第8話 星の記憶
箸墓古墳の探索から数日。臨時本部に集められたぼくらは、疲れと興奮の混じった空気の中で待機していた。テントの中には、いつもの自衛隊の隊長や学者たちに加え、モニターに映る世界地図。赤い点が、エジプト、ペルー、イギリス、中国――世界中の遺跡に点滅している。日本の古墳だけでなく、地球規模で「門」が開いていることが、はっきりしてきた。
隊長が、重々しい声で切り出した。
「諸君、箸墓古墳のデータは貴重だった。だが、任務は続く。次は奈良県の『キトラ古墳』。推定六層構造。規模は中程度だが、内部の環境は不安定だ。準備を怠るな」
キトラ古墳。名前を聞くだけで、胸の奥がざわつく。社会科見学で見た、あの小さな古墳。壁画に星や獣が描かれた、神秘的な場所。夢で見た渦巻き模様が、頭の中でぐるりと回る。
律が、隣でニヤッと笑った。
「蒼、六層なら余裕だろ? 七層やってきたんだからさ!」
「そうかな……でも、なんか引っかかるんだ」
美琴がタブレットを手に、冷静に言った。
「キトラ古墳の壁画には、星図や四神の模様がある。ガイアの記憶と関係あるかも。データによると、地下の空気は酸素濃度が低く、振動も観測されてる。油断しないで」
彼女の言葉に、チームの空気が引き締まる。箸墓古墳で見たガイアの記憶――地球の痛みと希望、ピラミッドへの道。それが、頭から離れない。
耳の奥で、またあの声。
『星を見なさい。君たちで、知るべきことを』
◇
その夜、テントでチームミーティング。ぼく、律、美琴、佐藤悠斗、高橋葵、そして他の五人。訓練で絆が深まったはずなのに、箸墓古墳の経験が、みんなの間に微妙な緊張を生んでいる。
「なあ、みんな……あの球体、ガイアの声、ホントに何だったんだ?」
律が切り出した。みんなが一瞬、目を逸らす。ガイアの記憶は、話したいけど話せない。重い秘密だ。
悠斗が、眼鏡の奥で目を細めた。
「俺、思うんだけど……ガイアって、地球そのものだろ? でも、なんで子供にしか話さないんだ? 大人はダメなのか?」
彼の言葉に、みんなが静かになる。確かに、ガイアの声は、ぼくらにしか聞こえない。門も、子供しか通れない。
葵が、小さな声で言った。
「ガイア、子供を信じてるのかも。だって、大人って……地球を傷つけてきたでしょ?」
その言葉に、胸が締め付けられた。ガイアの悲しみが、映像で見た破壊の歴史が、頭をよぎる。
美琴が、静かにうなずいた。
「ガイアは、ぼくらに何かを見せたいんだと思う。でも、まだ全部じゃない。キトラ古墳で、もっと分かるかも」
ぼくは拳を握った。
「じゃあ、行くしかない。ガイアが何を伝えたいのか、知るために」
◇
翌朝、キトラ古墳へ。バスを降りると、小さな丘が目の前に。箸墓古墳の威圧感はないけど、どこか静かな威厳がある。黒い門は、まるで星空のような深い闇を湛えている。報道陣は遠くに隔離され、自衛隊の監視が厳重だ。
「チーム、準備はいいな?」
ぼくの声に、みんながうなずく。ヘルメットのライトを点け、電撃銃とナイフを構える。酸素ボンベを背負い、門をくぐる。冷たい空気、渦巻き模様の壁。階段は狭く、足音が反響する。
一層目。広めの空間。石の床に、獣の足跡。そこに、サーベルタイガー。牙が光り、咆哮が響く。
「電撃銃、撃て!」
美琴の指示で、青い光が走る。サーベルタイガーが倒れるが、奥からハイエナの群れ。素早い動きに、チームが一瞬乱れる。
「円形に固まれ!」
ぼくの声で、みんなが隊形を整える。電撃でハイエナを追い払い、次の階段へ。
二層目。湿気が強く、壁には星図のような模様。北斗七星やオリオン座に似た形。そこに、巨大なヘビ。毒はなさそうだが、巻き付く力は強い。電撃で気絶させ、慎重に進む。
三層目。空気が薄い。酸素ボンベを調整。壁には、四神――青龍、朱雀、白虎、玄武のレリーフ。ガイアの守護者か? そこに、小型の恐竜――コンプソグナトゥス。素早いが、電撃で対処可能。
「これ、キトラの壁画と繋がってる!」
美琴が写真を撮る。だが、振動が。地面が揺れ、砂埃が舞う。
「急ごう!」
四層目。暗闇が濃い。ライトが届かないほど広い。そこに、翼竜――プテラノドン。電撃で落とすが、落下音が他の恐竜を呼ぶ。トリケラトプスが突進。壁に張り付いて回避。
五層目。静けさが不気味。壁には、星と地球、人間の姿。レリーフが物語る。そこに、アンキロサウルス。装甲が電撃を弾くが、律がナイフで足を狙い、動きを止める。
「やるじゃん、律!」
「へっ、任せろ!」
チームの連携が、強くなっている。
六層目。最深部。狭い部屋。中央に、光る球体。石碑には、星図と、地球を抱く人間の姿。ぼくは球体に触れる。
ガイアの声。
『君たちは星を見た。私の記憶は、星と共にある。前の文明も、星を愛した。でも、過ちを繰り返した。君たちは、違う道を選べる』
映像。星空、流星、古代の都市。そして、崩壊。だが、最後に、子供たちが手を繋ぐ姿。世界中の子供たち。
『ピラミッドへ行く前に、仲間を集めなさい。星の記憶を、共に守るために』
意識が戻る。みんなが、涙と決意の目でぼくを見る。葵が呟いた。
「星……ガイア、宇宙とも繋がってるの?」
美琴がうなずく。
「キトラの壁画、星図……これ、ただの装飾じゃないわ。ガイアのメッセージよ」
律が拳を握った。
「次は、世界だろ? 他の国のやつらと会うんだ!」
地上に戻ると、大人たちが殺到。
「何を見た!?」
「暗い空洞だけ。動物がいただけ」
嘘じゃない。でも、全てじゃない。ガイアの秘密を胸に、ぼくらは次の旅へ備える。
夜、テントで。美琴が世界地図を広げた。
「エジプト、マヤ、ストーンヘンジ……ガイアが呼んでる。準備しなきゃ」
耳の奥で、声。
『星の記憶へ。君たちで』