい加減なことを言った奴は」と言って怒って戻っていく。

 一方救助された一行とフェルチはアダマンタイトの話題で盛り上がっていた。計画の練り直しと地盤の強化に何年掛かるかという先の長い話をしていた。姉さんの名前も出ていた。姉さんなら地盤のゆがみの矯正をすぐにやってくれるとか。

 そして棟梁と僕たちは内緒の話をすべく部屋の隅に席を用意して膝を突き合わせていた。

 僕はアガタ・コンティーニの騒動の顛末と、彼女の現状を伝えた。そして『リーダーの証』を村に戻したいという姉さんたちの意思も伝えた。

 棟梁は最後まで黙って聞いていた。

 そして最後に「迷惑を掛けたな」と一言だけ口にした。

「後は任せておけ」という彼に現物を手渡して僕たちの用件は終った。


 帰り道はトロッコ用のエレベーターで送り届けられることになった。

 最下層までは来ていなかったので地下三十階までは歩くことになった。

 螺旋通路の内側、螺旋の中央部に換気ダクトとして利用されている巨大な縦坑があり、そこに巨大な釣瓶のようなエレベーターがあった。さながら巨人の井戸であった。

 水車で巻き上げるロープにゴンドラが付いていて、そこにトロッコがちょうどいい形で収まる仕掛けになっていた。

 どうやって下ろしたトロッコを上げるのかと思っていたら、まさかこんな便利な方法があったとは。と僕は感心した。

 僕たちは空のトロッコに押し込まれ地上に戻された。

「どうせなら行きもこれで下ろしてくれればよかったのに」と愚痴ったが、後の祭りだった。

「エレベーターを動かす資格があるのは鉱区の限られた者だけですから」と帰りの馬車のなかでバンドゥーサから聞かされた。


 地表に出たときにはとっぷりと日が暮れていた。

 透き通った空には満天の星がきらめいている。

 肌寒かった。

「お早いお帰りで」

 バンドゥーサが村で唯一の宿酒場の窓から僕たちを見付けて手を振った。

「まだ、食事できるかい?」

「まだ宵の口でさ」

 僕は宿屋に二人部屋を一つと彼の分の部屋を一つ借りた。

「いいんですかい?」

 バンドゥーサと相席すると店員を呼んだ。

「帰るのは明日にするよ。今日は疲れた。バンドゥーサも飲んでいいよ。僕の奢りだ」

 短いような長い一日だった。

「定食を二人前。あと果実ジュースを――」

「ステーキで……」

 リオナはコクリコクリと頭を揺らしながらも肉を要求した。

「それとステーキを一枚」

「お嬢さんもさすがに疲れたようですね」

 席に着くとあっという間にリオナは眠りに就いた。

「二度とごめんだよ、あんな深いところに潜るのは」

 バンドゥーサは声を上げて笑った。



 翌日、僕たちはゴリアテを後にした。

 リオナは朝から全開で肉を食らい、バンドゥーサは若干胸焼け気味だった。

 僕はお土産にドワーフのモチモチパンをバスケット一杯分買い込んだ。

 きれいな貴族の馬車の座席には発注した品が収まった大きな木箱が積み込まれていた。中身は町の水車の可動部の消耗品と井戸のポンプだそうだ。

 馬車はどこまでもまっすぐ伸びる街道をひた走る。

 天は高く、雲一つない心地よい朝だった。

 馬も心なしか楽しそうである。

 道沿いの畑には収穫前の青々とした麦穂が揺れていた。行き交う人たちは皆ドワーフの女性と子供たちだ。

 男たちは今日も暑苦しい坑道のなか。

 思わず溜め息が漏れる。

 リバタニアの実家に着いたのはそれから八時間後の夕刻のことであった。



「さあ、食べて頂戴。今夜は腕に縒りをかけて作ったのよ」

 使用人がね。

 僕たちは家に着いて早々、母に拉致られた。

 リオナは無理矢理風呂に入れられ、姉さんのお古に着替えさせられた。

 兄さんは僕たちに謝ってきたが、母は既に手が付けられなくなっていた。

 息子に恋人ができた。それだけで舞い上がっていた。

 相手はまだ十歳だぞ。

「リオナちゃん、いっぱい食べてね。お代わりいっぱいあるからねぇ」

 僕たちがこっそり屋敷を出た後、使用人の口から口へ、最終的に母にまで情報が行き渡っていた。

 情報統制が効いているというのか、口が軽いというのか。

 おかげで兄さんは「なんで行かせちゃったのよ」と母にネチネチと嫌みを言われていたそうだ。しかも帰宅遅延の言伝のせいで火に油を注ぐ羽目になっていた。

 結局、夕食には溜まりに溜まった鬱憤を晴らすべく、あり得ない量の豪華な食事が食卓に並んだ。

 晩餐会でも開く気か?

「これ…… ターキーだよね」

 異世界メニューのローストターキーが中央に鎮座していた。

 母の自慢料理であった。

 母はお嬢様なので余程のことがないと自分では料理しない。というかできない。唯一できるのがこのターキーだ。幼い頃、僕たちが一度だけ絶賛したことがあって、それ以来伝家の宝刀のように重要イベントに出してくるようになったのだ。

 つまり今日はそういう位置付けの日だということだ。

 但し、異世界の物と違って、こっちの世界の七面鳥に該当する鳥はでかい。食卓に着いている全員がこれだけを食べても余る代物だ。勇者が驚いた記述もある。

 エルマン兄さんがいればなんとかなったのだが、生憎今日は欠席だ。

 母はこれを残すと死ぬほど寂しそうな顔をするので、僕たち家族はこれを残すことができない。

 誰かが腹痛を起こすとか、急に大事な約束を思い出すとか、急用で散会する手は今回使えない。何せリオナの歓迎会を兼ねている。リオナのことを思うと中座は許されない。それはリオナの否定に繋がるからだ。本当に理由があれば別だが……

 親父も兄さんも既に冷や汗を浮かべている。

 僕はリオナの普段の食欲に期待するが、困ったことに今のリオナは余所行きだ。

「お、おいしいです。お母様」

「まあァ、なんてかわいいのぉお。早く結婚してうちの子になってね」

 だから十歳の子に何言ってんだよ。

「が、がんばります。お母様」

 リオナの言葉遣いも余所行きモードだった。

「リオナちゃん、こっちも食べて」

「はい、お母様」

「こっちも食べて」

「はい、お母様」

 リオナの毛並みがみるみる色あせていく気がした。


 さすがのリオナも限界に近い。が、こっちも限界だった。

「お前、そろそろお開きにせんか? エルネストもリオナちゃんも疲れておるだろうし、後はゆっくり――」

 ナイスだ、親父。

 母さんは無言でターキーの皿を見詰めた。

「……」

 嫌な汗が背中を流れ落ちる。

「この鳥おいしい」

 リオナが救世主に見えた。

 リオナが額に汗しながらぱくぱくと残りの肉を頬張る。

「んまぁああ、いい食べっぷりね。リオナちゃん! お母さん、リオナちゃんを断然応援したくなっちったわ。エルネストが悪いことしたら、いつでも遠慮なく言うのよ。お仕置きしてあげますからね」

 あらら、すっかり気に入られちゃったよ。

「そうだわ。今度うちに来たときは、リオナちゃんのためにターキーをもう一皿用意しましょう」

 使用人も含めて、全員が目を丸くした。



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