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巨人は救いをもたらしたのか?

さすがは我が弟、疑いもせずに信じてくれるとは。

もし自分が弟の立場だったら、精神的な病の存在を疑うだろうに……なんて出来た弟なんだ。


実際、弟が追いつめられて居る事などつゆ知らず、ルンルン気分で部屋に戻った幸彦は、自分の部屋の扉を開ける。


そこには出て行ったときと同じように針山の上に所在無さげに腰掛けるリリィの姿が合った。


「お帰りなさい。弟様がこられるのですか?」


ぱっと華やぐような笑顔でそう訪ねられ、幸彦は笑みを浮かべてそれに対応する。


「うん、出来た弟でね。あれがくれば問題は解決だよ」


「……何か問題が合ったのですか?」


「ああ。えっと。そうだね。まあ、弟が来てから事情を説明するよ」


小首をかしげるリリィに幸彦は曖昧に笑ってごまかす。


コンコンとノックの音がして、幸彦は「どうぞー」と返事を返した。


入ってきたのは弟の裕で、お邪魔するよと言って部屋に入ってきた。


「さて、兄さん。妖精さんはどこ?」


「どこって、机の上」


そう言って指出した先に裕は視線を向ける。


そこにはリリィが居て、和やかな笑みを笑みを浮かべてこう言った。


「はじめまして、レイガスター=”ダイミョウ”=リリララノナと申します」


「……ぃ!!!」


だぁあんと音がするくらい全力で後ろに飛び退いた裕の背中でドアが震えるほどの音を立てる。目が見開かれ、口は戦慄いている。


「ほ、ほんとに居る!?」


悲鳴を上げた裕はそれから幸彦を見る。その目がどういう事なんだと悲鳴を上げていた。


「だから、その。……妖精のリリィさん。自己紹介くらいしてくれよ」


もう、兄として恥ずかしいじゃないかという雰囲気を醸し出す幸彦に裕は信じられない物を見るような目を向ける。


幸彦からすれば妖精が居るんだと言って部屋に招いた弟である。理不尽そうな顔をされる意味が分からない。


裕からすれば、妖精が要ると言われて、要るとは思わない。理不尽である。


それでもなんとか、裕は立て直し、挨拶の言葉を口にする。


「あ、ああ、弟の裕です。よ、よろしく」


口を引きつらせて、裕はなんとかリリィに自己紹介をした。幸彦はその様子を見て無意味に頷いてみせる。


同時に裕の頭の中にはいろいろな可能性が流れていた。


一番あり得る可能性は自分もまた病気であるという線だ。何せ双子である。片方が病気になればもう片方だって、十分病気にはなり得る。


「よろしくお願い致します。裕様」


ぺこりと頭を下げてくる妖精は座っているが、身長は格別に小さい。

人の形をしており、背中には昆虫のような透明の羽が生えている。

ピーターパンのティンカー・ベルを連想させるには十分なその姿は妖精意外のなにものでもない。


まごう事なき、妖精である。


「ちょっと待ってね」


兄と似たような言葉を呟いて、裕は部屋の外へと出る。


裕は薄暗い廊下に出てしまった。その姿を見送り、幸彦はどうしたんだと鼻白んだ。


「あの……なにか、失礼な事をしましたでしょうか?」


心配そうにそう訪ねてくるリリィに幸彦はそんな事は無いと首を横に振った。


「いやあ、難しい年頃だから、すぐ戻ってくるよ」


案の定、裕はしばらく経つと廊下から戻ってきた。


「もう、なにしてるんだ」


幸彦がそう攻めると、裕は達観したような笑みを浮かべて、まあまあ、と言って返す。


「ちょっと冷静になってきたところだよ。もう大丈夫」


裕はそう答えて、幸彦と同じように床に腰を下ろす。


「それで、この妖精さんはどんな仕組みで動いてるんだい?」


裕がそう訪ねると、横でそれを聞いた幸彦が眉根を寄せて、むっとした表情で口を開く。


「……裕。物みたいな言い方はやめろよ。気を悪くするだろう?」


「そ、そんな気を悪くしたりだなんて。良いんですよ、裕様」


注意されたあげく、庇われまでして、裕はげんなりとした表情を浮かべた。


しかしそれでは話が進まないと判断した裕はひとまず、とても遺憾に思いながら、妖精に対する疑問はすべて脇に投げ捨てる。


妖精が居ないとか、いるとしたら頭の構造はどうなっているのか?

どこから来たのか、どうして今まで発見されなかったのか?

それでも妖精の神話があるのはなぜなんだ?


「……ああ、ごめん。ええっと……それでなんなんだい?」


頭の中にある様々な疑問を明後日の方向へすべて投げ捨てて、裕はそう訪ねる。


「ああ、でな。この妖精さんが俺の生け贄になるって言ってくれてるんだけど。どうしたら良いかなと思って」


幸彦の言葉に裕は頭が痛いと言わんばかりに額手を押し当てる。それから呻くように訪ねた。


「生け贄ってどういう事?」


「ああ、えっと最初から話すとだな。今日、山に登ったのは知ってるよな?」


「うん、隣のおじさんにバイトを頼まれたんだよね。聞いてる」


頷く裕に幸彦は話が早いとばかりに頷き、先を話を続ける。


「山の洋館を見に行ったんだけど、その地下で変な明かりを見てさ」


幸彦のその言葉にリリィが反応して口を開く。


「そ、それ私です。巨人様に合う為の儀式をしていたんです」


「ああ、そうなんだ! 暗いとこ怖くなかった?」


「そ、その怖かったですし、突然上の方から明かりが灯って……それで、その。逃げてしまったんですけど」


尻つぼみで言葉が小さくなっていくリリィは上目遣いで幸彦の方を見た。けれども幸彦は全く気にしていない様子で、腕を組んで「確かに怖かったら逃げるよなぁ」と声に出して頷いていた。


その様子にホッとしているリリィに裕は声をかける。


「えっと、待って。リリィさんで良いかな?」


「はい、なんでしょう?」


「えっと、儀式って何かな?」


「その、巨人様を呼び出す為の儀式です。幸彦様はそれに答えて出てくださったんです」


その言葉に一番驚いたのは呼び出されたと名指しされた幸彦だった。


そうなのかと訪ねるような裕の目線に幸彦は違う違うと首を振る。


「たまたまだ。特に呼ばれた気はしなかったけどな」


「……たまたまなんですか?」


「うん。地下に降りたら、明かりが見えて、こう、すいすいーっと奥へ消えていったから、額縁の向こうまで追いかけて……」


手振り身振り混じりで説明する幸彦に次に驚くのはリリィだった。


「で、ではなぜ私の願いを聞いてくださったんですか?」


その問いかけに対して、幸彦は「なんでと言われても……」と困ったように呟き、口を開く。


「困ってたんだろ?」


それだけ言った。


この時点で裕はある程度察しがついた。


おそらく兄は妖精の何かしらの要望に応えたのだ。相手が困っていたからという理由で、それをなんとかする為だけに行動して、なんとかしたのだろう。


「では、単に私たちが困っていたから、助けてくださったんですか? その、ケガまでされて、あんなに辛そうでしたのに」


「い、いや。ケガと言ってもかすり傷だし。まあ、キツかったけど……それだけだ」


「どうしてですか?」


「どうしてって、困ってたんだろ? それなら助けなきゃ」


「……」


なんだか、絶句してしまっているリリィに対して、幸彦は小首をかしげるばかりである。


思い詰めた表情で顔を伏せてしまったリリィの様子に裕はなんだか不憫に思う。


生け贄になる気でここに来たのだとすれば、それは相当の覚悟が合っての事だ。


そんな気持ちを理解しているのか、どうにも怪しい兄に裕は声をかける。


「リリィさんの認識だと巨人にお願いごとをするときには生け贄が必要だったんじゃないかな?」


そんな推論を投げかけてくる弟に幸彦はむっとした表情で反論する。


「そんな悪趣味な事は俺はしない」


「そりゃ、兄さんはそうだろうけど。昔の巨人はそうじゃなかったんじゃない?」


「うむむむむ。じゃあ、そいつは最低だ」


どこの誰とも判らない相手に向かって腹を立てる幸彦の様子に裕は呆れる。ずっとこの調子だったら話は進まないだろうなと裕は思った。


つまり詳細は判らないがこういう事だ。

兄は山の洋館で怪しい光を見つけて、それを辿って、妖精が居る場所に行った。とりあえず、兄はそう思っているし、この目の前の妖精もそう言っている。妖精は自分が生け贄になる覚悟で、兄にお願いをした。兄はそれを無報酬で叶えるつもりで叶えた。結果として意見の行き違いが起こり、妖精はここに要る。


妖精云々を抜かせば、意見の食い違いが問題なんだから、ひとまずそこを解決すれば話はおしまいだな。


裕は冷静にそう判断し、リリィに声をかける。


「リリィさん、そう言う訳だから……その生け贄の話は」


「わたくし、感動しました!!」


黙っていたリリィがそう言って顔を上げた。兄弟二人が固まるのを気にした様子も開く、両手を胸の前で握りしめ、リリィは興奮した様子で口を開く。


「困っているから助ける。それがどれだけ尊いことか! 王家の皆に聞かせてやりたい!」


熱弁を振るったリリィは興奮で鼻息荒く、幸彦は若干引きぎみである。


しかし、裕はその言葉を聞き逃さなかった。


「……王家?」


今、王家と言った。王家と言えば国家の長である。


「っ!? いえ、その。何でもございません」


何か狼狽した様子のリリィはそう言ってごまかすように手を振る。手を振ると同時にちょっと揺れる胸に幸彦が集中する横で裕はちょっと考え込む。


国家が存在するようなコミュニティーで解決でない問題があったのか?


「兄さん。良いかな」


「お、おう! 何でも聞け!!」


ちょっと前のめりになっていた幸彦はあわてて体を後ろにのけぞらせた。


「……弟よ、そんな目で見るな」


「はいはい。さっきの話で何を頼まれて、何をしたの?」


そう訪ねる裕の声に、幸彦は質問されるままに答えてみせた。


「いや、飢餓だって言うから。食料をな」


飢餓という言葉に裕は目を細める。なんだかじわじわとした不安感のようなものが下から湧いてくるような錯覚に陥る。


「食料は何を?」


「なんだか蜂蜜しか食べないって言うから」


「……蜂蜜? 妖精は蜂蜜を食べるの?」


驚く裕に、リリィは頷いて口を開く。


「妖精も、地上人も花の蜜を食べます。巨人様達は違うんですよね」


「ええ、違いますね……。地上人って言うのは?」


「私たちみたいに羽を持ってない者達です」


「ああ、地面に居た小人さんね」


現地で見たらしい幸彦が納得したように頷くのを見て、裕はひとまず納得した。


納得というよりも、すべて事実として捉えるようにしたと言った方が正しい。


妖精なんてあり得ないという気持ちはとりあえず放って置く事。


裕はさらに質問を口にする。


「兄さん、蜂蜜はどれくらい持っていったの?」


「大きい瓶十四本に、小さい容器四本だぞ」


そう言って無駄にピースをする兄を見て、裕は呆れた。


一瓶を1kg前後だとしても少なくとも15kgはある。それを持って山を上ったのか。


「む、むちゃくちゃする。良く登れたね」


「なっはっはっ……まあ、命がかかってるからな」


「お金は?」


「貯金から出した。旅館の手伝い分があったからな」


「……呆れた。虎の子じゃなかったの?」


「いいだろ、必要だと思ったんだ。間違ったとも思ってない」


そう言いきる兄の目に迷いは無く、裕は眼鏡に手を当てて考える。


「リリィさん、貴方が生活に問題ないくらいの一日の蜂蜜の量は?」


「裕。見るからにそんなに食べなさそうだろ。気にするなよ」


「リリィさんの食費の心配はしてないよ。とりあえず、教えてもらえるかな?」


「はい。ええっと……幸彦様が持ってきてくださった蜂蜜はとても濃かったので……水で延ばすとしたら……これくらいもあれば」


本当にだいたいの量を示したのだろう。リリィは自分の手のひらで小さな器を表現してみせた。身長20センチのリリィの手のひらは

冗談のように小さく幸彦の小指の爪ほどしか無い。


思わず幸彦は笑う。裕は心配性だなとちょっと思う。そんなもんなら一年間で瓶一つも行かないんじゃないか?


けれども裕は真剣な顔で何かを考えている。その表情があまりに真剣なので、幸彦は笑いを引っ込めた。


「何か引っかかるのか?」


「リリィさん。貴方、王族ってさっき言いましたよね?」


幸彦の問いかけを無視する形で裕はリリィに問いかける。


リリィはその視線からさけるように目線を動かした。


「どうしたんだ、裕?」


「兄さん。王様って言うのは下に民が居て成り立つんだよ?」


「……まあ、そうだろうなぁ」


「じゃあ、気になるだろ? その王様は何人の上のトップなのか」


裕は真剣な表情で幸彦に訪ねる。


幸彦には気になるだろうと言われてもそんなことは気にならない。


「……なんでだ?」


だから問い返す。意味が分からないまま。


援助はあれで終わりと思ったままで。


「飢餓で苦しんでいる人の数になるからさ」


それは幸彦が気にしてなかった事柄。


そう即ち、彼の救った小人の数は、一体何人?


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