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第3話 センゴク印の恋の処方箋

 




 専務の退任騒動が一段落した昼の社員食堂。


「今度こそ、俺の魔法を信じたよな」


 センゴクがまた同僚に向かって、ドヤ顔を披露していた。


「信じたけど……方向性が魔法っぽくない」


「はうっ」


 しかし同僚は、方向性にケチをつけた。

 センゴクはへこんだ。

 

 同僚は、咳払いを一つして、唸るセンゴクに頭を下げた。


「いや、正直助かった。センゴクがリークしてくれた情報が無ければ、今度出す我が社の新製品が、そっくりそのまま向こうのものになっていた。専務が渡そうとした情報の中には発表時期も含まれていたから、向こうはそれを見越してウチよりも早く発表していたはずだしな……」


 ちなみに、ライバル企業へ渡った情報は、センゴクの電脳魔法で、全てねこ画像に置き換わっている。

 

「頭を上げてくれよ。正直、お前が同期じゃなかったら、このことについて持て余していたところだし」

 

 同僚の神妙な様子に、センゴクは照れつつも慌てた。

 そもそも、営業主任であるセンゴクには、リークするにしてもその方法が問題だった。ただ単に情報をばら撒くだけでは、しらを切られて終わりだったろう。

 その点で言えば、間違いなく専務の一件は同僚の手柄なのだった。

 

「センゴク、どうして魔法のことを俺に教えたんだ」


 同僚は疑問だった。

 この欲望の薄い同期の友人が、どうして自分に魔法の存在を教えたのかと。

 現代社会において情報とは武器であり、そんな情報を支配下におけるセンゴクの魔法は、究極の武器だ。

それだけに足が着くようなことをしてはならないはず。


「んー、いや、単純に誰かに言いふらしたかったんだよ」


 センゴクは、からっと揚がったロースカツをかじりながら同僚に答えた。


「一人で抱えてても面白くないしな」


 そう言って笑うセンゴク。

 その言葉に嘘が無いことを同僚は悟った。

 同時に、この気のいい友人が誰かに利用されないか、心配になった。

 センゴクの魔法は、現代社会においては強力で異端過ぎる。


「なあ、センゴク――」


「ところでな、実は、お前に言うかどうしようか、迷っていたことがあるんだ」


 図らずも、センゴクは同僚の言葉にかぶせる形で相談を持ちかけた。


「なんだ、俺でよければ聞くぞ。何でも言ってくれよ」


 同僚は、センゴクの力を利用しない、悪用しないと心に誓った。

 それは欲望に溺れてしまいそうな自分への戒めでもある。


「うん。っと、その前に、コード・アクセス」


 センゴクは、指を振って自身と同僚に認識阻害の魔法をかけた。

 彼らの話す内容は、この魔法で周りにはただの世間話にしか聞こえなくなる。

 同僚は、前回の専務以上の珍事なのかと覚悟を決めた。


「――秘書課に、佐々木さんっているだろう」 


「お、おう、いるな。佐々木さん」


 秘書課の佐々木は派手さと有能さで社内でも評判の美人秘書だ。


「佐々木さんってな、クマのPさんが好きらしい」


「お、おう? そうなのか」


 クマのPさんとは、黄色い身体に赤いシャツを着た、蜂蜜好きのナイスガイなキャラクターのことだ。 丸っこいボディだが、その実、骨太で筋肉質であるという設定で、劇場版では、軽やかなアクロバティックを見せている。


「って、ちょっと待て、おい、センゴク……」


 同僚は冷や汗を掻いた。

 佐々木は、そのプライドの高さでも有名なのだ。

 辛辣な態度を取ることもしばしばで、人柄という点で少しだけバツがつく女性だ。

 そんな佐々木が、実は、クマのPさんが好きだという……。

 彼女にとってはスキャンダルに等しい。

 

――まさか佐々木をゆすろうとしているのでは。


 同僚は冷や汗を掻いた。

 センゴクは、情報を操ることができる魔法の力に早くも溺れてしまっているのかと。

 そんな同僚の危惧を察する様子も無く、センゴクは話を続けた。


「んでな、人間の好みも、クマのPさんっぽい人が好きらしい」


「お、おう?」


 同僚は、センゴクの話が見えてこなかった。


「つまり、お前のことをかなり、凄く、好きになっているらしい」


「はい?」

 

 話が、妙な方向へシフトした。


 同僚は横にも縦にも大きかった。肥満体といえばそうなのだが、骨太でしっかりと筋肉が搭載された身体だ。BMIとは裏腹に、実際の体脂肪率は標準並みだ。

 

「だから、佐々木さんが、実は、お前に惚れてるって話だよ」


「お、おま、声がでかい!」


 同僚は大層慌てたが、センゴクは冷ややかだった。


「声がでかいのは、そっちだよ。言ったろ、周りには、魔法でこの話は届かないって」


「あ……」


 同僚は、周りを見渡した。確かに、誰もセンゴクたちに注目していない。

 

 ……同僚は気づかなかった。同僚に熱っぽい視線を向けている、佐々木のことを。


「ところが、彼女、実は引っ込み思案な上に、プライドが高いのもキャラ作りの一環らしいんだ」


「……なんだって?」


 センゴクの話はこうだ。


 佐々木は昔いじめられっこだった。しかし、歳を経るにつれ、化粧を覚えたりしているうちに、いじめられなくなった。

 それは彼女の美貌と、おびえから来る拒絶が、プライドの高いかっこいい女性という風に映り、いじめが減ったのだと。

 

 以降彼女は、それを処世術としてきたのだと。


「なんで、お前がそんな話を」


 知っていると続けようとして、しかしその前にセンゴクが答える。


「え? 魔法に決まってるだろ。お前に惚れてる奴が、変な女だったら嫌だろ?」


 センゴクは、さも当然のように、魔法という言葉を口に出した。

 そして使用した理由は、同僚のためであるとはっきり述べた。私欲からではないのだと。


「けど、そんな話を知ったら、なんか情が移って来ちゃってさ。良かったら、彼女と付き合ってやって欲しいんだ」


「……センゴク、お前」


「リアルツンデレだけど、それは彼女の身を守るためのペルソナなんだ。けどお前なら、幾らでもアプローチの方法を考え出せるだろ?」


 同僚は、ようやく気づいた。

 この男は、センゴクはただ、恋のキューピットをやりたいだけなのだと。

 本来ならすれ違うだけの恋の本懐を、遂げさせてやりたいだけなのだと。

 

 その心意気に、同僚は心の中でそっと涙した。

 センゴクに、ここまでのことをしてもらう義理は、同僚には無い。

 無いのに、センゴクは――佐々木と、そして同僚の幸せを願って……。


「わかった。まあちょっと話してみるくらいのことは、やってみよう」


 実際、気にはなっていたのだ。同僚は佐々木のことを高嶺の花だと思っていたから、手を出したことはなかったけれど。







 程なくして同僚と佐々木は、付き合い始めた。

 美女と野獣なんて周りから揶揄されたが、次第にそんな評判も、仲むつまじい二人の様子から消えて行った。


 同僚は、佐々木と付き合い始めてしばらくしてから、センゴクを飲みに誘った。無論、同僚のオゴリで。

 もっともセンゴクは酒が飲めないので、飲むのは同僚だけだ。センゴクは居酒屋なのにご飯をかきこんで二杯目に突入していた。

 

 程よく酔いが回った同僚は、不器用なセンゴクに親切心から言った。


「もし、センゴクに気のある奴がいて、センゴクがアプローチの仕方がわかんないってことだったら、俺が繋いでやるぜ?」

 

 佐々木とのつながりも出来た同僚は、顔がさらに広くなった。

 しかし、センゴクから返ってきた答えは。


「そんなのいるわけないじゃん、俺を好きな奴なんて」


 そんなことを笑って、何てこと無い風に、センゴクは言った。

 魔法を使えるセンゴクは、周りの感情を正確に読み取ることが出来る。 

 ならば、それは真実なのだろう。


 同僚は泣いた。どうしてこんな気のいい奴の良さを誰もわかってやれないんだと。


 居酒屋で真っ赤な顔をして泣く同僚に対しセンゴクは、


「あっれ? お前泣き上戸だっけ」


 少し困っていた。






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