妖精が俺の部屋に居るんだが。
「……どうすべきだ」
さんざん視線を彷徨わせて、幸彦は結局対応策を考えきれずに小さく口の中で呟く。
現実逃避をさんざんした結果、カレンダーの今日の日付は赤色のインクで塗りつぶされ、悲惨な事になっていた。だがその甲斐も合って多少冷静になっている幸彦は自分だけではどうにもなりそうにない事に気がつけていた。
……はっ!?
幸彦の頭の中に自分の双子の弟の顔が思い浮かんだ。
自分と違って、裕は頭がいい。この問題をパパッと解決する名案を出してくれるかもしれない。
「ちょっと待って! あれだ、弟を連れてくるから」
「弟様ですか?」
「そう、賢い奴でね。頼りになるんだ、うん」
目をぱちくりさせるリリィに、幸彦はこれで解決だと問題を丸投げする事だけを考えて部屋の外に出る。
廊下の向かい左側に設置されているドアには、小学校の頃の自然教室で作った部屋の表札で裕とぶら下がっていた。
急ぎ、部屋の前に立った幸彦はだんだんだんと遠慮無しにノックする。
「はいるぞ!」
ノックをして、幸彦は返事を待たずに扉を開ける。
部屋の中は裕の部屋とは違って、実にすっきりとした物だった。床には何も落ちてないし、全体的に物が少ない。その部屋の奥で、椅子に腰掛けて本を読んでいた裕は困ったような顔で、乱入してきた兄を見る。
「兄さん。突然、部屋に入ってこないでよ」
「ノックはしたぞ」
「そこまで来たら、返事を聞いてから開けてよ、もうちょっとじゃないか」
「俺と違って変な事はしてないだろ。まあ、いいから、相談に乗ってくれ」
「……あれ、今日土曜日だよね。宿題してるの? 珍しい」
日付付きの時計を一瞥して、裕は本気で珍しいとばかりに目を丸くする。
日曜日に宿題が終わらないと、幸彦が裕の部屋へ掛けこんでいくのは慣例行事とかしつつ合った。
その事実を否定できない幸彦は引きつった笑みを浮かべながらそれを否定する。
「土曜日は勉強のさぼり日だからな。それに今週は宿題は無い」
「……えっと、なにかな?」
そうであれば予想がつかないと、裕は持っていた本にしおりを挟む。その動作は実に落ち着いたもので、なんと言うか渋みすらある。
幸彦と裕は双子である。だがあんまり似ていない。
どちらかと言えば外で遊ぶのが好きな幸彦に対して、裕は家の中で遊ぶのを好む子供だった。それがそのまま大きくなり、周りから落ち着きが無いと評価される幸彦に対して、裕はのんびりとした。落ち着いた性格だった。
それが理由で、幸彦ではなく裕の方が兄と間違われる事も多く合った。
幸彦からしても裕の知識量や、勉強に対する真剣さは勝てる見込みが無いと感じている。
その結果は高校進学にも現れていて、なんとか中堅の進学高校に引っかかった幸彦とは違い、裕は難関と言われる高等専門学校……通称高専へと進学していた。
ここまで違うと、仲が悪くなりそうなものだが、幸彦と裕は仲の良い兄弟のままでいる。
幸彦はそれを特に疑問にも思っていない。
通常、劣等感に苛まれるはずの立ち位置に要る幸彦がそんな感じだったのが、二人が今でも仲の良い最大の理由かもしれなかった。
そんなわけで、頼りにされる弟と助けを求める兄と言う不思議な構図に違和感を感じないまま、幸彦は真剣な表情で懇願した。
「部屋に妖精が来てな、大変なんだ」
幸彦はこの時、裕の顔が真っ青になったのは自分の苦難に共感してくれたのだと、かけらも信じて疑わなかった。
さすが、双子だ。シンパシーだな。
こうした点が幸彦の最大の美点であり、欠点でもあるのだが本人は知らない。