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かくして話は最初に戻る

今日の晩ご飯は好物のトンカツだった。


幸彦はトンカツのソースの掛け方にはちょっとしたこだわりがあった。

ソースは別皿に取って食べる寸前につけて食べるのが一番良い。なぜならば、ソースが上についていると舌にソースが付くのが遅れるからだ。その為、別皿にソースを準備し、ちょんと付けるこれが最強だ。


舌でソースの味を感じつつ、上あごでさくさくとした歯ごたえを感じる。

これが一番の食べ方だと思っていた。この方式を幸彦はお寿司方式と勝手に呼んでいる。


なんにせよトンカツはおいしかった。


自分を待っていてくれた母と裕に感謝しつつ、お腹を撫でる。


何はともあれ、今日は疲れた。


何せ山登りを二回往復しているのだ。こんな日はさっさと寝てしまうに限る。


「よく動き、よく食べて、よく寝る。健康的だな、うんうん」


思い返せば、今日はすごく良いことをした。


なにせ、あの妖精や小人達を飢餓から救ったのだ。


彼女達も自分に感謝することだろう。万歳までしていたし、突然居なくなった自分を拝むかもしれない。

今日は良い夢が見れるだろうと、幸彦は上機嫌で自分の部屋の扉を開けた。


「あっ、巨人様」


瞬間に固まる。


そこにはなぜか自分のシャツを持ち上げて飛んでいる妖精が居た。


さらさらの金髪、綺麗なドレス姿で自分の安物丸出しのシャツを抱えているのは間違いなく、地下室の向こうで見た妖精だった。


「な、なっ」


パニックになった頭では上手く言語化できずに、幸彦は意味の無い言葉を口から漏らす。


なぜに俺の服を片付けているの? なにが目的? いや、そもそもなんでここに居るの? 


しかし妖精はなぜ自分が驚かれているか分かっていない様子で、ただ驚いている幸彦にきょとんとしている。


その表情が美人であることが、混乱した幸彦の頭に入ってきてもう処理する情報が多すぎて幸彦は目が回る。


「あの、なにか失礼をいたしましたでしょうか?」


「い、いたしてはおりませんですよ?」


いたしてるか、いたしてないかで言えば全くしていない。

yesかnoかの問いかけになんとか返答しつつ、幸彦はひとまず部屋に入って自室の鍵を閉める。


「あの、ああ、ええっと、とりあえず」


天井のしみ、壁のポスター、床下と視線を彷徨わせて、幸彦は何はともあれと、彼女を座らせようとした。そこでようやく今日帰ってきて見た部屋の風景がかなり片付いていることに気がつく。具体的に言うと、床に散らばっていた洋服の類いが集められていた。


「洋服、片付けてくれたの?」


「はい、差し出がましいとは思ったのですが」


とんでもないと幸彦は思う。むしろ感謝、いや、汚い物を触らせてごめんなさいと謝罪しなければ行けないとすら思う。


「全然大丈夫だ! むしろ、ありがとう。えっと、ちょっと待ってくれ」


何はともあれ、何はともあれだ。


三年前にゴミ捨て場に捨てられていたところに目をつけて、それ以来手頃な物置台としてしか活用されていなかったちゃぶ台を手前に持ち上げて、乗っていた物をすべて床に滑り落とす。


どんがらがっしゃん、と景気の良い音がする。


そんな些細なことはどうでも良いとばかりに、幸彦は押し入れを開く。


開いた先は混沌とした魔境である。


それからいつかお客さんが来たときの為と買っておいて結局使わないままだったクッションを押し入れから引き出し、ちゃぶ台の上にボスンと置いた。


「とりあえず、座ってくれ」


宙に浮いている妖精は幸彦の慌ただしい様子にあっけにとられていたが、勧められるならばとクッションの中心にポンと乗った。


しかし、妖精の身長は高々20センチしか無く、その体にクッションは目に見えて大きい。

お尻が沈み込み、慌てた様子で浮かび上がる妖精の姿を見て、幸彦はこれでは良くないと考え込む。


なんてこった、こんなことなら妖精用の座布団を買っておけば良かった。

などと思っても、そんな物売っているはずも無い。


巧く座れずに慌てる妖精に、幸彦はその倍は慌てた。


「す、すいません。すぐに座りますので」


顔を赤くしてクッションを調節しようとする妖精だがどうにかなる訳がない。


妖精と比較してクッションはでかすぎる。自分より大きなクッションの座り心地をなんとかできる訳が無いのだ。


「い、いやいい。無理しないでくれ、ああ、ええっと、そうだ!」


小さなクッションは無いかと、考えたときに思いついた物が合った。


「すまん、ちょっと待っててくれ」


そう言ってもう一度押し入れを開く。あれでもないこれでもないと漁って出てきたのは、小学生の頃に家庭科の時間で使っていたソーイングセットだった。そこから待ち針が刺さっている針山を取り出す。


針山はプラスチックで四方を囲まれ、山頂部分には緑色の針山がふかふかしている。高さも申し分無く、幸彦は自分の思いつきに思わずガッツポーズをしながら、幸彦は丁寧に待ち針を抜き取り、中に針が隠れてないかを入念に調べる。


検査が終わると机の上に載っていたクッションを先ほど机の上においていた物達の上に落としてふたをして、幸彦は針山を机の上に置いた。


「こっちに座ってくれ」


「すいません、わざわざ、ご足労をお掛けいたします」


「失礼します」と告げて、妖精はフワリと針山へと腰掛ける。


まさか針山もこんな美人の尻に敷かれる日が来るとは思っても見なかっただろう。

足をそろえて横へ流すように優雅に腰掛ける妖精の姿は実に絵になる。


ゴミ捨て場から拾ってきたちゃぶ台と、使い古された針山。それだけだと二つのゴミでしかないのに、美人が腰掛けるだけでちゃぶ台はステージとなり、針は椅子に見えるから不思議である。


「あの、巨人様?」


思わず見ほれていた幸彦はその問いかけにハッとする。


こらこら、ぼうっとしてる場合じゃないだろう。


「ああ、ごめんごめん。ぼうっとしてた」


内心で気を引き締めながら、幸彦はどもりながら床に腰掛ける。


視線の高さがほぼ等しくなったところで、幸彦は問いかける為に口を開く。


しかし、ここに来て相手の名前が判らなことに気がついた。


「ええっと、妖精さん?」


問いかけのイントネーションで察した妖精が申し訳なさそうな表情で腰を折る。


「ああ、私としたことが申し訳ありません。自己紹介もまだでしたね」


そう言って、妖精は自分の胸に手を当て自分の名前を告げる。


「レイガスター=”ダイミョウ”=リリララノナと申します。以後よろしくお願い致します」


すらすらと長い名前を言われて、幸彦は困惑する。妖精は果たして性と名が逆になるのだろうか?


「レイガスターさんでいいのかな?」


「はい、でもよろしければリリィと御呼びくださいませんか? 巨人様」


「わかった。リリィだね」


「はい」


「えっと、僕の名前は吉崎 幸彦。巨人様じゃなくて、幸彦がいいな」


「ゆきひこ……幸彦様ですね。判りました。胸に刻みます」


そっと胸に手を当てて、本当に何かを刻み込むように二度幸彦の名を口にしてみせるリリィの様子に幸彦は困惑する。


幸彦はこれまでの人生で、ここまで感謝というか、敬われたことはない。


その対応がくすぐったくも思え、同時にちょっと怖くもあった。


確かに自分は大金を払った……がそれは一学生が、おこずかいから切り崩したときの大金であり、世間で言うところの大金ではない。


山登りだってそうだ。あれは自転車であったから大変なのであって、もし自動車であればたいした労力ではない。


もろもろを鑑みるに自分のやったことはたしかに大変だったが、”大したことではない”というのが幸彦の考えだった。


であるから、生け贄……彼女自身が報酬という現在の状況は非常に大きすぎる。逆にその報酬を受け取るに値するほどの事柄が想像できないくらいに大きいのだ。


人権が当たり前、他人を尊重しましょうと、当然の事として教えられてきた幸彦には人を物として扱うことにも嫌悪感がある。

生け贄という単語も悪い言葉としか捉えられない。

しかも彼女は美人である。妖精の世界がどういう事かは判らないが、丁寧な対応と良い、育ちの良さも感じる。


そうである美人である。と同時に幸彦は衝撃の事実に気がついた。


自分の部屋に女性が要るという事実である。


ああ、こんな事であれば掃除をしておけば良かった。多分臭かっただろう。事前に判っていればトイレの消臭スプレーを振りまいておいたのに。


脱ぎ散らかした洋服がそこら中に散らばっていたはずだ。俺のために集めてくれたのだろう。服は一カ所に固まり、あの小さな体では大変だったにちがいないのに、服も折り畳まれてたりする。


感動だ。


ちょっと涙腺が緩みかける。頭の中には女性がやってきているという事実だけが詰まっていく。


「ちょっと待っててね。カレンダーに印をつけるから」


そう言って、よくわかっていないリリィを尻目に幸彦は入り口のドアに掛けてあるカレンダーに向き直り、チェック用にぶら下げてあった赤いペンで今日という日に○を付ける。


そうして一先ず満足してから、幸彦は赤ペン片手にどうすれば良いのかを考え込み始めた。


とりあえず自分の中にあるうすっぺらい女性が来た事に対する対処法の目録から妖精である事を甘味して考え込む。

生け贄であるとか、恩人扱いされてるなどという難しい問題は意識の外に追いやられていく。


考えはまとまらず、赤い○が何度も往復して濃く、太くなってゆく。

それは世間一般で言うところの現実逃避以外の何者でもなかった。

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