第二十七話 堕天使認定した人物はまさかの人間でした。
前半の少しはリディア視点で振り返り部分があります。重複しますがお付き合いください。
魔法学園潜入を残すこと十日ばかりの今日、いままで勉強を頑張ったご褒美、ではなく怒れるエレナを宥めるために企画された『隣町まで二人でお出かけでえと』を実行したはいいが、何の因果か早速厄介ごとに巻き込まれた(というか進んで巻き込まれたともいう)わたしは豪快な元海賊と魔法の干渉を受けたと思われる青年と出逢った。騒動に首を突っ込んだために腹部に傷を追ったわたしは自業自得と思いつつ、その場に居合わせた深緑の頭髪の少年が目的である魔法学園の生徒であると知り、さりげなく観察するも彼は天界が知りたがっていた人物ではなさそうで、むしろ気弱な青年マルクス・ジェイドの恋人が怪しいと結論に至ったわたしはとりあえずは様子見として酒場を去る。先ゆくエレナに置いていかれ、いい歳して初の迷子となった。
やばいやばい、地上界の通貨を持たないわたしはエレナが行こうとしていた魔法雑貨店の道を知らず、相棒と大通りで立ち往生するも背後からかけられた鶴の一声に救われ、多少の労働で目当ての魔法雑貨店へ行く道を何とか知り得たのだった。
道中の連れは幼いながらも聡明で時折ナイフの如く切れ味の言動を吐く少年ではあったがわたしは嫌いではない人種であった。努力をする人間は好きなのだ。
難なく目的地に辿り着いた先で新たな人物と出逢うがそれはまた変わった人種だったようで。独学で魔法を会得したノエル少年の姉のユリシアは間延びしたような言動だったが、商人としての腕は良く店内に展示された商人は天使の目から見ても良質のものばかりだった。
そんな彼等ではあるが、最近セヴェール(ユリシアとノエルのファミリーネーム)の名で売買されていた魔法具はいずれも悪質な低品質の魔法具で、それを見咎めたユリシアは静かに怒りの炎を上げ、残骸すら残さずに焼却していったのを内心恐れながらわたしは見つめていった。魔法雑貨店ではぐれた彼女を想いながら……
「おっそいねー? リディアちゃんの待ち人ー」
「です。エレナも道に迷ってしまったんでしょうかね?」
「実は似た者同士だったんですか。リディアさんとその人は」
「似た者って……まさかさっき迷子になったわたしへのあてつけですか!」
「貴女のそれは被害妄想の域ですが、実際そうでしょう。この際迷子でも方向音痴でも構いませんよ」
認めたらどうですか、とため息をもらしながらノエル少年が先程購入してきた焼き菓子を勧められる。思わず受け取るがちょっと待て、ノエル少年。それは暗にわたしも方向音痴だとでも?迷子だったことは否定しようにない。だけどわたしは断じて方向音痴ではない。
もやもやとした感情を持て余しながら未だ戻らぬエレナを待つが、その間暇を持て余したわたしは同じく店が暇なためにすることがない店主とその弟にお茶を振る舞われていたが、わたしもかなり人間に慣れているんではないだろうか。これもコミュニケーション力が向上したからかな。コミュ力万歳。
ノエル少年に手渡された焼き菓子はこの街の人気パティシエが作ったものらしく、買うにはかなり並ばないといけないのだが『商人のツテ』で並ばずに購入したらしい。なんだその『商人のツテ』って、心の中でツッこんでしまったのは仕方ないと思う。
わたしは地上界には詳しくはないが彼等セヴェール一族はそんなにやり手の商人一族なのだろうか?と渡された焼き菓子を一口かじる。サクサクとした食感はなるほど、甘いものが好きな人にはたまらないだろう。女性には嬉しいカロリー控えめで(ユリシアが嬉しそうに語っていた)甘さもそこまでなく、これならばたくさん食べてしまいそうだ。いや、たくさん食べてしまったら太るのだが……
まあそのぶん動けばいいか、と楽観したわたしはユリシアが淹れてくれた紅茶を啜る。ペレスフォードの屋敷で飲む紅茶には風味が劣るが、これはこれでなかなか美味しい。エレナのように洗練された淹れかたではなかったが、計算しつくされたかのようなノエル少年の淹れかたも新鮮で、飽きることなく眺めていた。
そもそもペレスフォードはこの国の貴族だし、あの屋敷で出されるものはすべからく質のいい高級品なのだとこの紅茶の質で思い知る。恐らくは一般向けである類でもそれなりの上位に位置するであろう茶葉だとは思うが、紅茶に詳しくはないわたしには些細な違いさえ読み取れない。ただ美味しいな、とかその辺の感覚だ。ソムリエになるわけではないし、なる気もないのだから美味しいものが美味しいとわかる舌だけあればいいのだが。
紅茶の香りの物足りなさに少し、ペレスフォードで出される紅茶を恋しく思いながら小さくため息をつく。本来であれば雑貨店の営業時間中なのだが客足が遠いのか、わたしが店に来てからお客さんは一人として来ていない。魔法の加護を受ける街とはいえ魔法雑貨店が繁盛しない日もあるだろうと決めつけるが、そういえばこの店は悪質な商品に勝手にセヴェールの名前を付けられ、売買されていたから信用が落ちてしまったのかもしれない。なんて、彼等に失礼なことを考えつつ同じく紅茶を啜るノエル少年を何気なく見つめた。
店主であるユリシアと姉弟なだけあり、似通った容姿と青髪はたとえ幼くとも異性を惹きつけそうなものだが、ノエル少年は言葉がストレートなために孤立してそうだ。わたしもその言動には慣れたは慣れたが、ユリシアのスルースキルのほうが一枚上手の気がする。
流石は大人なのか(と言ってもわたしからすればユリシアも年齢的に見れば幼い)ユリシアはノエルの言動にいちいち惑わされることなく、むしろ自分のペースに巻き込ませて万事上手く事をなす人物であると少ない時間で察した。
口論では勝てないタイプではないだろうか。わたしはどちらかとしたら体力派だけにユリシアみたいなタイプとは相性が悪いだろうな。どうにもこうにも育て親のようなタイプの人には勝てない気がする。
「あんまり遅くなると宿もとれなくなるし、困ったねー」
「はい。エレナを待つにもそろそろ……」
「まあもう少しくらいは平気かなー?」
「はあ。何行っているんですか姉さんは。彼女は隣の領からウィンダリアにやって来たんですよ。日が暮れる前に門を出なければ帰れませんよ。夜間は門を閉じるのですから」
「っ! そうなんですか?」
「……そう、だったっけ?」
「彼女はともかくとして、姉さんまさか忘れたワケじゃないですよね? この街にずっと住んでいるのに」
「そ、んなことないよー。ただちょっとド忘れ?みたいなものかなー」
「……先ほどの間が気になりますが、まぁいいでしょう。姉さんは一度痛い目を見なければ分からないでしょうから」
「あのあの、ノエル君!」
「ん、何ですか」
ある事が気になりユリシアよりも博識そうに見えるノエル少年の方へ身体を乗り出す。わたしが話しかければ飲みかけのカップを丁寧においたノエル少年がどうぞ、と目線で促した。
「門を閉じるのはどの刻限ですか」
夜間であるのは先ほどの会話で分かっている。だけどそれが日暮れのすぐ後なのか、日付が変わる頃なのかさっぱりと分からない。
「ああ、わりとすぐですよ。だからもうすぐですね。……あと二時間程度ですね」
「二時間……」
ペレスフォード領に帰るにもあんまり夜遅いと何かと物騒だと、たしかランセが言っていたっけ。それに華美ではないが趣味の良さそうな馬車は野党からしたら鴨ネギに見えるだろう。人通りのない刻限に金のかかった装飾の馬車、乗っているのはひ弱そうな貴族。だいたいそんなイメージをもたれてそう。
でも乗っているのはナイフの達人なメイドさんと堕天使狩りで名を馳せたわたし(自称)、今のいままで会話の端にすら上らなかった御者でさえも腕利きの使用人である。うっかり襲おうものならば十倍返しぐらいしてしまいそうな濃いメンツだ。実態を知れば野党さえ裸足で逃げるだろう。
とにかく帰らぬわたしとエレナをひたすら馬車で待機中の彼にも現在進行形で悪いことをしているなあと思う。あんまり会話を交わしたことがないけれど、丸一日付き合わせてしまったために申し訳がない。別に馬車じゃなくてもエレナと乗馬でえとでも良かったんだけどとそう提案したらセルジュがカッと目を見開いて、そういえば怖かったな。
なんか『年頃の娘が乗馬とか敷地内だけにしなさい』とか『もう少し娘らしいお出かけをエレナの為にしてください』とか笑顔で語っていた。そのただならぬ雰囲気に気がそがれてしまったわたしは一も二もなく、頷いてしまったが。あれはムリ。拒否できないナニかがセルジュにはあったもの。
どうしようか、と冷めかけている紅茶をぼーっと見つめているとノエル少年に声をかけられた。
「あれでしたら姉さんの部屋にでも泊まっていったらどうです?」
「え、あ、それは悪いので大丈夫、ですけど」
「えー、ノエルぅそこは僕の部屋へどうぞって言うべきじゃない?」
いきなりの提案に驚く暇もなくユリシアに茶化され、隣からプチッと何かが切れた音が聞こえた気がする。これはノエル少年の血管がキレた音なのだろうか?
「僕は常々姉さんに言いたいことがあったんです。いくら身内とは言え、姉さんに物申すのは躊躇われていたのですが、そうは言っていられないようです」
ゴゴゴと殺気立つ空気に口をつぐむがそんなに怒ると将来禿げるよノエル君、と思っているのがバレたらわたしまで一緒に怒られそうだ。だから賢明にもここは傍観に徹しよう。彼の怒りが鎮まるまで。
「もうノエルそんなに怒らないでよぅ。姉さんのお茶目な冗談じゃない。珍しいお客さんだったから少しからかってみたかったんだってばー」
「珍しい?」
「またそんなこと言ってはぐらかす気ですか? 往生際が悪いですよ」
「それは違うよ」
「……姉さん?」
お約束のお説教かと思いきや、怪しかった雰囲気は彼女の発するオーラみたいなもので見事に崩された。
今までのおちゃらけた、どこか軽い印象の強かったユリシアが急に真顔でかつ間延びのしていない話し方にとても違和感を覚えた。彼女とは出逢ってまだ半日も経ってはいないが、これは真面目モードなのだと肌で感じる。
「リディアちゃんは珍しいよ。たぶん他の人間には見られないくらいにはね」
「……それがどうしたんですか姉さん」
「分かってないねノエル。そんなんじゃ一人前の商人になれないよ。リディアちゃん、上手く隠しているようだけど普通じゃないよ」
「っ!(もしかしてユリシアは気付いているの?わたしが人間ではないと……)」
年端もいかぬ子供を諭すようなそれに若干焦ったわたしは悟られないように、わずかに腰を浮かせた。何かあればすぐに立ち去れるようにと息を潜めて、さっきとは表情の変わったユリシアを見つめる。
「……っわたしがどう、普通ではないんですかユリシアさん? 是非ともそう至った理由が知りたいですね」
「ふふ。いまいち決め手には欠けるのだけど……一番はやっぱりリディアちゃんの桁違いの魔力だね。どこの魔法具だか知らないけど魔力抑制のもので、髪に隠れていればわからないとでも思ってたかな?」
黒く染まった髪は見事に外耳を覆い隠し、人目には触れぬというのに彼女は何故それを感知できたのだろう。むしろどうして魔法具が耳にあると知っているんだ?
そう言いたげなわたしの表情を呼んだのか、くすくすと笑みを漏らす彼女に思わず腰が引ける。ぞわり、とわたしの本能と呼ぶべきものを逆なでるかのような怖気にひくりと喉が鳴る。これは怯えからではない。強敵と相対したかのような気分と酷似しているようだ。
可笑しいな。ユリシアはただの人間だというのに。堕天使を前にしたときのように、身体が反応するなんて。
「別にリディアちゃんの秘密を暴こうとは思ってないよ。だからそんなに殺気立たないでほしいな?」
「……これは本能ですよ。自らの領域に土足で立ち入ろうとする外敵を排除しようとする、本能です」
「あれれ、リディアちゃんってば見た目によらず排他的?」
「どうやらそのようです。ですからあまりズケズケと踏み込まれては何をするか分かりませんよ、わたし」
「姉さんもリディアさんも落ち着いてください。いきなりどうしたんですか!」
天使としての矜持のためにも戦闘態勢に移りかけたわたしを、宥めるかのようにノエルが声を張り上げるが売られた喧嘩は買う主義なのだ。
それがたとえか弱い女性だろうと、見守るべき人間だろうと。天使のちっぽけな領域を荒らすのなら一切の容赦はしない。
誰にだって踏み込まれたくない問題を抱えているものだ。そんなわたしの覚悟を感じ取ったのか、ユリシアはまた間延びのした話し方をはじめた。
「……ごめんねリディアちゃん。ノエルもねー。姉さん少し、はしゃいじゃった☆」
「何がどうしてそうなったのかは聞きませんが、お客さんに対して姉さんも不躾ですよ。人の出自を問うなんて」
やれやれと頭に手を置いてため息をつくノエルを見つめるユリシアはさっきまでの雰囲気を微塵も感じさせないものだった。そのユリシアを見たわたしは内心焦っている。突然態度が変わったこともだし、たかが魔力値が高いというだけで普通ではないと看破されるなんて。
彼女の前ではもう気が抜けない。むしろ早くここを出たいぐらいだ。はやくはやく立ち去りたい。わたしの全てを知ったかのような瞳と言動に、嫌悪感を抱くなというほうが無理である。
「流石天使は鋭いな。堕天使ゆかりの力に反応するなんて、ね。
ねえ………………ルキ?」
ユリシアの得体の知れない何か、を本能で認知したわたしに聞こえないように呟く彼女の青い瞳が赤らんだのを誰一人として気がつかなかった。