第七話 庭がいろいろと厄除けでした。
どうにも後で判明したことなのだが。エレナ・ペレスフォードとセルジュ・ペレスフォードは人間の中でも“変わっている人種”らしく、その筋では有名らしい。それを聞いた時は二人とも嘘を見抜ける人間だからそれを知らぬ者からは変人と呼ばれているだけでは?と思ったがそうではないみたいだ。
それを教えてくれたのはあの美しく手入れのされた庭を手がけた庭師だった。やはりこの庭師もずいぶんと年齢が若く見えるがどうにも精霊との相性がいいのか、これまたいい仕事をするらしい。
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一晩経ってもクロウの気配もなく、しびれを切らせたわたしは思い切って行動に移した。時間はまだ朝もや煙る早朝。世話になっている身で朝早くから迷惑をかけるなんて御免だ。
というか鴉に一方的に話しかけてる姿を見られて変人扱いをされたくない。なので、結局は一人でこっそりとバレないように外に出よう!となった。
玄関から出るわけにもいかず、わたしの取った行動は……。
二階の窓から身を乗り出して、一息に跳躍。
足下となる着地予想地点がうまい具合に茂みと重なり、強行突破に至ったのだ。女は度胸!と意気込み、思いきり踏み込む。落下する浮遊感に襲われるも間髪入れずに風を操って静かに着地を決める。風魔法の初歩的な応用で空気抵抗を軽減したのだ。
「さて。しばらく散策と行きますか。精霊が集まるあの庭に」
周囲を見渡すがどうせ捜すあてなどない散策だ。それならばと気になっていた庭へと足を運ぶ。庭の近くを通る時にちらりと見えた椿と白南天に違和感を覚える。
どちらの植物も魔除けになる庭木だが、この辺りの気候では栽培が困難だったはず。精霊の集まりやすい土地だからこそ可能なのだろうか。
おそらくその庭師は魔法を嗜んでいる可能性が高いだろう。そうでなければこの辺りの気候に合わない植物を育てることなど無理なはずだ。余程精霊を扱う技量が高い庭師なのだろうか。是非とも会って話が聞きたくなった。
庭に植えられた植物のほとんどが魔除けになる庭木や花で統一された庭はいっそ病的だ。一体何を祓おうとしているのか純粋に気になる。
切り揃えられた芝を歩くと何やら作業中と思える男の背中が見えてきた。近づくわたしの気配に気がつかないのか一心不乱に生け垣の刈り込みをしているのだが、その作業がどうにも気になったのでしばらく観察をしてみることにした。
下から上へと刈り込みばさみを迷いなく動かし、植木の余分な枝葉を切り落として形を整えていく姿はまさに熟練の業物である。刈り込みを行うのは花が散ってからなのか何の植物かはわたしには判別できなかったが。それでもその植木自身が魔除けとなる類の植物だとは分かった。
しばらく赤毛の庭師の腕前を堪能していたら不意に声をかけられ、思わず反応が遅れてしまい気まずい空気が流れた。
「……こんな朝早くからお前は暇なのか? 飽きもせずに、こんなの見ても退屈だろ」
「……いえ。貴方の作業はとても無駄がないと思います。その様は見ていて引き込まれました。それに退屈ならとっくにこの場を去っていますよ」
「それもそうか。……変わった奴だなお前」
庭師に言った言葉は事実だった。天界での役職で地上界に恩恵をもたらしていたやり方とは異なる方法にこんなことも出来るのかと感激していたのだ。そんなわたしの心境を知ってか知らずか庭師は作業を止めて振り向く。
「お前は…天使が言っていた女か」
庭師の琥珀色の瞳がわたしを見定めるように鋭く細められる。
「そうです。初めまして『精霊に好かれる庭師』さん」
「……やはりお前もただ者じゃないな。身にまとう雰囲気が人のそれとは明らかにちがうな」
「身のこなしに隙がない庭師と思っていましたけど、なるほど。まるで猟犬のようですね。鼻が効きすぎですよ」
茶化してはみるものの一目見ただけでわたしの異質さに勘づき、なおかつ人ではないと本能で感じ取っているこの男は多分ただの庭師ではない。
人間の身で精霊に好かれる性質といい、鼻が良すぎる件といい、何故こうもペレスフォードの人間は規格外なのだろう。嘘を見抜くセルジュとエレナといい、庭師でさえ普通ではないなんて。
互いの言葉を待つ間わたしはある言葉をつむぐ。
「……この庭は何から護ろうとしているのですか」
「……話すつもりはない」
「…そうですか。では、先程貴方が刈り込みをしていた植木が椿なら『結界樹』、桃の木が『鬼除け』、榊なら『神の宿る木』という魔除けとなる植物の類ですよね。本当は貴方も何か感じているのでは?だからこそこの庭を彩るすべての植物が魔を祓う効果が見込めるもので固めているのではないですか」
地上界がどうも不安定になってきたのは何も最近の出来事ではないのだ。天界でも騒がれるようになったのはここ何年かだったとわたしは記憶している。それ以外でも何か変調の兆しがあったのかもしれない。そうでなければ桃の木などそうそう庭先に植えたりはしないだろう。
果樹を植えたらその実がなるまでに相応の歳月を待たねばならないのだから、何かを成就させるにはそれ相応の年月がかかるのだ。そこまで手間暇をかけて一体何を成したいのか。
「……ただの変わった女だと侮ってればなかなか鋭いな」
「…では?」
「ここ何十年の間で魔族が活発化しているからな。それ除けだ。他意はない」
それにしては些かやり過ぎなような気がしなくもないが……。庭師の言葉にまだ裏があると疑いじっと見つめるとめんどくさそうにため息をつかれ、愚痴るように呟く。
「まったく。セルジュはまた厄介な女を受け入れたものだ。流石は“変わり者”の血筋だな。凄まじきトラブル吸引力だ」
わたしの視線に堪えたのかようやく話す気になった庭師は幾分か警戒を解いて、自分の隣に座れと目で合図をしてきた。手にある刈り込みばさみという凶器にもなりえるブツに注意をはらいながら、こぶし三つ分ほど離れて腰を下ろす。
そうして庭師は語り始めた。
植物の時期とかどうやって苗木を持ち込んだの?というツッコミには「魔法」だから!と答えておきます。大雑把な設定ですみません……。