第8話 良い子が真似してはいけない魔人のデスゲーム攻略法
また4000字越え……
前回のあらすじ!
センゴクのプレイしていたVRMMOがデスゲームになってしまった! しかし、魔法も使えた!? さあ、反撃開始だ!
「なあ猫麻呂ー、とりあえずプレイヤー全員、強制ログアウトでいいよな?」
センゴクはとんでもないことを、まるで居酒屋での最初の注文に生中(ビールの中ジョッキ)を頼むように、牛丼屋で牛丼の並を頼むように、猫麻呂に言った。
「身も蓋もねえ、デスゲーム終わっちゃったよ。つーか誰だよグランドクエスト攻略しなきゃログアウトできないとか言った奴。いやログアウト出来る分にはいいんだけど」
猫麻呂が疲れ果てていた。ツッコミ疲れである。
しかしセンゴクにはわからなかった。
センゴクの電脳魔法は、ハイパーAIのセキリュティさえも無効化し、システムへの介入を可能とする。まさにチート行為であった。
「どやあ」
センゴクが猫麻呂にドヤ顔を決めた。
「……今回は素直に認めよう。でもそのドヤ顔はむかつく」
猫麻呂はセンゴクに脳天チョップ。
「ぐへえ、なぜだ」
センゴクは涙目になって頭を押さえた。そんなセンゴクを見て、猫麻呂はつい苦笑を漏らした。
「まったくお前って奴は。そのドヤ顔が無ければ、俺だって素直に礼も言えるんだがなあ」
猫麻呂のそんな言葉に、センゴクは照れ笑いで返す。
「はは、礼なんていいさ。俺は俺がやらなきゃと思うことをやってるだけなんだから」
「何をしている貴様らぁ!!」
和むセンゴク達の目の前に、セレモニーに現れた赤い死神が現れた。但し、サイズはセンゴクたちと同様のアバターサイズ。
「なっ……」
猫麻呂が思わず一歩後ろに引いた。
「急にサーバーのリソースがごっそり消滅したから、痕跡を辿ってきてみれば貴様たちのせいか!?」
死神の手から、赤い極太の光線が発射された。
SAOグランドクエスト攻略の終盤プレイヤーでも当たれば問答無用、一撃死必至、公式チートの敵専用スキル「クリムゾンデスペラード」だ。
「うおおおっ!?」
猫麻呂が思わず身構えた。無駄だ、クリムゾンデスペラードに防御効果無視のエクストラスキルだ。
しかしセンゴクは、正面から対応する構え。
「コード・アクセス」
センゴクは背中に背負ったハンマーを野球のバッターのように持ち、
「そおいっ!」
センゴクは一本足打法からクリムゾンデスペラードをハンマーで打ち上げた。
「な、なにい!?」
クリムゾンデスペラードは空高く舞い上がり、花火のように弾けとんで、空を綺麗な赤い光が彩った。
「ホームランだ……ほぼ〇きかけました、てへぺろ」
センゴクは伝説の野球選手の名台詞を引用した。
――最後が余計すぎる……!
猫麻呂は、震える右手を必死に抑えた。ああ、突っ込みたくてしょうがない。
「ば、馬鹿な。システムに介入した、仕様外のオリジナルリフレクトスキルだと……!? いかなウィザードであるか知らないが、私の支配下にあるSAOで、そんな真似が」
あまりの驚愕に死神は、体裁を保てていない。
「Iris、残念だったな。そいつ、魔術師なんて高尚な存在じゃねーぞ」
猫麻呂が、死神を心底哀れむように言った。
ウィザードとは、電脳空間における優れたハッキング能力を持つ高等技術者の俗称である。
だが、センゴクは、魔術師などではない。
もっと無慈悲で悪辣で、あらゆる悲劇を嘲笑し打ちのめす、現代にひょっこり現れた奇跡の小市民。
そう、槙島千国は、
「俺は、魔法使いさ」
センゴクがこれ見よがしにドヤ顔を決めた。
それで死神が見るからにうろたえたので、猫麻呂はツッコミを我慢した。
しかし、死神のその様は、どうにもAIらしくない。
それを見過ごすセンゴクではない。
だがその前に、囚われた魂を解き放つのが先だった。
「猫麻呂。ひとまずプレイヤーたちは全員強制ログアウトさせる。また会社でな」
軽々と言い放つ友人の規格外ぶりに、猫麻呂は頼もしさと呆れを感じつつ苦笑を返した。
「任せる。また会社で会おう」
「な、なにぃ!? き、貴様ちょっと待て、それでは私の計画が!?」
死神が慌てて、センゴクに駆け寄ろうとするが、遅かった。
「コード・アクセス」
センゴクは無慈悲だった。
センゴクが一言発するだけで、猫麻呂を始めとする三万四千九百九十九人のプレイヤーが、SAOのサーバーから現実へと帰還した。
「ば、馬鹿な……」
これで広大な仮想世界SAOの中には今、センゴクとIris、そしてもう一人しか存在しない。
「さて、お前の企みはここまでだ、Iris……いや冴島幹康」
「……!?」
死神のどくろ顔が、ガラスが割れるようなエフェクトで、そのテクスチャーがはがれ、代わりに現れたのは、中年男性の歪んだ容貌だった。
「こ、これは……!?」
「化けの皮、剥がれたりってやつさ。スリープ中のIrisの中にサーヴァントプログラムを仕込んで操り、今回のログアウト不能騒動を引き起こした張本人、それがお前だ、冴島」
「く、き、貴様何を……どうしてそのことを……!」
「俺の魔法に掛かれば、筒抜けだよ、冴島。SAO運営会社の役員であるお前の計画は、SAOという閉鎖的なかつ長期間のVR環境を利用した軍事教練プログラム、及び精神改変プログラムの開発のためのデータを取得、そしてそれを高く売りつけることだ。こいつは、まぎれもなく人体実験。確かに三万五千人もいれば、サンプルとしては十分だろうよ。ゲームを利用する手も悪くない。プレイヤーにとってはゲームをプレイしているだけだもんな。しかもログアウト不能のデスゲームにすれば生き残るのに必死で、裏の思惑なんて気づけるはずも無い」
センゴクは、冴島の正体を暴いただけで無く、その計画まで暴き出して冴島に突き付けた。
「ぐ……なんだ、お前っ、なんだこの化け物っ。はっ、何故だ、何故ログアウトできないぃ……!」
Irisの外面を被った死神アバターだった男、冴島は何度も何度もメニュー画面をいじった。だが、ログアウトは一向に有効にならない。
「魔法だ。お前のアバターだけロックした。これで三万五千人のプレイヤーの気持ちが少しでもわかったか?」
「くっ、だが、Irisは私の支配下にある。お前なんぞ、Irisの全能力を使えば……!」
「そう、Irisだよ、冴島」
センゴクの底冷えした声が、冴島をけん制した。
「最終的に事件の原因を管理AIであるIrisの暴走に仕立て上げるお前の筋書き。それが一番許せない。真の被害者はIrisだ。だからIrisは、俺が解放する。お前は、現実で罪を償え。証拠は挙げ連ねて、もう警察に提出済みだ。――無論、魔法でな」
センゴクは、天へ向けて手を掲げた。
外道相手の本気のセンゴクは調子に乗ってドヤ顔なんてしない。ただ、相手を冷酷に追い詰めるのみだ。
「コード・アクセス。グラビティアクセル・フルスピード」
センゴクの頭上に、瞬間的な無限重力でブラックホールが生み出された。
仮想世界で擬似的に再現されたブラックホールは、有形無形を問わずSAOのリソースを根こそぎ吸収し、同時にIrisに仕組まれた冴島のサーヴァントプログラムも、飲み込んでいく。
世界の崩壊がもたらす絶望は、仮想も現実も変わらない。
特に、野望をSAOに秘めていた冴島にとっては。
「や、やめろおおおお、やめてくれええええええ……」
涙と鼻水を外聞も無く撒き散らしながら、冴島が叫んだ。
「終わりだ、外道。超重獄に墜ちて反省しろ!」
冴島のアバターがブラックホールに吸い込まれていく。
「あ、ぎゃ、あがががががが」
五感再現のうち、抑制されていた痛覚が無理矢理引き出され、冴島のアバターが潰れていく。
「ぐ、がぎょ、がが、がああああああああああ」
重力の地獄に押し潰され声にならない悲鳴を上げて冴島のアバターが消滅した。
無論、死亡の経験フィードバックは外している。
冴島が裁かれるのは、現実であって、仮想ではないからだ。
そして最後には、SAOの広大なフィールドすらもすべてブラックホールの中に消え、同時にブラックホールも消滅した。
仮想に残るのは、どこまでも続く闇の空間とセンゴクだけだ。
「さて、最後の仕上げだ、コード・アクセス」
そんな何も無い空間で、センゴクは魔法を行使する。
すると暗闇の地面から、光球が数え切れないくらい浮かび上がってきて、人の形を作っていく。光球はセンゴクがサルベージしているIrisのかけらだった。
光球の全てが集うと徐々に光が弱まり、現れたのは白銀の髪の少女だ。白いブラウスに胸元には青いリボンを合わせ、青のスカートをはいている。
「気分はどうだ、アイリス」
センゴクは目を瞑ったまま立ち尽くす少女に声をかけた。
彼女こそ、SAOの管理AI、Irisの真のアバターだった。
アイリスが、ゆっくり目を開け、センゴクの姿を捉えた。
「ご迷惑をおかけしました。魔法使い様」
アイリスが、センゴクにゆっくりと頭を下げた。
SAOログアウト不能騒動から一夜明けた日曜日の朝。
テレビのニュースでは、冴島が逮捕される様子と、彼の犯した悪事の数々が放送されていた。
すべて、センゴクの魔法によるタレコミである。
プレイヤーに被害者こそ出なかったが、今回の事件でSAOのサービスは停止処分を受けた。
しかも、管理AIであるIrisが何故か完全に消去されており、復旧がそもそも難しいというのが実情である。
もっとも、今回の事態で脆弱性が露見したIrisはどのみち消去される運命にあったが。
また今回の件を受けて、他のVRMMOにも警察のメスが入ることになった。
健全な運営をしている管理会社はたまったものではないが、今回の事件はVR業界にとっての一大スキャンダルだ。避けられない事態ではある。
しかし早くもSAOのサービス再開を願う署名活動やVRMMOの市民権を回復させる運動も始まっていた。
ゲームそのものに罪は無い。
被害者がゼロだっただけに、事件の風化のスピードも速いことだろう。
「……ところでマスター、もっと仕事をください」
センゴクが見ていたテレビ画面に突然、白銀の髪の少女が映し出された。
消去されたはずのハイパーAI・Irisのアバターのアイリスである。
彼女はとある目的を持ったAIで、目的を果たすために、消去されるわけにはいかなかった。
そういうわけで、ほとぼりが冷めるまでセンゴクの元にスタンドアローンのAIとして身を隠すことになったのである。
「まあ、そのうちな」
センゴクはそっけなくアイリスに答えた。
「そんなぁ……」
アイリスがしゅんとなった。意外にも感情豊かなアバターである。
「朝のアラームと、テレビの操作と、電子レンジのON/OFF、天気予報のお知らせ……たったこれだけでは、私の性能の1%も使えていません!」
アイリスは、尽くすタイプの忠犬みたいなAIだった。
ところがそのマスターは、VRゲームキットを即座に売ろうとしたほどデジタルに興味がないアナログな男なのだ。これほどまでにハイパー・AIの主に相応しくない男もおるまい。
しかしだからこそ、Irisの性能に心惑わされること無く、センゴクは平然としていられるのである。Irisの性能は、世界のネットワークを掌握するに十分なものなのだから。
そして、そんなセンゴクだからこそ、Irisは彼の役に立って、恩返しがしたいのだと思うのだ。
こうしてセンゴクは、二次元の世話焼き嫁を手に入れた。
そしてエロ動画の類はいかがわしい物として真っ赤な顔したアイリスにすべて削除された。
センゴク「べ、別につらくないし~」
同僚「涙拭けよ」
※次回以降 19:00に投稿時間を変更します