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第十九話 食い意地の張った天使だと知られないために黙秘権を行使します。

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。

今年もどうかお付き合いくださいませ。

皆様にとってよい年でありますように。

 すまなさそうにいつまでも人の腹部を凝視する少年を置いて酒場へと戻れば待ちわびたようにエレナが寄ってきた。騒ぎの前にどこかへ避難してたクロウを肩に乗せながら。

 わたしの顔を見て、こちらへ飛んで来る相棒にああ、そういえばクロウも来ていたなと思い出した。思いっ切り空気だったからすっかりと忘れていたのだ。

 他の人間の目があるため、カササギらしくカシャカシャとしゃがれた声で鳴くクロウを見て笑ってしまった。うん。もう何百年も一緒に居るからクロウが何を言いたいかは目線で分かる。あの目は呆れた目と、人間相手に後れを取ったことを責めている瞳だ。今の姿は人のモノなのだから身体能力も人並みにまで落ちているのはわかっているだろうに、鴉の相棒はわたしに過剰な期待を抱いているように思える。



 自分の相棒なのだから、と期待してくれるのは嬉しいのだけども。初めての潜入任務に右往左往するわたしをもうすこしだけ優しい目で見てほしいと願うのはわがままなのだろうか?

 エレナの肩に止まるクロウと見つめ合うがその瞳は人に紛れて生活することに馴染んでいくわたしを責めているみたいに感じられ、ふいと視線を外す。

 あさっての方向を向けば何やら床に転がされた男の顔がこれ以上ないほどに腫れ上がっていて、真昼間といえどホラーだった。なんかもう瞼は開いてるのかわからないぐらいに腫れてるし、誰がやったの?とエレナを振り返れば妙にスッキリした表情でにこやかに笑顔を向けられた。




その笑顔は……

誰よりも輝いていて、なおかつ満足げな表情でした……

 





 いまだにわたしの中ではエレナは怒らせたらいけない女性とインプットされてるのであきらかな名言は避けておくが、アレは放置でいいのかな。時々ビクビクと痙攣しているようだけど、エレナははじめ豪快なおじさんも見向きもしてない。ので死んではない……のか?わたしも奴に痛い目に合わせられたので庇う気はさらさらないが。

「リディア様、あちらで手当てさせてくださいませ」

「……うん。お願いしますエレナ」

「はい。私にお任せください」

 酒場の奥の部屋に向かう際にエレナがゲス男の背中をわざと踏み付けていくのを眺めながら、死んだ方がマシな目に合わせられそうな男にすこしだけ同情した。エレナやセルジュは自分に牙を向いた相手には多分容赦しない性格だ。とことんまで力の差を見せつけて、相手のプライドを刺激して鼻で笑いそうである。

 きっとあのゲス男もプライドを粉々になるまで壊されて、二目と見れない顔にされたのだろう。エレナの晴れ晴れとしたあの表情が何よりの答えだと察した。奥の部屋をエレナが開け、その後に続き後ろ手で扉を閉めればこの部屋にはエレナと二人きりになる。なので人前では話せなかったことを声音を抑えて、頼りになる彼女へとこぼす。

「エレナ、わたしなら屋敷に帰ってから魔法で傷を癒すので本格的に治療する必要はありません」

「何故、ここでやらないのですか?」

「魔法学生がいますから。今はまだわたしが魔法を扱えると知られたくないですし、わたしが扱う魔法は天使独自の魔法なので人に知られるわけにもいかないんです。もちろん魔法バカにも……」

「……分かりました。このことは私とリディア様の秘密、ですね」

 こそりと囁きあえばわたしの言いたいことを理解し、合わせてくれる彼女の優しさに心が温まる。あの少年がわたしの魔力が人のそれではないと気付くとは思えないが、念には念をおいて危ない橋を渡らないでおく。怪我したはずなのに、当の本人がピンピンしていたら怪しまれるし。なので手当ての形だけでもエレナに頼めば快く了承してくれた。

「……では今日はこのまま帰りましょうか」

「ごめんねエレナ。でも軽いから少し買い物とかしたいな」

 部屋に置いてあった椅子に座ったわたしは着ていた服を脱ぎ、エレナが手当てしやすいように傷口を向ける。引きつれたような傷口からは新たに血が滲み出し、音を立てずに垂れてゆく。

 醜い傷痕を間近で見つめたエレナの瞳が悲しげに揺れる。

「こんな傷を貴女に負わせてしまった。私を如何様にも罰してくださいリディア様」

「大丈夫。こんなのすぐに治せますし、だいたい堕天使狩りしてたときに比べれば軽傷ですよ」

 彼女を安心させるように告げれば、驚いたように瞳を見張る。

「あの? リディア様は力天使ヴァーチャーと仰ってましたけど。確か天から人に恵みを与えるのだと」

「ん? ああ、確かに今のわたしは力天使ですけど昔はぺーぺーの下級天使だったんですよ?そのときの話ですね」

「そうなのですか?」

「そうですよ。これでも出世街道に乗った天使ですから」

 これも育て親の教育の賜物である。彼の天使の教えがなくばわたしが此処まで位を上げるにも数百年は更に必要となっただろう。

 育て親に恥じない天使となりたくて死ぬ気で足掻いた過去があったからいまのわたしがいる。その努力が実を結んだのか初の単独潜入任務も任されたことだし。

 先程のわたしの発言に納得したのかエレナは傷口を濡らしたタオルで拭ったあとに化膿止めの薬を塗りつけた。軟膏タイプなので直に塗りこまれ、傷口に彼女の指が触れる度に痛みが走る。何とか声を漏らさずにいたが、短くはない傷痕に薬を塗りおわるまで必死に耐えねばならないので、わたしはひたすら耐えた。

「……もう、少しで終わるので頑張ってくださいリディア様」

 そう言ったエレナは手早く薬を塗り終え、指を拭った後にガーゼを当ててその上から包帯を巻く。くるくると手際よく巻かれる作業をする事もなしに眺めていると、エレナがぽつりとこぼした。

「何事もなければリディア様の魔法学園で使うものを買うつもりでしたのに……」 

「わたしは大丈夫ですよ。それに学園でわたしが使うものならなんとしてでも自分で揃えなければ。これも勉強になりますし」

 話している間に手当ては完了したのだが、脱いだ上着は再び袖を通す気にはなれない有り様で。流石に下着姿で外を歩けない。どうしたものかとエレナを見やれば見たことのない新品の服を手渡される。

「いつの間に?」

「ゲス男をシバいたあとにすぐそこの店で買いましたが、既製服ですみません」

「いや、ありがとう。すぐに用意してくれて」

「勿体ないお言葉です。本日のリディア様のお召し物のコーディネートを損なわないよう選ぶので手一杯で......」

 差し出された服を広げれば先程まで着ていた上着と似たようなタイプの服だが、サイズもちょうど良さそうなので不備はない。見た目が多少ダサかろうが下着姿に比べれば些末なことだ。いや、エレナの趣味は良いんだけどね。

 年頃のエレナが選んだ服のセンスは悪くはなく、わたしは安心して袖を通せた。

「手当ても服も、いつもありがとうエレナ」

「私は貴女に仕えているつもりでお側にいます。リディア様はお客様ではなく、私のただ一人の主としてお仕えさせていただいています」

「主? わたしエレナに迷惑しかかけてないし、エレナの主はセルジュじゃないの?」

「兄様は主の前にただ一人の兄、家族です。


リディア様がお嫌でなければどうか、私に貴女を主と呼ばせてはくれませんか?」

 すっと膝を床についたエレナは下からわたしをじっと見上げる。仮にも侯爵令嬢がお世辞にも綺麗とは言い難い床にそう簡単に膝をつくものではないと思うが、彼女の真剣な表情にそうは言えなかった。その強い瞳にわたしが人ではないから、そんな理由で断ることは許さないといわんばかりの雰囲気で。こくりと喉を鳴らし、カラカラになった口内に張りつきそうな舌をようやく動かす。

「わたしは天界の意思で地上界に任務で降りました。それが終われば天界へと戻ります。それに天使わたし)は人とは同じ時は生きれないし、ずっとそばにいることもできない。貴女が仕えるにわたしは値しません」

 わたしが天界に所属する天使であるうちは人間ひとりのためには生きれないのだ。たとえ地上界にいる間だけでも頷いてしまえば、必ず地上界を去ると分かっているのに首を縦に振ることなど出来ない。いつかやってくる別れを知りながら、それでもエレナをそばに置くことなんてわたしには出来そうもない。

 そう断れば膝をついたままの体制でなおも言い募る彼女を見下ろす。

「いつか別れがくると理解はしてます。納得もしてます。それでもそばにおいてほしいのです」

「わたしを主として、エレナはどうしたいんですか?」

 限られた時をただそばで過ごすためだけにそう言った訳ではなさそうだ。他にも何かそうさせる理由があるはず。天使を主と持つことが箔がつくとか?

 何故急にそんなことを言い出したのか検討もつかないわたしは黙ってエレナの翡翠の瞳を見つめる。セルジュと同じで深く澄んだ瞳は痛いほどの視線を送ってくる。半端な答えなど許さない、といわんばかりに。

 彼女に問うているのはわたしの方なのに、逆にその強い視線でわたしが問いつめられているよう。

「リディア様が我が屋敷にいらしてから兄様の体質も落ち着いてきているのです。まるでリディア様のお力で魔が祓われているかのように、魔物を寄せつけなくなりました。そのおかげで兄様もランセさんもかなり負担が減ったようで、私はそのご恩に報いたいのです。


たとえリディア様が屋敷にいる間だけだとしても……」

(屋敷?わたしは特に何もしてない)



 彼女の言葉に首を傾げる。わたしは特に結界を張ったりはしていないのだが他の天使の力も特には感じないし。そもそも人の姿でいるわたしに魔物を寄せつけなくするほどの力はないし、心当たりがひとつもない。

「エレナそれに心当たりはないけど。ランセじゃないですか?」

「いえ。ランセさんがリディア様の魔力を裏庭から感じる、と仰ってました」

「裏庭?」



裏庭。裏庭。

何かあったっけ、と思い出そうとするが裏庭に林檎を埋めた記憶しかない。しかもその林檎は天界産ではあるものの黒く変色した林檎だ。地上界の魔力に耐えきれずに腐りおちた林檎に結界を張る力があるなんて聞いたこともないし。

 だけどわたしの魔力を纏うものがその埋めた林檎以外にないのも事実。いつか芽吹くと思い、毎日魔力を送り込んでいたのが別の所で発揮していたとは予想も出来なかったな。

「確かに勝手に天界の林檎を裏庭に埋めちゃいましたけど。はやく成長するようにと魔力を送り込んでいたのが結界の補強になるなんて思いもしませんでしたが」

「はい。ランセさんもリディア様の魔力に後押しされているようで、結界に綻びひとつないと仰っていました。私には魔法の才がないので分からないのですが……

兄様も日々、顔色も良くなって来てますし。リディア様のお力のおかげです」

 エレナのキラキラとした表情を間近で見てしまったわたしは何とも言えず、視線を逸らす。





言えない。林檎を埋めた理由が、食べずに終わった林檎が食べたいなんて。

 エレナの期待するような瞳を見つめ返せないわたしは正直に理由を明かすべきかと悩んだ。






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