第9話 センゴク監視網 北の場合
どんな世界にも、神様や悪魔はいたりするもので。
「……凄い奴が出てきたもんだなあ」
天界、その中でもヴァルハラと呼ばれる世界にある宮殿、その玉座に座る男が一人唸った。
主神にして戦の神、オーディンである。
額には知らず知らずのうちに汗がにじんでいた。
普段泰然としている精悍なこの男が、汗を掻くのは大変珍しい。
「オーディン様」
女官がオーディンの傍に転移した。
豊穣の神の一柱、フレイヤだ。彼女は、オーディンを支える秘書的な存在である。
「うむ、フレイヤ、この映像を見てくれ」
オーディンがぱちりと指を鳴らすと、広間に立体映像が映し出された。
「これは……人間の男、ですか」
映像では街中にある公園のベンチに座った背広姿の男性がうたた寝をしていた。
「ああ、名はセンゴク=マキシマ。数えて30歳の日本人だ」
「はぁ……?」
フレイヤはオーディンがなぜ自分にこんな映像を見せているのかわかりかねていた。
「もうすぐだ、見ろ」
注意を促されてフレイヤは映像を注視した。
センゴクが、不意に目を覚まし、両の手をぱちんと合わせた。そして、またすぐに眠りに戻ってしまった。
「今のを見て、どう思った」
「…………っ」
フレイヤは身体の震えを抑えるので必至だった。
「恥じるなフレイヤ、お前の恐怖は当然だ」
オーディンは、フレイヤを慰めたが、それは自分に対してのものでもあった。
「過日の、物質界における核ミサイル消失は、この男が原因だったのですね」
フレイヤの言葉に、オーディンが頷いた。
「この男……センゴクは今の一瞬の動作、しかも極々小さな魔力消費で、数十発の核ミサイルを一斉に転移させた。費用対効果が凄まじいのもあるが、大陸間を移動する超高速弾道をそれぞれ把握するなんて正気の沙汰ではない。普通なら、脳が破裂する」
「何者なんでしょうか、彼は」
「こちらが聞きたい。日本に出向いていたヴァルキリーの一人が偶然、そう本当に偶然に微弱な魔力を察知してコイツの存在を発見した。そこから時間を逆算して、こうして映像化して……凄まじいものを見せられた」
「予知によれば、あの核ミサイルを引き金とした戦争で物質界の9割以上の命が失われるはずでした。それをこの男が、60億以上の死の運命を捻じ曲げた……!」
「見ろよ、この寝顔。コイツ、本当にただ安眠妨害されただけみたいに思っているんだろうぜ? まるで寝ているときに聞こえてきた、耳元の虫の羽音がうるさいから払ったみたいな感覚で、核ミサイルを転移させた」
「どうします。恐らく魔界の悪魔や、他の神話領域の神も彼の存在にやがて気づくでしょう。我らの陣営につけばいいですが、他の陣営につけば厄介です。そうなる前にいっそ……殺しますか」
ややためらいがちにフレイヤは殺すと言った。
無理とは思わない。だが、恐らく、センゴクを相手にするのは、酷く割に合わないことにはなるとフレイヤの直感が告げていた。
「あはは、しないしない!」
オーディンは相好を崩した。
「こいつとマジにやるだけで、ラグナロクになっちまうよ。それに、他の勢力も似たような姿勢をとるだろうな。ま、たまに突っ込むバカも出るだろうが、そのときには試金石にさせてもらおう。今後のセンゴクの動きに注目だな」
「……はい」
それから十数日後、本当に突っ込んで行ったバカが現れた。しかも頭の痛いことに、彼らの身内から。
「よしよしよしよし、うは、もふもふだ~~」
「ガウ、ガウ、ガウ、キャウ~ン」
「すみませんでした、殺さないでください」
……ある日、センゴクは体長5メートルくらいの青い毛並みで尖った耳の大きな犬をけしかけられた。
だがその犬は、センゴクの魔力を察知した瞬間、腹を見せて服従した。
センゴクは、そんな犬の腹を撫でてやった。
犬は、その気持ちよさに大層喜んだ。
けしかけた飼い主は土下座して謝った。
けしかけた飼い主の名前はロキ、犬もとい狼はフェンリルという名前だそうだ。
オーディン「ねえ今どんな気持ち? ケンカ売ったくせに土下座で命ごいしたの、ねえどんな気持ち?」
ロキ「はうん」
フェンリル「ガウガウ(またお腹撫でてもらいたいです!)」