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第五話 信頼できる協力者にさっそく天使だとカミングアウトしました。

 相棒パートナーのクロウを肩に止まらせ、ノックから待つこと数分。ゆっくりと開かれた扉から覗く少女が不審げにわたしとクロウを交互に見つめる。

 こんな人がいなさそうな土地にアポなしでお家訪問をする鴉を連れた小娘が不審者扱いされても可笑しくはない状況だ。何て言って彼女の警戒をとこうか思案しているとその少女はおずおずとわたしに話しかけてきた。


「あの、貴方は天使ミカエル様の愛娘様、ですか?」

「いやっ、ちが…。……っそう、です一応。愛娘です。

今回ミカエル様にご協力して頂ける、信頼の置ける人だと紹介されました」


 ミカエル様の愛娘、というインパクト大の言葉に反射的に否定しかけたのを何とか頷き、メイドのお仕着せを身にまとっている若い女性にミカエル様の愛娘ですとアピールをする。そんなわたしの見るに耐えない演技を特に疑いもせずに彼女はほっと息をついた。


「そうですか。良かった。兄が数日前にいきなり

『天使ミカエル様の御言葉を有り難くも拝聴した! 数日後には彼の天使様の愛娘が我が別荘宅へやってくるぞ』と張り切って……。

っいえ、ミカエル様の愛娘様、なかなか招き入れず失礼致しました。

ようこそ。ペレスフォード別荘宅へ。

私はエレナ・ペレスフォードと申します。僭越ながら私がご案内させて頂きます」


 長いスカートの裾を持ち上げて一礼するその洗練された所作に見とれてると彼女は柔らかく微笑みを浮かべる。


「とりあえず中にお入りください。ミカエル様の愛娘様。旅疲れもありましょう、すぐに温かい紅茶をお出しします」

「あの。この子は中に入れたらいけませんよね」

「愛娘様の肩にいらっしゃるその子ですよね。こちらで鳥篭をご用意させて頂きますが…。篭が届くまでは失礼ですけど放し飼いをしていただけないかと」

「はい。お願いします。賢い子なのでお屋敷の近くで待ってもらいます。それとこの子は穀類と果実を好んで食べるので、この子の食事も用意してもらっても構いませんか?」

「はい、承りました。さっそくその様に手配させて頂きます」


 気にはなっていたクロウの待遇もそこそこ良いようなのでペレスフォード侯爵に話を聞く間は悪いが庭で待っていてもらおう。わたしの言いたい事を察したクロウは静かに羽ばたき、あの良く手入れのされた庭へと向かっていった。それを見届けてからようやく室内へと入る。

 そうすると先程のエレナと名乗った少女が彼女よりも年上の男性に何やら話しかけ、その後にわたしを振り返った。


「今の者にミカエル様のお客様がいらしたと侯爵に知らせに向かわせました。侯爵がいらっしゃるまでは私がおもてなしさせていただきますので、ご容赦ください」

「よろしくお願いします。エレナさん」

「私に敬称はいりません。愛娘様。どうかエレナ、とお呼びください」

「わかりました。では変わりにわたしのこともリディア、と呼んでください。愛娘様と呼ばれるのはさすがに恥ずかしいですから」


 呼び捨てを頷くかわりにこちらもそれとなく条件を提示する。流石に呼び捨てなんて、と拒否されたが。彼女もペレスフォードの姓を名乗るぐらいなのだ。好意的に接して悪いことはない。

 彼女に敬称をつけてもいいから『リディア』と呼んでほしいと頼んだ後、そのままとある部屋に招き入れられる。

白いテーブルに備えられた椅子をわざわざ引かれるも慌てて訂正する。


「いえ、そこまでしてもらわなくとも」

「ミカエル様のお客様となれば最高のおもてなしをするようにと当主から仰せつかっております。なのでどうか私共におもてなしをさせてくださいませ」


 と、エレナの否定は許しません、と言わんばかりの笑顔に押し切られてなすがまま椅子に腰かける。わたしが座るのを見届けたエレナはすぐに紅茶を入れる準備に取りかかった。天界でも何人かの天使を集めて、人間の真似事であるお茶会をやってみたことがあった。もちろんお茶請けは林檎づくしだ。紅茶を淹れた天使の腕が悪いのかものすごく渋い紅茶だったが。



懐かしいな。

天使たちと己の職務について愚痴りながらも、平穏とした会話を交わしたころが遠い昔のようだ。



 あの頃の自分がまさか任務とはいえ人間の姿になって地上界で暮らすなんて考えられなかっただろう。

 エレナの流れるような動きを目で追いながら、過去を思い出してると、いつの間にか接近を許していたのか新たな人間がわたしを見ていた。この人間こそがミカエル様信者である男、なのだろうか。また、ずいぶんと若い。

 何をするわけでもなく、ただわたしをまぶしげに瞳を細めて見るこの人間こそが協力者なのか。じっと見つめられ、居心地が悪いので先制をしかける。


「わたしの顔に何かついていますか?」

「っ!これは失礼。貴方がミカエル様の仰っていた愛娘だと一人納得していただけです。不快にさせたのでしたら失礼致しました。


私はセルジュ・ペレスフォードと申します。」

「いえ。わたしも考え事をしていましたから……。わたしはリディア・デュミナスと言います」

「リディア・デュミナス……。

良い名ですね。貴方に似合っています。ミカエル様の仰っていた通りですね」


 驚いたが目の前にいる穏やかそうな青年こそがミカエル様の言っていた協力者みたいだ。それならば早めにわたしの正体も告げるべきなのだろう。

 エレナとこの人になら告げても大丈夫だと、根拠のない思いつきだがどうにも一度思い浮かんだ考えは振り切れなかった。それに会ってすぐだが言葉を交わして彼等が悪しき心の持ち主ではないと確信できた。本音を偽らない心が紡ぐ言葉はとてもキレイに響くから。だからこの二人なら、とわたしもふんぎりがついた。

 ピアスは外さないが、自ら天使だと名乗ろう。彼等に嘘をつきたくはないのだ。椅子から降り、まっすぐに青年とエレナに向かって頭を下げる。


「貴方がたの偽らざる心に深く感謝します。そのお心に背きたくはないのでわたしの秘を明かせてもらいます。


本来の名はリディエル・デュミナス。

天界での役職は力天使ヴァーチャー、人びとに天からの恵みを与える職務を与えられています。

本来の名を名乗らずにいたわたしの無礼をお許しください」


 下げていた顔を上げれば、優しげな笑みを浮かべるセルジュさんがわたしの瞳を見つめていた。


「やはりミカエル様の仰ったとおりです。『私の愛娘である若き天使は偽ることを良しとせず誠意には誠意でもって返す』と。

それとミカエル様には貴方が本来の名を告げたら協力するようにとも言われています。


なのでこのセルジュ・ペレスフォードの名に誓ってリディエル様に惜しみないご協力を。ペレスフォード家は心よりリディエル様を歓迎致します」

「……何故初対面であるわたしの言葉を信じるのですか? 嘘を言っているかもわからないのに」


 あっさり天使だと認められ、拍子抜けしたわたしは何とかそう言って切り返す。



嘘なんてついてないけども。

どうしてすぐにわたしの言葉を信じたのか…。

人間は欲深くて平気で他者を貶めると思っていたのに。

彼の言葉を素直に受け入れられなかったわたしは理解できなかった。


 そんなわたしの言葉に一瞬だけ瞳を見張ったセルジュさんはすぐに笑みを浮かべた。


「こんな若造ではありますが、私も貴族です。人の心の動きには敏感でなくば渡っていけぬ世界に身を置いてますから、その人が嘘をついているかなど感覚でわかります。

先程のリディエル様のお言葉は全て嘘なきものでした。

こう見えても私もエレナも。人を見る目はあるつもりですよ?」


 そう言って片目を軽くつぶる青年にわたしはこんな人間もいるのか、と思い知ったのだ。彼等ならばきっと正しく人を導く存在として、これからも地上界にあるだろうと漠然と感じた。そして彼等のような人間を今回の協力者と選んだミカエル様には頭上がらない。



ご自分の信者さえ清い人間を選ばれてる。

今回の任務はそれほど重要な案件なのだろう。ミカエル様自らが彼等にお言葉をかけるほどに。

この任務を必ず成功させねばと再確認したわたしはひとり決意を固め、まだ見ぬ相手へと馳せた。



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