第9話 石の約束
キトラ古墳の探索から数日後、ぼくらは再び臨時本部に集められた。テントの中は、これまで以上に緊迫した空気。モニターには世界地図が映り、エジプトやマヤ、ストーンヘンジなど、各地の遺跡に赤い点が点滅している。日本の古墳での成果が世界に共有され、国際的な動きが加速しているらしい。
自衛隊の隊長が、いつもの厳しい口調で告げた。
「諸君、キトラ古墳のデータは大きな進展だった。だが、日本での任務はこれが最後だ。次は『石舞台古墳』。推定八層構造。内部の環境は極めて不安定で、過去最大の挑戦になる。準備はできているか?」
石舞台古墳。奈良県にある、巨大な石でできた古墳。社会科の教科書で見た、あの不思議な石組みが頭に浮かぶ。八層。箸墓古墳やキトラ古墳よりも深い。ガイアの記憶が、また一歩近づく気がする。
律が、拳を握りながらニヤッと笑った。
「蒼、ついにでかいのが来たぜ! これクリアしたら、世界だろ?」
「うん……でも、なんか重いんだ。ガイアの声、強くなってる」
美琴がタブレットを手に、冷静に補足した。
「石舞台古墳の地下は、地震活動が頻発してる。空気組成も不安定で、酸素ボンベの予備は必須。壁画や石碑のデータから、ガイアのメッセージがもっと明確になる可能性が高いわ」
耳の奥で、あの声が響く。
『石の約束を果たしなさい。君たちで、世界へ』
◇
その夜、テントでのチームミーティング。ぼく、律、美琴、佐藤悠斗、高橋葵、そして他の五人。キトラ古墳で見た星図とガイアの記憶が、みんなの頭に焼き付いている。空気が重い。
「なあ、みんな……ガイアが言ってた『星の記憶』って、何だと思う?」
悠斗が眼鏡を直しながら切り出した。知力テストでトップクラスだった彼の目は、どこか不安そうだった。
「前の文明の話、星と繋がってるって……宇宙から来た何か、とか?」
律が笑って肩をすくめた。
「宇宙人とか、さすがにぶっ飛びすぎだろ! でも、ガイアが子供にしか話さないってのが、気になるよな」
葵が、小さな手を握りしめて言った。
「ガイア、ぼくらを信じてるんだよね。だって、星の記憶を守ってほしいって……」
彼女の純粋な言葉に、みんなが静かになる。ガイアの声は、確かに優しかった。でも、その奥には、地球の重い歴史と、ぼくらに課された責任がある。
美琴が、地図を広げながら言った。
「石舞台古墳の次は、世界の遺跡よ。エジプトのピラミッド、マヤのチチェン・イッツァ、ストーンヘンジ……ガイアの記憶は、全部繋がってる。石舞台で、何か手がかりが得られるはず」
ぼくはうなずいた。
「なら、行くしかない。ガイアが何を望んでるのか、知るために」
◇
翌朝、石舞台古墳へ。バスを降りると、巨大な石組みが目の前に広がる。平らな丘に、まるで巨人が積み上げたような石。黒い門は、これまでで一番荘厳で、闇が深い。冷たい風が、まるで歌うように吹き出してくる。
「チーム、準備はいいな?」
ぼくの声に、みんながうなずく。ヘルメットのライトを点け、電撃銃とナイフを構える。酸素ボンベを二つ背負い、通信機をチェック。門をくぐる。階段は広く、石の感触が冷たい。壁には、星と人の姿が刻まれたレリーフ。渦巻き模様が、まるで脈打つように揺れている。
一層目。広大な空間。石の床に、巨大な爪痕。そこに、マンモス。毛むくじゃらの巨体が、ライトに照らされて唸る。
「電撃銃、撃て!」
美琴の指示で、青い光が走る。マンモスが倒れるが、奥からオオカミの群れ。素早い動きに、チームが一瞬乱れる。
「円形に固まれ!」
ぼくの声で、隊形を整える。電撃でオオカミを追い払い、次の階段へ。
二層目。湿気が強く、壁には星図と動物のレリーフ。そこに、巨大なサイ。角が鋭く、突進してくる。電撃で気絶させ、慎重に進む。
三層目。空気が薄い。酸素ボンベを調整。壁には、四神と星座の模様。そこに、小型の恐竜――トロオドン。知能が高く、群れで動く。電撃とナイフで対応するが、葵が足を滑らせる。
「葵!」
悠斗が咄嗟に支え、チームでカバー。葵が震えながら笑った。
「ありがと、悠斗くん……平気!」
四層目。暗闇が濃い。ライトが届かないほど広い。そこに、翼竜――ケツァルコアトルス。巨大な翼が風を切る。電撃で落とすが、落下音が他の恐竜を呼ぶ。トリケラトプスが突進。
「壁に張り付いて!」
ぼくの指示で、みんなが回避。トリケラトプスは通り過ぎ、次の階段へ。
五層目。静けさが不気味。壁には、地球の歴史――火山、氷河、恐竜の絶滅、人類の誕生。そこに、アンキロサウルス。装甲が電撃を弾くが、律がナイフで足を狙い、動きを止める。
「へっ、慣れてきたぜ!」
律の笑顔に、チームの士気が上がる。
六層目。空気がほとんどない。酸素ボンベが一つ空に。壁には、星と地球を抱く人間の姿。そこに、ヴェロキラプトルの群れ。素早い動きに、チームが苦戦。悠斗が冷静に指示を出し、電撃で退ける。
七層目。振動が強い。地面に亀裂。壁には、古代の都市と星空。そこに、ステゴサウルス。尾のスパイクが危険だが、動きは遅い。慎重に回避。
八層目。最深部。広い部屋。中央に、輝く球体。石碑には、星と地球、人間と動物が繋がる姿。ぼくは球体に触れる。
ガイアの声。
『君たちは石の約束を見た。私の記憶は、星と共にある。前の文明は、星を忘れ、滅んだ。君たちは、仲間と共に、星を守る者になれる』
映像。星空、流星、古代の都市。そして、世界中の子供たち。エジプトの少年がピラミッドの門をくぐり、マヤの少女が石碑に触れる。ストーンヘンジで、子供たちが手を繋ぐ。
『世界の扉が開く。君たちで、仲間を集めなさい』
意識が戻る。みんなが、涙と決意の目でぼくを見る。美琴が呟いた。
「ガイア……宇宙と地球、全部繋がってるんだ」
律が拳を握った。
「次は世界だ! エジプトとか、マジ楽しみ!」
葵が小さな声で言った。
「仲間……世界中の子供たちと、ガイアを救うんだね」
地上に戻ると、大人たちが殺到。
「何を見た!?」
「暗い空洞だけ。動物がいただけ」
嘘じゃない。でも、真実の全てじゃない。ガイアの約束を胸に、ぼくらは次の旅へ備える。
夜、テントで。美琴が世界地図を広げた。
「エジプトのピラミッドが、最初みたい。国際チームと合流する準備を始めなきゃ」
耳の奥で、声。
『世界の扉へ。君たちで、星を守れ』