地下都市迷宮(落盤)3
風呂桶の栓を抜いたとき渦を巻いて排出される水のように、僕たちの乗ったトロッコは螺旋を描きながら、暗闇をどこまでも落ちていった。何度も荷物置き場の踊り場を通り過ぎ、減速と加速を繰り返しながら、何度も何度も坂を下った。
リオナは別の意味で絶叫した。
楽しくてワクワクが止まらない様子だった。尻尾で身体のバランスを取りながら光の魔石を周囲にかざす余裕すらあった。
異世界のジェットコースターという娯楽の乗り物もきっとこんな感じなのだろう。
僕は食べた物を吐き出さないようにするだけで精一杯だった。
トロッコがようやく終点に辿り着くと僕は地面に転がった。
「大丈夫? エルリン。水飲む?」
目が回る。気持ち悪い……
なんとなく床が暖かい気がした。
「ありがとう」
リオナに介抱され、しばらく仰向けに寝ていたら落ち着いた。
床がまだ若干揺れている。
そこは大きめに掘られた空洞だった。
上の階と違い空気が重く、どんより淀んでいた。
警備のドワーフが言っていた通り、ここは蒸し暑く、気が付くと汗が顎の先から滴れ落ちていた。
確か僕たちは夏に備え、避暑のための候補地を探していたはずなんだが……
僕は風の魔法で周囲に風を起こし、氷の魔法で塊を作ってリオナに与えた。
壁には光の魔石が柔らかい光を放っていた。人の出入りが少ないせいで魔力を補充し切れていないのだ。
僕はふらつきながらも立ち上がり、歩き始めた。
リオナは何事もなかったように氷をコリコリかじりながらスタスタと歩いて行く。
獣人の三半規管はどうなっているんだろうな?
リオナに付いていくとやがて休憩室に辿り着いた。造りは同じだったが、何もかもが造り掛けだった。寝る場所もなかった。
「人がいるのです!」
リオナが反対側の出入り口から飛び出していった。
出た先でドワーフがひとり傷付き倒れていた。
「!」
僕たちは急いで駆け寄った。
「どうしました?」
僕は鞄から回復薬を取り出した。
「壁の向こうから声がするのです」
崩れたらしい壁が坑道の先にあった。
「落盤だ……」
怪我をしたドワーフが回復薬を口にしながら囁いた。
「空洞に気が付かずに掘り進めてしまったんだ。そのせいで壁が緩んで…… 仲間が大勢向こう側に取り残されちまった。こっちに来られたのは俺だけだ」
「僕が行きます」
「子供には無理だ。応援を呼べ」
「魔法が使えるんで」
僕はそう言うと壁を固めて見せた。
「まるで嬢ちゃんのようだな」
この人も姉さんを知ってるのか?
「なら、指示を出そう……」
そう言うとドワーフはゆっくりと立ち上がった。
「右側の壁を固めてくれ。なるべく頑丈にな」
「嬢ちゃんは天井にひび割れがないか見てくれ」
リオナが懐中電灯で天井を照らした。
確かにこの壁の先に空洞がある。
ドワーフは壁を叩きながら状況を確認した。
「左手から回り込めば枝道と繋がるはずだ」
落盤した場所を念入りに補強すると、左方向に進路を変えた。
「アダマンタイトだ……」
僕は土砂のなかに大きな異物を発見した。『認識』スキルがすぐに回答を寄越した。
「アダマンタイトだと?」
僕は鉱石のある場所を指差した。
「抽出しなくても分かるのか?」
「大きな塊がある」
自分の肩幅ほどの広さに両手を広げた。
「壁が脆かったのはそのせいか。まさかアダマンタイトとは…… それも塊で……」
アダマンタイト。世界で最も堅い鉱物。聖剣製造などに用いられる希少金属だ。
地底深くに存在するといわれていたが、ほとんど眉唾だと思っていた。
ちなみに精製加工方法はドワーフの門外不出の技である。
「今はそれどころじゃねぇ。急がねえと。塊が少ない場所を選んでくれ。慎重に、ゆっくりだ」
矛盾することを言ってくれる。
僕は周囲の壁を固めながら、慎重に穴を広げていった。
崩落したら上の階まで巻き込む大惨事になるかも知れない。
工夫にアドバイスを受けながら、僕は確実に前に進んでいった。
五メルテほど行ったところで手応えが急になくなった。
穴が貫通し、空気が流れた。
じれったくなる気持ちを抑えながら、慎重に穴を広げていく。
工夫の男がたまらず声を上げた。
「おーい! 誰かいないかァ!」
声が木霊した。
「声がしたぞ」
「こっちだ」
遠くから声が聞こえた。
「おーい、おーい」
「こっちだーッ」
「おい、あっちだ」
ドワーフたちの声が近づいてくる。
やがて光の魔石入りのランタンが現れた。
「おーっ! クロード、みんな、無事だったか?」
「なんじゃフェルチ、随分早い救出だな」
僕たちを案内したドワーフはフェルチと言うらしい。
フェルチは僕たちに視線を移して言った。
「ちょうど助けが来てな。運がよかった」
全員が訝しんだ。
「子供が? それも人族と獣人だと? これのどこが救援だ?」
「姉がお世話になってます。エルネスト・ヴィオネッティーです。こっちはリオナ」
全員の顔が一転して明るくなった。
「お嬢の弟か?」
「なんでまたこんなとこに? お嬢なら来とらんぞ」
「やっぱり弟君も穴掘り好きなのか?」
全員が口々に好き放題なことを言った。
「棟梁はどちらですか?」
僕が尋ねると全員が今きた坑道を振り返った。
「ムアのやつが岩の下敷きになっちまって、棟梁は側で介抱してる」
「容態は?」
「脚をつぶしちまった。手持ちの薬じゃ止血だけで手一杯だ」
「そうだ、急いで詰め所に戻って薬を!」
「無理だ! あんなになっちまっちゃ、脚は切断するしかねぇ。薬じゃなくて、医者だ。誰か医者を呼んでこい!」
「まだ間に合うのです!」
リオナが言った。
「薬ならあります。誰か案内を!」
「だから無理だって!」
「『完全回復薬』です」
僕は瓶を鞄から取り出した。小分けしていない原液だ。
「そんな高い薬、俺たちには払えねぇ」
「僕が作ったんです。お代はいりません」
「早く行くのです!」
僕たちは応援を呼びに行く班と救出に向かう班に別れて走り出した。
ドワーフよりリオナの足が何倍も速かった。
「こっちなのです!」
「嬢ちゃん、足速ぇええ」
ドワーフたちは長時間閉じ込められて、体力が限界に来ていたのだろう。
「全員これを飲んで」
僕は万能薬を人数分手渡した。
全員が半信半疑で小瓶を口にした。
「おおっ!」
「なんだこりゃ、疲れがぶっ飛んだぞ」
「若返ったわい」
それはないから。
全員の足が速くなった。
ランタンの光が照らす崩壊した広い空間にドワーフがふたりポツリといた。
「棟梁ーッ」
全員が駆け寄る。
「みんな遅いのです」
既にリオナが処置した後だった。薬を強引に飲ませただけだが。
「この嬢ちゃん何者だ?」
リオナを指して棟梁が言った。
「僕の連れです。僕はエルネスト・ヴィオネッティー。こっちは相棒のリオナ。冒険者をしています。棟梁に用があって参りました」
「嬢ちゃんの弟?」
僕は頷いた。
「姉が忙しかったものですから、代理です」
僕はムアというドワーフにしては大柄な男の脚を見た。
衣服はボロボロだったが、とりあえず指の先まですべて繋がっている。
僕は念のために残った薬を他の傷口や脚に垂らして塗り付けてやった。
どうやら彼は人一倍大きな身体で、それでも人族より小柄なのだが、仲間の盾になったらしい。
「間に合ったみたいだ」
息が安定してきた。
全員が安堵した。
「よし、ここは危ねえ。一旦全員外に出るぞ」
棟梁の号令で移動を開始した。
ムアを起こすために仲間のドワーフがでかい手で頬を張った。
僕もリオナもさすがに驚いた。
荒っぽいにも程がある。
重体だった患者に彼らは容赦がなかった。
「ほれ、起きろ! 移動するぞ」
「うわぁあああッ!」
叫んで目を覚ましたムアは自分の足元を恐る恐る見下ろした。
「……」
全員の視線が集まった。
「おら、夢見てただか?」
全員が笑いながら踵を返した。
「ほれ、寝ぼけとらんで、早う行くぞ」
仲間のひとりに手を差し伸べられた。
「夢じゃねーよ。ほら、服がボロボロだァ。なんでだ?」
全員が大笑いしながらその場を後にした。
「これあげるのです。元気になる薬なのです」
リオナはムアと棟梁に万能薬を手渡した。
「なんだいこりゃ?」
「万能薬なのです。疲れも回復するのです」
「なんだってぇ!」
「なんじゃと!」
「スタミナ回復薬じゃないのか?」
「わしらを破産させる気か、兄ちゃん!」
「お代はいりませんよ。それよりここは暑過ぎます。早く行きましょう」
僕は風を起こし、涼もうとした。
「リオナもです」
察知したリオナが寄ってくる。
僕は小さなつむじ風を起こしてふたりを包み込む。
「ほへー」
リオナは風に身をさらして気持ちよさそうにしている。
湿気を抜くだけでも随分涼しく感じる。
僕とリオナはドワーフたちに続いて、詰め所、つまり作りかけの休憩所に向かった。