午前三時の決断
「……ひっく」
小さくすすり泣く声で、床で寝ていた幸彦は目を覚まし、体を起こす。
月明かりの差し込む部屋の中、ちゃぶ台の上に寝かされていたリリィが上半身を起こし泣いている姿を見て、幸彦は激しく狼狽した。
「だ、大丈夫か? どこか痛いか?」
おろおろとした声で、幸彦がそう訪ねても、リリィの泣き声は止む様子を見せない。
けれど幸彦に気がついてないという訳でもなく、膝を抱えるようにハンカチに顔を押し付けるようにして泣いていた。
見てほしくないというその雰囲気に幸彦は何も言えなくなる。
彼の胸の内に湧いてきたのは、罪悪感にも似た悲しい気持ちだった。
「その……あれだ。痛いところは無い?」
小さく頷くように動く頭に、幸彦は安堵の息を吐く。
しかし、泣いているリリィを放っても置けず、幸彦は起こした体をあぐらで座り直し、そう訪ねる。
「とりあえず……、その、多分。あの蜂蜜じゃ、足りなかったんだろ?」
その問いかけに、リリィの体がぴくんと反応する。
それから訪れる沈黙に幸彦は頬を掻いて、しゃんと背筋を伸ばす。
「ごめんな……あれくらいで足りると思ったんだ」
幸彦がそう言って頭を下げる。その声にリリィはあわてて頭を上げた。
「そ、そんな! 幸彦様が謝る事ではありません!!」
泣いていた事で赤くなった目が、暗がりの中の幸彦を見つめる。だが幸彦は頭を下げたままだった。
「頭を上げてください」
「……わかった。とりあえず、でも、あれだ。寝た方が良いよ」
幸彦はリリィの方を見る事無く、再び床に横になる。
……泣き顔を見ないようにしてくれている。
優しい巨人の対応に、またなんだか再び涙が湧いて出てくる。でも泣いているのも心配をかけると、ぐっと鼻をすすって、リリィは自分が寝かせられていたベッドに横になった。
「……わかりました。あの、お布団……ありがとうございます」
「おう。おやすみ」
「おやすみなさい」
しんとした暗がりの中で妖精と人の眠りの挨拶が交わされる。
それからしばらくして、妖精の寝息が本当に小さく聞こえるようになってから。
幸彦は一人、部屋のドアを開けて外へと出て行った。
「一日で三回はしんどいが……」
ふと時計を見ると時刻は午前の三時……今日で言えばまだ一度目だった。