終わらぬ飢餓
ぽかんとしていた幸彦がそれを飲み込むまでしばらく時間が必要だった。
ええっと、つまり……俺の届けた蜂蜜は、いったい何人分の食料だったんだ? って話だよな。
そこまで理解できたところで、幸彦は新たな疑問にぶち当たる。
即ち、どれくらいの人数が、どれくらいの日数生きていければ良いのかという事だ。
それには妖精と小人の数が判らないと駄目だし、どれくらいの日数生きていかなきゃ行けないかを知らなきゃ行けない。さらに言えばさっき裕が聞いていた一日に必要な蜂蜜の量も計算に入れなきゃ行けない。
……こりゃ、思ったより遥かに大事なのでは?
軽くそんな予感がして、幸彦はリリィを見た。
真っ青である。
「か、顔が真っ青だぞ。だ、大丈夫?」
元々白い肌では合っただけに、さらに白くなってしまっている彼女の顔は死人の様でもある。
「だ、大丈夫です。大丈夫、大丈夫です」
青くなった顔でそう呟いていたリリィは、ふと気が抜けたようになって横に倒れる。それを幸彦は慌てて飛び出して手のひらで彼女の体を受け止めた。
手の中のリリィは青白い顔のまま力なく、ぐったりとしている。
「だ、大丈夫か!? ゆ、裕。どうしたらいい?」
受け止めたは良いもののどうしたら良いかは判らず、後ろを振り向いて裕に訪ねる。
「みゃ、脈は!?」
「え、えっと、こんな小さなのどうやって計るんだ!?」
授業で習ったように手首から脈拍を計るため、細い手首を慎重に持ち上げた幸彦だったが、わかるわけも無く悲鳴を上げる。
「呼吸は?」
「こ、呼吸か。えっと」
とりあえず、呼吸で胸が上下しているのを見て、ため息を吐き出す。
「呼吸してる。胸が動いてる」
「そうか……じゃあ。とりあえずは安心かな? 気絶だと思うけど」
一先ず、安心できそうだと言う事で兄弟は揃って安堵の息を吐き出した。
「え、えっと。わっ、ね、寝かせた方が良いよ。ベッドは?」
「でかいだろ。代わりになる物はなんか……」
ざっと部屋を見渡して、幸彦はちょうど良さそうなものを見つける。
「裕、ティシュの中身全部抜いてくれ。そこに寝せよう」
「わかった。待ってて」
ばたばたと裕が動き、部屋のティシュの中身を抜き取り、ちゃぶ台の上に置く。
幸彦はティシュのマットの上にゆっくりとリリィの体を横たえた。
「他に何か出来る事あるか?」
「貧血だったら、頭を下にするけど」
「頭を下だな」
机の上に転がっているペンを取って、リリィの足下側のティシュ下に挟み込む。少しだけ足下が高くなったが無理な姿勢ではなさそうだ。
「その他は?」
「……衣服を緩めたりして、楽な格好をさせたりするけども」
「……したりするのか」
ちらりと、兄弟二人はリリィの方を見る。布地のドレスは確かに締め付けられていそうではあるのだけれど、どうすれば解けるものなのかも見当もつかない上に、それをしていいのかと悩まずにはいられない。
「はさみ。使う?」
「……いや、止めよう。息は苦しそうじゃないし。その他は?」
裕の提案に首を振り、幸彦はその他の案を求める。
「暖かくするね。ええっとハンカチはある?」
「ない」
きっぱりと言い放つ幸彦に裕は、はぁとため息を掃く。
「学校に持って行きなよ。トイレの後、ズボンで手を拭くのはいい加減止めないと」
「うるさいやい」
「じゃあ、すぐ持ってくる」
「よろしく」
出て行く弟を見送り、幸彦はリリィを見下ろす。
顔は青く、うなされている。その原因はおそらく先ほどの話にあるのだろう。
「リリィ。しっかりしろ。リリィ」
声をかけるが、反応はない。
考えても見なかった。小人はあの場に居る物で全部だと思っていた……ように思うが、実際には何も考えてなかったが正しいと思う。
大丈夫か、大丈夫ではないかは訪ねず。一回で持てるだけ運び、それで良いだろうと思い込んでいた。リリィもそうだったのではないかと幸彦は思う。
彼女は気がついたのだ。実際は”飢餓”が終わってないと、そう気がついてしまった。それ故に気が遠くなったのだろう。
感動したと言ったリリィの言葉に嘘は無い。さらに言えば「命に代えても」と言った彼女の目は本気だった。
王様とか、そう言うのはよくわからないけれど……どうにもならない事を神様に頼って、どうにか出来る俺が現れて、そのお返しをしようとしてた。でも俺のやった事が足りないと判ったから、だからこんな風になってるんだとしたら。
……俺が出来るのは何だろう。
幸彦は筋肉痛も忘れて考え込んだ。