エルーダの迷宮1
初投稿です。主人公共々のんびりやろうと思います。
「はい、登録完了です。ご愁傷様です」
は? 今ご愁傷様と聞こえたが、聞き間違いか?
周りの冒険者たちはこっちを見て、複雑な渋い顔をしている。窓口の女性はギルド証明書を発行するための必要書類をトントンとテーブルに打ちそろえると隣の事務員に手渡していた。
何か、おかしなことしたかな?
僕は窓口から踵を返して、早速、依頼書が並ぶ掲示板に駆け寄った。そして鼻歌交じりで、記念すべき最初の依頼を物色し始めた。
今日から僕も冒険者だ。そう思うと胸が高鳴った。
かつての英雄たちが経験してきた冒険譚の始まりを僕も今まさに追体験しようとしている。
さあ、冒険を始めよう!
高ぶる想いを胸に秘め、僕は掲示板を睨み付けた。
雲間を抜けた午前の太陽が掲示板を明るく照らした。紙に反射した日差しが眩しくて、僕は目に涙を浮かべた。
別に強くなりたいわけじゃない。末っ子が成人して家にいられなくなっただけのこと。十四歳になって住み慣れた家をあとにしなければならなかっただけのこと。
心細くて泣きたくなるけど、誰かの世話にはなりたくなかった。
何かを決めてしまいたくなかった。
自分を試したかった。
だからやるしかないんだ。
僕は生きるために強くなる。冒険者になるんだ。
依頼書を眺めながら、僕は自分にひたすら「後戻りするな」と言い聞かせた。
我が家には家柄にふさわしくないものが二つあった。一つは大貴族出身の美人でやさしい母。もう一つが『異世界召喚物語』と題された豪華装丁が施された書物、全三十巻である。異世界からやってきたひとりの少年が魔王を倒して勇者になるという英雄譚だ。
それは何代か前の家長が揃えたもので、田舎貴族には似つかわしくない代物だった。
自慢ではないが『異世界召喚物語』はすごい大河小説である。英雄譚は数あれど、あれほど心躍る物語は国中探しても見つからないだろう。
まず異世界というのがツボだった。魔法に依存しない『科学』の進んだ世界からやってくる主人公、ミステリアスでかっこいいのだ。そして次元を超えた影響で特殊な能力を持っている。実に心躍る演出だった。確か『無双』とか『チート』とかいう超絶魔法を操るんだ。
それなのに! 主人公は基本的に謙虚で誠実なのだ。道徳的にも優れた作品になっていた。強くて優しい主人公は虐げられた奴隷や亜人を開放したり、さらわれたお姫様を助けたり、難関なクエストをこなしながら、仲間たちを増やしていく。主人公は異世界の知識を活用して珍しい料理を作ったり、水車を造ったり、高価な薬を調合したり、武器や防具まで自前で作ったりして、家を建てたり、空飛ぶ船を造ったり、この世界に役立つあらゆるものを創造するんだ。
そして助けた行き場のない女性たちをその都度、嫁にしてあげたりするんだ。僕はお嫁さんはひとりでいいと思うのだけれど、主人公は優しすぎるから、行き場を失った娘や幼女たちをみんなお嫁さんにしてしまうんだ。そのせいでハーレム状態という現象に襲われて男として辛い状況に追い込まれるのだと、親父が教えてくれた。その話をふたりでしていると母が父の後ろで仁王立ちして、穴が開くほど怖い顔で睨んでいたことを今でも思い出す。彼女の表情からもきっと壮絶な現象だったのだろうと推察できた。勇者ってすごい。でも、その夜の壮絶なできごとが書かれているはずの巻は母に取り上げられてしまって、未だに読むことが許されていない。ハーレムとはなんぞや? おかげでそれ以降のストーリーが僕のなかで若干ちぐはぐになってしまっているのだ。状況に流されながらも、妻たちをチームとしてまとめ上げる主人公の苦悩が実にリアルに描かれていると親父は得意げに語った。「勇者も人間なんだな」というリアリティーが最大限に描写されているそうだ。早く読んでみたいものである。
主人公があえて黒髪で黒い瞳という地味な感じに決めているのもリアリティーの追求のためらしい。でもほんとに真っ黒ずくめだったら、僕の先祖という線はどうなるのだろうか?
親父は昔から、我が家の特殊な事情から自分たちが勇者の子孫だとすっかり思い込んでいた。僕もなんとなく、規格外の親兄弟たちを見るにつけ、そうなのかなと思いながら育った。
でも祖父も親父も髪や目はブラウンだ。親族に黒いやつなんてひとりもいない。 僕に至っては母似で金髪碧眼の女顔という有様だ。最近魔素の影響で瞳が緑がかってきて、なおさら兄弟のなかで浮いてきている。輪郭は親父似なんだけど、なんとなく肩身が狭い。魔法を使う身としてはいい兆候だといわれるが、正直見栄え先行で実力はからっきしだ。火も満足におこせないのだ。
とにかく、僕は晴れて十四歳になった。成人したら、男は家を継ぐか、出ていくか決めねばならない。家は当然長男のアンドレアが継ぐことになっているから、末っ子は出ていかなくてはならない。次男のエルマンはすでに騎士団に入隊して首都で暮らしている。長女レジーナはどういう経緯か王女付きの護衛なんかをしている。我が家の出世頭だ。
僕は兄弟ほど剣や魔法の才がない。僕にあるのは『異世界召喚物語』のなかに眠っている情報から掘り起こした知識だけだ。もやしと揶揄されようと、僕が目指した力はそこにある。
「あー、そこの君、あー、エルネスト・ヴィオネッティー君」
掲示板を見ていると、ギルド職員の男性に呼び止められた。
「なんでしょうか?」
「話を聞いていなかったのかね? 君ね、この街のギルドは中上級者専用ギルドなんだよ。だからそんなところ探しても君にふさわしい依頼はないよ。用意されている依頼はすべてCランク以上の迷宮行きの中上級依頼だけだからね」
「はい?」