壊れた王子と、白い少女
晴れた日の空の色を写し取ったような、青い瞳が好き。
ボーとこちらを見上げてくる瞳が、好き。
その瞳の中に映る、嫌になるほど赤い自分の眼は、嫌いだ。
そっと漆黒の艶やかな髪を手に取る。
柔らかな手触りと、ゆるくウェーブのかかった彼女の黒髪が、好き。
自分の銀色の髪は、嫌いだ。
短く切り捨てたら、前よりも視界に入ってくるようになったから、仕方なく伸ばして後ろで結ぶ。それでも、俺の視界には、自分の髪が、映りこむ。
困ったように俺を探す、その仕草が好き。
俺を見ているようで、実はなにも見えていない。だから、眼を放せない。ふと視線を外したら、いなくなってしまいそうで怖くて。
「らー、君?どこ、に…いるの?」
結局、何も見えない目では俺がどこにいるかがわからなくて。泣きそうな表情を見せる。
消え入りそうな、でも綺麗に響く声が、好き。
「さぁ。シィにはわからない場所」
だから、もう少し意地悪をしてみて。もっと、俺にお前の声を聞かせて。
「らー君、のバカ」
拗ねたような呟きに少し笑う。
「そういうところもかわいい」
耳元で囁けば。真赤にかわる顔色に、吹き出す。
「笑う、なんてひどい、よ」
「ああ、悪かったな」
何も、見えないお前は、気付かないだろう?
今、俺と…それからお前が、どんな状況にいるのかを。
気づけない、だろう?
眼も見えなくて。
魔法が使えるのが当たり前なこの世界で、魔力を持っていないせいで、魔法が使えない。
だから、自分ひとりじゃ何もできない。
誰かに引っ張られるのを、ここで待っているだけだ。
だって、魔力が無いお前には、魔法で治療してやることができないんだから。
かわいそうな、俺のシィ。
役立たず、できそこない、なんて罵られてもニコニコと笑っているだけ。
ニコニコと笑うだけだから、調子に乗ったバカな奴等に、暴力を振るわれても、やっぱりニコニコと笑っているだけ。
かわいそうな、俺のシィ。
俺が、お前を、この世界のすべてから守ってあげるから、俺から離れないで。
誰もいない、静かな部屋に座り込んでいるシィを。強く、抱きしめる。それから、綺麗な白い肌をした頬に、触れる。あたたかい。
「らー、君?あのね、私、ね?知ってる、よ。らー君が、凄く、疲れちゃった、こと。知ってる、よ?周りの人に、期待され、て。できない、のに、できない、なんて言えなくて。結局、やって、みるけど。やっぱり、できなく、て。それ、で。影で、色々、言われるから。疲れちゃった、んでしょ?」
「なんで、知ってる」
固い、こわばった声が漏れる。
シィが、気付いてるなんて思わなかった。俺の、シィが。
先祖がえり、か何かで、ありえない色素と魔力の量を持って生まれた、俺には。過度の期待がかかっていて。
少し何かあれば、王子なんだから、と。そればかり。
親は、俺のことを怖がって。
学園に、通わされたのはいいけれど、周りは俺を怖がって。変な期待を、してきて。
俺には、そんなこと、できないのに。俺は、壊すことに、特化しすぎてるのに。生かすことなんて。王子として求められることは何一つできないのに。
もう、なにもかもがどうでも良くなって、放りだして。
学園から、脱走した。
学園を、でても。俺の容姿は、目立っているから。町中じゃ、すぐに見つかって連れ戻されると、わかっていたから。すぐに、人気のない、町はずれにある森の中へ踏み入った。
鬼が住んでいるから、絶対に子供だけでは入ってはいけない、と言われているその森には。
太陽が、さんさんと照りつけていて。どこからか、悲鳴が聞こえてきて。
悲鳴をたどって辿り着いた場所で、複数の男に囲まれて、暴行されていたのが、シィだった。
見ていればいいのに、なぜか俺はシィを助けていた。
俺は、俺よりも弱い奴を、助けて感謝されて。今までとは違う、ちょっとした関係を作りたかったのかも、しれない。
俺が、魔法を使って、少し脅せば男達は逃げて行った。まだ、10を超えたばかりの少年に、アイツらは怯えて逃げた。
だから、きっと。シィも、今までの奴らと一緒で、俺を化け物と、呼ぶんだろうと。そう思って。
でも、ちがった。
シィは、何も見えないから。
だから、俺が誰なのかも、なにをしたのかもわからないから。
魔力が無いから。
俺が何をしたのか、察知することもできなかったから。
ニコニコと、笑っていた。
あの日の俺は、その笑顔に、凄く救われたんだと思う。
「精霊、さんが。教えて、くれたの」
「何それ」
精霊さん、ってなんだよ。
腕の中に広がるシィのぬくもりが、とても暖かくて。冷たくなった俺を温めてくれる。
「時々、らー君と居ると、瞼の裏に、不思議な光景が、浮かび上がるの」
「それって」
盲目だから故に、神が与える、とかいう予知能力じゃ?
「君だけ、に。彼の、ことを。教えて、あげる、って。精霊、さんが、耳元で、笑いかけてくるの」
何も見えない世界で、浮かびあがる自分の知らない風景。それに加えて、とつぜん耳元で声が響く。
「何それホラー」
「らー、君は。私が、知らない、綺麗な人と笑いあって、た。きっと、らー、君は、私、じゃない誰か、に。魔女、狩り、に会う、私、じゃなくて。だから、ここに、来てたら、いけない。学校、に、戻らない、と。疫病、の原因は、私じゃ、ないけど、でも。私は、1人で平気だから。今までずっと、1人だったから」
俺が、シィ以外の奴と笑っているなら。それはきっと社交の場で。望んでもない、奴と。国家の役のために笑っているんだ。
シィだって、俺が知らない奴と笑ってるんじゃないか?
俺は、毎日シィと会うことができないから。知らない間に、知らない誰かと。
そんなのは、嫌だ。
シィは、俺だけのシィだ。誰にも、渡さない。
「何言ってるんだよ」
お前が、疫病を流行らせた原因だって、噂を流したのは。
俺だ。
なぁ。気づかないか?
もう、手遅れだ。
ココは、もう囲まれてる。
お前は、お前が今どこにいるかわからないだろう?目が、見えないから。
俺は、お前が済む家に火が放たれたのを見て。とうとう臨んだところまで、うわさに尾ひれがついたかと。頃合いだなと思った。
だから、お前を連れて教室に飛んだんだよ。
ここには、俺とお前しかいない。
他の奴は、ピクリとも動かない。きっと、死んだんだ。どうでもいいけど。
だって、俺は、シィが俺の物であれば満足だ。その他の有象無象になんて、眼をかける価値もない。
俺は、壊すのは得意だ。(でも、直すのはできない)
俺は、狂っているらしい。(そんなこと、ない。シィがいれば、いいだけ)
俺が、魔女をかばうのは、魔女に誑かされたから(ありえない。誰よりも魔力がある俺が、魔法をかけられるわけがない)
だから、魔女を殺そう(そんなこと、俺がさせない)
俺から、シィを奪う奴は、誰であろうと。壊す。
父親だろうが、数少ない友と呼べた人間だろうが。壊そう。
俺は、壊すことしかできない人間だから。
だから、壊そう。それが、俺という存在を示す唯一の手段だと思わないか?
俺からシィを放そうと襲い掛かってきたやつらを壊す。
壊して壊して、それでもまだ。
まだまだまだまだまだまだまだまだまだ。
壊さないと。
ダメなんだ。
このままじゃ、シィが俺から離れていってしまう。
嫌だ。そんなこと、許さない。
俺の隣は、シィだけで。シィの隣に立つのは、俺だけで。
そうじゃなくちゃ、嫌だ。
「王子、覚悟!!」
突然現れて、とつぜん斬りかかってきたやつを壊す。
少し触れただけでそいつはピクリとも動かなくなった。
いつもそう。俺が、触れた。それだけで、動かなくなる。
ザマァミロ!!俺のことを、化け物、なんて呼ぶからだ。俺は知ってるんだ。足もとで、壊れている奴らが俺のことを影で、《化け物》て呼んでいたことを。お前らの望み通り、今俺は化け物になったぞ?なぁ、どんな気持ちだ?
ああ…答えられるわけなかったな。だって、壊れたから。俺が壊したから。
ざまぁ、みろ。
「フフ、フハハハハハ。アハ」
たった今、国からは俺とシィ以外の生きている奴が消えた。アイツで最後だ。だって、俺とシィ以外の生命反応が、察知できない。
全部、俺が壊した。
さぁ、燃やそう。壊れたモノから瘴気が生み出される前に。
燃やし尽くせ。俺とシィの邪魔なんて、誰にもさせない。
さぁ、シィの所に帰ろう。
べっとりと真っ赤な血がついた手で、シィの真っ白な頬へ、触れる。
白い頬に赤い線がひかれた。
「らー君?」
「なんでもない。今日も、かわいいよシィ」
俺の。俺だけのシィ。
今日も、かわいいよ。
「らー君?ねぇ…他の人、は生きていた、の?疫病、で、みんな死んじゃった?」
「ああ、皆死んでいた。よかったな、シィ。俺もお前も生き延びれたよ。死体は、焼いてきたから。もう、疫病にかかる心配もないし。な?」
これでやっと。本当に2人きりになれたよな。
「う、ん。でも…いいの、かな?」
「いいんだ。シィが気にすることじゃない。だって、シィには俺がいれば十分だろ?」
いいに決まってるだろ。俺とシィを引き離そうとしてきたんだぞ。
俺から、シィを奪おうとしたんだ。
当然の報いだろ。
「らー君?痛い、よ」
ハッと我に返った。ギリギリと握りしめていたシィの手首を放す。
「ごめん」
「うう、ん。だいじょ、ぶ」
かわいいかわいい俺の。俺だけのシィ。
いつまでも、俺だけのものでいるんだよな。
もう、確定事項だな。
だって、この国には俺とお前以外の人間は存在しないんだ。