チート人魚姫(前編)
チート童話シリーズ第三弾の前編
想像以上に長くなってしまいましたが、後編は短い筈です
注意
※先に『チート桃太郎』をお読みください
チート桃太郎を読まない方への注意
※この作品にはすごく強い桃太郎が出ます
「姫、王様がお呼びです」
侍女が私の部屋に入るなり、そう切り出した
私はプゥッと頬をふくらませ、侍女に注意する
「ノックもしないで入るなんて無礼にも程があるわ!次やったら雷撃で焼き人魚にするわよ!」
私がそう言って冗談半分に脅すと…
バタリ
女はブクブクと泡を吹いて倒れてしまう。
「泡吹いて倒れるとか、カニなのっ!?あんたカニなのっ!?」
返事がない、ただの人魚のようだ
流石に脅しすぎたようだ、まあ、焼き人魚なんて作っても美味しそうじゃないし、水中で電気を流すと他の人魚にも迷惑が掛かるから殺らないが。
「あのクソ親父…自分から来いっつーの」
仕方なく、私はウォーターベッド(物理)から出て、玉座の間へ向かうことにする。
そろそろ自己紹介しましょうか?
私は人魚姫、人魚の王の娘よ。
私が住んでいるこの王宮の名はアトランティス。
そして、私の父は、人間に海神ポセイドンと呼ばれているの。
「神とか大層な名前ついてる割に弱いのよね。あのクソ親父」
私を呼んだ理由だって、男の人魚と結婚しろだとかそんなところだろう。
玉座の間へ着くと、クソ親父は言った。
「よく来た人魚姫、お前も十六歳と年頃じゃし、そろそろ…」
「私は結婚なんてしない」
「せめて最後まで言わせてっ!?」
私が玉座の間から泳ぎ去ろうとすると、警備の兵たちが私に槍を向ける。
「…どういうつもりかしら?」
私は少しだけ殺気を零す。
途端に兵たちは発狂して倒れた。
不敬罪で殺しても良かったかもしれないが、どうせ、クソ親父の命令かなにかだろう。
「いい加減にしろよ、クソ親父。マジであんたを殺してやろうか?」
私は殺気を全開にして、クソ親父にぶつける。
クソ親父は一瞬怖気付くが、すぐに三叉の矛を構え…
「遅いわよ、貪り食うもの、雷撃」
アッサリと拘束され、電撃で気絶させた。
「私より弱い男を旦那にしてどうしろってのよ?」
朝からストレスが溜まった私は、散歩に行くことに決めたのだが、王宮の出口へと向かう途中、お姉さまに会った。
お姉さまは、とても美しく長い金髪の持ち主で、私もお姉さまのような美しい髪にあこがれを持っていた。
「聞いたわよ人魚姫、お父様を虐めちゃダメじゃない」
お姉さまは、めっ!と言って私を叱る。
こうやって叱るのも、きっと私のためと考えて、していることなのだろう。
しかし、私にとってはそんな注意も邪魔にしか感じなかった。
「知らないわよっ!結婚しろだとかなんとか、他人に決められるのなんて、まっぴらごめんよ!」
そう言い残して、私は王宮から出て、海面へと向かっていく。
すると、人間の船を見つけた。
その数、十隻。
「面白そうね、近づいてみましょうか?」
私は気づかれないようにコッソリと船に近づき、海面から顔を出す。
今までにも何度か人間の船は見た事があるが、この船はそのどれよりも大きく、頑丈そうだった。
大砲やバリスタで完全に武装されており、何人も武装した兵士が乗っており、大量の武器も積まれていた。
戦争でも始める気なのだろうか?
私がそんなことを考えていると、男の人が甲板から顔を出しているのに気付いた。
・現実
・
・西部劇
ババババババキュゥゥゥゥン!
「凄い!全弾ど真ん中だ!」
「いや、ストライクだ!」
「なんてやつだ!」
・バッターアウト
・
・チェンジ
その人の顔を見た瞬間、私は恋をしてしまった。
サラサラの金髪に海のように青い瞳、服装から身分が高いこともうかがえる。
私のタイプど真ん中だった。
私は一目惚れしてしまった。
人間は私達人魚と違ってとても弱い。
しかし、私はもう強さなんてどうでも良かった。
(私、あのお方と結婚するわ!)
そう私が決心したと同時に、一人の男があのお方に話しかけた。
「おいトーハ王子、そろそろ奴が現れる海域だ。こっから先はいつ死んでも文句は言えねえぜ?」
その男は、このあたりでは珍しい黒髪黒目、腰に一本の刀を携えて、あのお方に話しかけた。
あのお方の名前はトーハと言うのね。素敵な名前だわ。
「ああ、桃太郎殿。今回は我々のクラーケン討伐作戦の指揮官を務めてくださって、誠に、真にありごとうございます」
そう言って、トーハ様はうやうやしくお辞儀した。
あの黒髪男は桃太郎というらしいわね。
それにしても、クラーケン討伐?人間ごときがクラーケンを倒せるとは思わないのだけど…
ちなみに、クラーケンというのは四十メートル程の巨大なイカの事だ。人魚とは友好的な関係を築いており、その力は凄まじく、腕のひと振りで島を割る程だ。
まあ、私の敵ではないが
その時、縄張りを荒らされていることに気付いたクラーケンが、深海から凄まじい速度で上昇してきた。
「っ!来たぞっ!」
私と同時に、桃太郎もクラーケンの接近に気づいたらしく、戦闘準備の号令をかけた。
(なんて感知能力!?水中にいる私なら兎も角、船の上からでもクラーケンの接近に気付くなんて!?)
どうやら只者ではないらしい。
しかし、人間とクラーケンでは地の利に差がありすぎる。
私の予想通り、四隻の戦艦が抵抗する間も無く、クラーケンの腕によって真っ二つにされた。
そのままクラーケンはトーハ様の乗っている船へと泳いでいき、その触手を振りおろす。
(危ないっ!トーハ様!)
私の心配をよそに、一筋の黒い影がクラーケンの腕を切り落とした。
「大阪に持ち帰って、たこ焼きでも作るか」
黒い影の正体は桃太郎だった。
桃太郎は刀を鞘に収め、人差し指をクラーケンに向ける。
クラーケンが突然の反撃に混乱している隙に、桃太郎は魔術を放った。
「獄炎」
その瞬間、桃太郎の指から発射されたのは、
私の視界を覆い尽くすほどの光と、
海を焼き焦がすほどの高熱だった。
「ァッィヒァッィヤァッィケァッィスァッィルァッィ!」
その理不尽なまで強力な炎はクラーケンを飲み込み、その肉を焼き焦がしていく。
その隙を突いて、周囲の艦隊が一斉に大砲とバリスタを発射した。
クラーケンを爆炎と大型の矢の雨が飲み込み、クラーケンが断末魔を上げる。
私が呆けていたのは一瞬。
すぐさま私は火を消そうと、魔術を発動する。
「大津波!」
周囲の海面がせり上がっていく。
私の魔術によって生み出された大量の水は、雲の高さまで上昇すると、一気に重力に身を任せ、落ちてくる。
無限にも感じるほどの量の水が、クラーケンを鎮火させ、周囲の艦隊を飲み込んでいった。
「クラーケン!大丈夫!?」
私は慌ててクラーケンに泳ぎ寄り、必死に声をかける。
「う、うーむ…!?こ、これは人魚姫様!?一体どうしてこんなところへ!?いや、それよりも我輩の領域を荒らしに来た人間共は…クッ!?」
クラーケンはうめき声をあげ、苦悶の表情を浮かべる。
「喋らないで!どうしよう、ひどい傷だわ…」
素人目でもわかる、クラーケンはかなりのダメージを負っていた。
このままでは死んでしまうかもしれない。
「…そうだわ!魔女の傷薬!あれを使えば…」
「いけません人魚姫様!魔女との取引は、代償として何を取られるか分かったものではありません!貴方様が私のためにそこまでする必要は…」
「バカッ!命を失うよりはマシでしょっ!?待ってて!今すぐ貰ってくるわ!」
そう言って私は深海の奥深く、魔女の住む洞窟へと泳いでいった。
・海面
・
・深海
この洞窟は地上へと続いているらしく、どういう構造かは知らないが、空気も存在する。
魔女の魔法の力で常に昼間のように明るくなっている。
ちなみに、私たち人魚は肺呼吸も可能だ。
「魔女っ!どんな傷も治す薬を頂戴っ!代償は何でもいいわ!」
私は洞窟に着くと同時にそう叫んだ。
魔女は突然の来訪に驚く素振りも見せずにニヤリと笑うと、言った。
「水晶玉のお告げの通りさね。来ると分かってたよ、人魚姫様」
魔女はしわがれた声でそう呟く。
見た目は二十代ほどの美女、ウィッチハットと黒いローブを着て、見かけは若い、しかし、その中身は何百年も生きている老婆だ。現に、その声は醜い老婆そのものだった。
「クラーケンが死にそうなのっ!早く治療しないと死んじゃうわ!」
魔女は焦る様子も見せずに、机の上に置いてあった一本の小瓶を私に向かって投げて寄越してきた。
私は慌ててそれを受け止める。
「代償は声を貰っておくわ。あなたの声はとても美しいし、私の美貌にピッタリだと思わない?」
魔女は悪い微笑みを浮かべ、私そっくりの…いいえ、私の声で私に問いかけた。
「…」
声が出ない。
「あなたの声は今日から私のものよ。代償としては安いほうよね?」
魔女は笑みを浮かべ、再び私に問いかける。
「…」
私は無言で洞窟から出て、クラーケンの下へと向かう。
・深海
・
・海面
「…」
私はクラーケンに薬を飲ませる。
傷はたちまち塞がった。
「人魚姫様…一体…!?まさか、声を!?」
クラーケンの話を聞いている暇はなかった。
さっきの人間達がこちらへ近づいてきている。
私は身振りでクラーケンに逃げるように指示する。
「獄炎」
桃太郎が炎を放つ。
(大嵐!)
海水を巻き起こして炎を防ぎ、
大風を吹き荒らして炎の向きを反転させる。
「っ!?大波!」
敵は手から水の壁を出現させた。
私のダイタルウェイブと似たような技だ。
だが、大したことはない。
(ライトニングッ!)
私の手から生み出された雷が、海の表面を割りながら船へと突き進んでいく。
「どこから撃ってきているっ!?雷撃誘導!」
しかしそれも相手の技によって空へと誘導された。
(ライトニング・アロー・レイン!)
私は空に向かって千を超える数の雷の矢を撃ち出す。
放物線を描いて落ちていくそれは、一つ一つが強力な魔力の込められた魔術だ。
それを全て桃太郎に集中してぶつける。
「チッ!二連発かよ!雷撃誘導!」
またしても逸らされる。
ならば…
(ドラゴンシャワー!)
一本の海水の柱がそびえ立ち、その天辺に龍の頭を摸した顔が出来上がる。
(飲み潤せ!)
海水の龍はその口を開き、船ごと飲み込んだ。
「そこかっ!竜巻!」
魔術によって発生した竜巻によって海水の龍はあっけなく吹き飛んだ。
魔術の余波で周囲の船は転覆し、残っていた船もマストがへし折れた。
(まさか私の全力の水魔術を相殺されるなんて!)
(まさか俺が全力の風魔術を使うことになるとは!)
その瞬間、私と桃太郎の視線が交差する。
「あいつ…人魚かっ!?」
桃太郎の攻撃が止んだところで、私はクラーケンが逃げ切ったことを確認する。
(この男と戦いを続けていては危険ね…)
私はチラリとトーハ様の気配を探し、無事である事を確認すると、そのまま海の中へと逃げようとする。
しかし、桃太郎が追撃してくる。
「逃がすかっ!雷撃!」
(っ!ライトニング・キャノン!)
全力の雷魔術同士がぶつかり、辺りを光が包み込むと同時に、強烈な爆風が巻き起こる。
すさまじい音と衝撃が伝わり、辺りの船が吹き飛んで行くのを見ながら、私は海中へと避難した。
・
・桃太郎視点
・
ザザーン…ザザーン
波の音が聞こえる、いつの間にか気絶していたようだ。
朦朧とする意識の中、最初に俺の視界に飛び込んできたのは同じく倒れているトーハの寝顔だった。
(なんだ、トーハか…)
起き上がり、トーハの意識を確認する。
「う、う~ん…」
どうやら生きているようだ。
それにしても…
(ここは港か?)
運良く、人間のいるところへと流れ着いたようだ。
辺りを見回すと、他にも数十名の兵士があちこちに転がっている。
「…兵士?」
兵士たちは鎧を着ているため、海岸に流されるどころか、今頃海の底へ沈んでいるはずだ。
なのに、どういう訳か兵士は海岸に積み重ねられるように倒れている。
「一体、何が…」
俺がそう呟いた瞬間、少し離れた沖の方から水柱が上がり、そこから兵士がこちらに向かって飛んできた。
ガシャガシャッと鎧が音を立てて、兵士の山に突っ込む。
水柱から次々と兵士が発射され、その度に海岸に兵士が積み重なっていく。
五分ほど経ち、兵士の発射が終わると、沖の方から人魚が泳いできた。
どうやら俺たちを助けてくれたのはあの人魚らしい。
・
・人魚姫視点
・
沈んでいた人間たちを全員助け出し、私は海岸へと泳いで行く。
クラーケンを瀕死に追い込んだ桃太郎という男には警戒しなければと考えながらも、やはり私の頭の中はトーハ様のことでいっぱいだった。
海岸に着くと、桃太郎が目を覚ましていた。
何をするでもなく、こちらをじっと見つめてくる。
「…」
私が黙っていると、桃太郎は静かに口を開く。
「なぜ俺たちを助けた?」
しかし、私には答える術がないため、どうしようかと悩んだ末…
「…」
無言でトーハ様に抱き着いた。
「…トーハのことが気に入ったから助けたのか?」
「…」
私が無言でいることに違和感を感じたらしく、桃太郎は眉をひそめる。
「人間の言葉を話せないのか?」
少し違うが特に問題は無いだろうと、私は首を縦に振って肯定する。
「…俺は負けたのか?」
少し悩んだが、これも首を縦に振る。先ほどの戦いは私に地の利がありすぎたのだ。もしも戦いの場が陸地なら負けていたのは私だろう。
「そうか…」
桃太郎は気落ちした様子で、ガックリとうなだれる。
「う…うぅ…」
その時、トーハ様がゆっくりと目を開け、焦点の定まっていない目でこちらを見る。
「…」
「…」
しばらく無言で見つめあった後、トーハ様は急に眼を見開いた。
「うわっ!うわわわわ!?」
奇妙な叫び声をあげると、泡を食ったように逃げ出し、桃太郎の後ろに隠れた。
少しばかりショックだ。
「な、なぜ…に、人魚が!?い、いや…それよりも…」
トーハ様は口をパクパクして、まるで呼吸困難の魚のようだった。
そんな仕草すら「かっこいい」と思ってしまうのだから、私は少し病気かもしれない。
トーハ様は私の体を指さして、叫んだ
「ふ、服を着てくれッ!」
私は裸だった。
人間と違って人魚は服を着ない。泳ぐのに邪魔だからだ。
しかし、トーハ様は顔を手で覆い隠し、近くに落ちていた貝殻で胸を隠すように言ってきた。
「わ、私を誘惑しようとしても!無駄だからなっ!」
そんなつもりで服を着ていなかった訳では無いのだが、やはりショックだ。
桃太郎は意気消沈したまま座り込んでいるし、兵士たちは気絶したままだ。
(このままトーハ様を連れ去れるかしら?)
ふと、そんな考えが脳をよぎるが、海に連れ込んでもトーハ様が窒息死するだけだと思いとどまる。
(どうにかしてお近づきになりたいわね…)
私はそっとトーハ様に寄り添い、腕を取って私の胸を押し付ける。
トーハ様は赤面して、必死に私を振り払おうとする。しかし、私はトーハ様をがっちりとつかんで離さない。
「は、ははは離せっ!」
(これからどうすればいいのかしら…)
このままでは話が進まないので、足を生やすことに決めた私は、海に戻って魔女の洞窟へと向かった。
・海岸
・
・深海
(尾びれをあげるから、足を生やす薬を頂戴!)
「また来たの!?」
流石に魔女も二連続で私が来ることを予知していなかったのか、驚きを隠せずにいた。
(いいからさっさと寄越しなさい、火炙りにするわよ!?)
「はあ、仕方ないわね。ちょっとこっちに来なさい」
魔女がチョイチョイと手招きするので、近づいていくと、魔女が私に魔法をかけた。
私の体が光に包まれ、足が生えて、ドレスが着せられた。
「あなたから海を貰ったわ。ドレスはサービスよ」
どうやら私は、水中で呼吸が出来なくなったらしい。
足を生やしたことを後悔しながら、私は洞窟の出口から海岸へ戻ることにした。
・深海
・
・海岸
洞窟から出ると、そこは先ほどの海岸につながっていた。
トーハ様の場所へと急いで向かうと、トーハ様はどこの馬の骨とも知れない女と話していた。
(トーハ様!?)
慌てて駆け寄ろうとしたその時…
「まぁ!?一体なんてこと!?人魚に襲われたのですかっ!?」
女がそう言うのを聞いて、私は思わず岩陰に隠れた。
盗み聞きなんて趣味ではないが、こんな状況で出ていく勇気が出なかった。
「ああ、クラーケンの討伐の途中にな。船が沈められ、いつの間にかここに流れ着いていたんだ。それよりも、君は何者だい?どうしてここに?」
「私ですか?えっと…」
そう言って女は腕を組み、何やら考え込む仕草を見せ、思いついたように言った。
「私の名前はヤイダと言います。実は、トーハ様を助けたのは私なんですよ?」
(な、何言ってるのよあの女!?)
思わず叫び声をあげそうになるが、肝心の声が出ない。
トーハ様を助けたのは私だというのに、あろうことかあの女は自分が助けたと主張し始めた。
(そんなバレバレの嘘、トーハ様が信じるわけないでしょっ!アンタ、さっきは居なかったじゃないのよぉ!?)
私が洞窟に行っている間に王子様を見つけたのだろうから、助けるも何も、既にトーハ様は助かっていた筈だ。
それを「自分が助けた」などと、あたかも「自分があなたの命の恩人ですよ?」とでも言いたげな目でトーハ様を見ていた。
(トーハ様っ!騙されちゃダメですっ!そいつ嘘をついてます!)
「そうだったのか、ありがとう」
私の必死の思いも届かず、トーハ様はあっさりとその嘘を信じた。
だがしかし、ヤイダは嘘が下手だ。
私が兵士を助けているところを桃太郎はしっかりと見ていたのだ、ヤイダが嘘をついていると桃太郎ならば気づいているはず。
ヤイダの嘘は簡単に暴かれることだろう。
そう思って桃太郎の方を見てみると…
「俺が、俺が負けて…俺負け…負け…負け組…」
何やらうなされていた。
(そこまでショックだったのっ!?)
肝心の桃太郎があの様子では、トーハ様の誤解は解けないままだ。
私は思わずその場に飛び出していた。
私の登場に、トーハ様は口をポカンと開けて言った。
「君は誰だい?」
(どうして忘れる!?)
つい先ほど見た顔も忘れるとは、トーハ様の記憶能力に少しばかり同情を覚える。
それとも、尾びれと裸のインパクトが大きすぎて、顔を見ていなかったのだろうか?
私がそんなことを考えていると、ヤイダが私をキッと睨みつける。
「無礼者っ!頭が高いっ!」
無礼も何も、私は何かした覚えは無い。
それに、身分という意味でなら私は人魚姫、いわゆる海を統べる海神の娘なのだけど?
私が内心呆れていると、ヤイダはまた何事か言い出す。
「こんな無礼者、無視して行きましょうトーハ様っ!」
トーハ様の腕をつかんでそのまま引きずって行った。
私はその後ろ姿が消えるまで見届けて、気づく。
(魔法でヤイダを殺っておけば良かった)
私は桃太郎と兵士を起こし、ヤイダの跡を追うことに決めた。
・海岸
・
・お城
ビンタで桃太郎を正気に戻し、兵士を引き連れながら、街道を徒歩で進む。
私は初めての陸地に感動していた。
…主に食べ物に
(陸地って、魚や貝以外にも色々な食べ物があるのね。知らなかったわ!)
肉やら野菜やら果物やらを頬張りながら、私は舌鼓を打っていた。
どれも初めて食べるもので、私は食べ物を見つける度に、桃太郎に買ってくれるよう頼んでいた。
「トーハの女たらしがっ!俺たちを置いて一人で…いや、女と二人で城に帰りやがって!」
(トーハ様を悪く言うのは止めてくれるかしら?)
もちろん、私の声は出ない。
「…それにしても、人魚の嬢ちゃん、まさかこのまま着いてくる気か?」
…コクリ
私は無言で頷く。
「はあ、随分とトーハにご執心だな?わざわざ人間の姿に変身して。それは魔術か何かか?」
モグモグ…
答えてやる理由が無いので、私は無反応を貫きながら、咀嚼を続ける。
「…そろそろ見えてきたぜ?あれが王宮だ」
私は顔をあげて、王宮を見る。
アトランティスほど立派では無かった。
王宮に着くと、何やら騒がしかった。
「おい、何の騒ぎだ?」
桃太郎が尋ねると、王宮の衛兵が答えた。
「じ、実は!トーハ様がヤイダという女と結婚すると言い出しまして…」
その瞬間、私の体から濃密な魔力と殺気が溢れ出した。
衛兵はおろか、後ろに着いてきていた兵士も、街の住民も皆、気絶した。
「それでも王宮には殺気を向けないところ、トーハへの愛を感じるぜ」
桃太郎が皮肉を言ってくるが、どうでもよかった。
私は王宮の扉を蹴り壊し、中へと入る。
中に居た人間たちは無視して、トーハ様の所へと進んでいく。
後ろから桃太郎が後をついてきた。
「トーハの奴、殺されなきゃいいけど…」
ポツリとそんなセリフが聞こえたが、無視する。
トーハ様が居たのは玉座の間だ。
扉を開けると、そこでは言い争いが繰り広げられていた。
「クラーケン討伐に向かわせたのに、なぜ平民の女などを連れてくることになったのだっ!?」
「安全な航路の開拓は失敗だったのか!?」
「桃太郎殿はどうした!?」
「とにかく!貴様らの結婚などワシは認めんぞ!」
大臣らしき人たちと、国王らしき人が口々に捲し立てる。
それに対して、トーハ様は高らかに宣言する。
「ヤイダは私の命の恩人だ!私は彼女の優しさを尊敬するし、彼女は私を愛してくれると言っている!私は彼女の愛に答えたいのだっ!」
「その通りですっ!どうか私たちの結婚をお許しください!」
(この女は何を言っているのかしら?)
多少の恩賞を貰い受ける算段かと思っていたら、まさかあんな嘘で、トーハ様と結婚しようだなんて、図々しいにも程がある。
怒りを通り越して、むしろ呆れてしまう。
「ええい!トーハをたぶらかす平民がっ!貴様のような下賤な女が王族と結婚できるなどと思うなっ!さっさとこの城から出ていけっ!」
(国王様、もっと言ってやってください)
私がそう考えていると、桃太郎が追いついてきて、こう言った。
「いい加減にしろよお前らっ!?」
大気がビリビリと震え、全員が一斉にこちらを見る。
「桃太郎殿?」
トーハ様が驚いたようにこちらを見る。
「おお!桃太郎殿っ!やっと帰ってきましたか!」
国王様が満面の笑みで桃太郎にそう言う。
(…っていうかなんで敬語?)
私がそう思っている間に、話は進んでいく。
「クラーケン討伐はどうなったのですか!?」
「失敗した」
「こちらの被害は!?」
「ある人物に命を助けてもらって全員無事だ」
桃太郎がそう言うと、皆は一斉にヤイダの方を見る。
ヤイダは冷や汗をかき、顔を真っ青にしてブルブル震えていた。
自分の嘘が桃太郎にバレていると気づいたらしい。
…自業自得ね。
「ある人物というのは、この平民の女ですか?」
「ちがう、この綺麗なドレスを着た女だ」
そう言って桃太郎が私を指さす。
ヤイダは私を見て、驚きに目を見開く。
トーハ様は状況をいまいち呑み込めていないのか、首をかしげていた。
「全員無事ですと?では、この女はいったい…?」
「え~っと、そうだな…」
そこで桃太郎は言い淀み、こちらを見る。
(そこで私に話を振るの!?えっと…)
全員の注目が集まる中、私はどうやって意思疎通しようか考え、あることを思いつく。
(ライトニング・ソード!)
雷の剣を出現させ、壁に文字を刻み付けていく。
『私は人魚姫、海神ポセイドンの娘です』
というか筆談が通じるのだろうか?人間の使う文字と人魚の使う文字が一緒だとは限らないし…
「海神様の!?」
どうやら通じたようだ。
反応から察するに、あのクソ親父は随分と崇められているらしい。
『トーハ様を助けたのは私です。そのヤイダという女ではありません』
「嘘よっ!?そんな筈は無いわ!?」
ヤイダが慌てて言った。
そろそろ諦めればいいのに、邪魔な女だ。
そう思って、剣を二十メートルほど伸ばし、ヤイダの喉元に突きつける。
光り輝く雷光がバチバチとスパーク音を立てながら、ヤイダの首の皮膚をわずかに焦がす。
ヤイダは冷や汗を垂らし、頬を伝うが、それも顎の所までくるとジュッと音を立てて蒸発した。
「まてっ!ヤイダを傷つけるな!」
トーハ様が慌てて間に入るが、正直邪魔だった。
いいえ、これもトーハ様の長所ね、優しい人だわ。
「ちょっと待ってください!ならば、この女はいったい何者ですかっ!?」
国王がそう尋ねてきたので、私は答える。
『赤の他人です。偶然その場に居合わせ、トーハ様を騙したにすぎません』
「嘘っ!全部出鱈目よっ!第一っ!あなたが人魚という証拠は無いじゃないのっ!?どう見たって足が生えているじゃないの!?人魚というのなら証拠を見せなさいよっ!?私が嘘をついているというのなら証拠を見せなさいよっ!」
「それなら、コイツが兵士たちを助けるところを、俺は見ていたぞ?」
桃太郎がそう言って、ヤイダを見据える。
ヤイダはうっ!と声を詰まらせ、黙り込む。
「…」
私は黙って、ヤイダを見つめた。
さすがに見ていて可哀そうになってきた。
「待ってくれッ!それでは、私を助けたのはヤイダではなく、君だということか!?しかも、人魚!?」
何度説明すればいいのだろう?なんだか面倒くさくなってきた。
『信じられないというのなら、証拠を見せましょうか?』
私は微笑むと、その場にいた全員を海岸に連れて行った。
・玉座という名の修羅場
・
・海岸という名の戦場
海岸に着くと私は手を天に伸ばす。
(ライトニング)
雷が天へと落ちていき、雲に飲み込まれていった。
しかし、何かが起こる様子は無い。
困惑した様子で、国王が尋ねてきた。
「…一体何を?」
その瞬間、沖の方から咆哮が聞こえ、巨大な影が泳いできた。
その影は十本の太く、ぬらぬらとした腕と、八つの目玉を持っており、凄まじい速さでこちらにやってくる。
クラーケンだ
クラーケンの姿を見た途端、桃太郎を除く全員が逃げようとしたため、グレイプニルで縛る。
「安心しろ、敵じゃない」
桃太郎は落ち着き払った様子で腕を組んで立っていた。
一分と経たないうちに、クラーケンが海岸に到着して、言った
「姫様ぁ!?ご無事であられでおいでらっしゃいますかぁ!?」
(テンパりすぎだっ!)
頭を冷やすために、弱めにライトニングを撃ち込んだ。
雷光が弾け、クラーケンに直撃すると、クラーケンは落ち着いたらしく、咳払いをする。
「ゴホンっ!我輩ともあろうものが、見苦しい所をお見せしましてしまい申し訳ありません!」
国王たちはポカンと口を開け、叫んだ。
「シャ、シャベッタァァァ!?」
国王と王子を除く全員が泡を吹いて気絶した。
もちろんヤイダも。
砂浜に文字を書いていく。
『クラーケンが言うように、私は人魚姫です。そして…』
私は頬を少しだけ紅潮させながらトーハ様に近寄り、抱きしめた。
『私はトーハ様に恋をしているのです』
ここまではハッピーエンド
後編はバッドエンド