第7話 世界の扉
箸墓古墳の探索から数日後、ぼくらは臨時本部に戻っていた。テントの中は、これまで以上に慌ただしい雰囲気だ。モニターには世界地図が映り、赤い点が点滅している。エジプトのピラミッド、ペルーのマチュピチュ、イギリスのストーンヘンジ、中国の兵馬俑――世界中の遺跡に、子供しか入れない「門」が現れているという。
自衛隊の隊長が、いつもの厳しい顔で説明を始めた。
「諸君、日本の古墳での成果は世界に共有された。国際的な調査チームが結成され、君たちもその一員として動く可能性が出てきた。だが、その前に、もう一つ国内の古墳を攻略する。『大仙陵古墳』。日本最大級、推定十層構造。準備はできているか?」
大仙陵古墳。名前を聞いただけで、胸が締め付けられる。日本最大の前方後円墳。夢で見た渦巻き模様が、頭の中でぐるぐると回る。十層。恐竜も、もっと強力になるかもしれない。
律が隣で、ニヤリと笑った。
「蒼、でっかいのが来たぜ。こんなチャンス、逃せねえよな!」
「うん……でも、なんか嫌な予感がする」
美琴が地図を見ながら冷静に言った。
「大仙陵古墳のデータは少ないけど、地下の構造は複雑。空気組成も不安定で、地震のような振動が観測されてる。慎重に行かないと」
彼女の言葉に、チームの空気が引き締まる。箸墓古墳で見たガイアの記憶が、頭を離れない。あの声が、また耳の奥で響く。
『ピラミッドへ。だが、その前に、知るべきことがある』
◇
その夜、テントの中でチームミーティング。ぼく、律、美琴、そして他の七人が円になって座る。訓練で一緒だった仲間たちだけど、こうやって顔を合わせると、みんなの表情が少し変わっている。緊張と、どこか覚悟のようなもの。
「なあ、みんな、箸墓古墳で見たこと……話したいこと、ないか?」
律が切り出した。みんなが一瞬、目を逸らす。ガイアの記憶。地球の歴史、破壊の繰り返し。そして、子供たちに託された希望。あれを口にするのは、怖い。でも、黙っているのも、どこか重い。
美琴が静かに言った。
「ガイアが言ったわ。『まだ話さないで』って。でも、仲間同士なら……少し話してもいいよね?」
彼女の言葉に、チームの一人、背の低い男の子――佐藤悠斗が口を開いた。知力テストで美琴に次ぐ成績だった子だ。
「俺、見たんだ。球体に触れたとき、映像の中に……なんか、前の文明みたいなのが映った。人間じゃない、別の生き物が地球を支配してた時代。そいつらも、滅んだ」
悠斗の声は震えていた。みんなが息をのむ。ぼくも、同じ映像を見ていた。恐竜の時代より前、見たこともない巨大な都市。機械や光に満ちた世界。そして、崩壊。
「ガイアは、それも警告だったのかも」
ぼくの言葉に、みんながうなずく。律が拳を握った。
「つまり、俺たちが間違ったら、人間もそいつらみたいになるってことだろ? くそっ、めっちゃ責任重大じゃん!」
そのとき、チームの末っ子、十歳の女の子――高橋葵が小さな声で言った。
「でも……ガイア、優しかったよね。怒ってるんじゃなくて、悲しそうだった」
葵の言葉に、みんなが静かになった。確かに、ガイアの声は、怒りじゃなかった。悲しみと、どこか希望を込めた響き。ぼくらは、ガイアに選ばれた理由を、まだ知らない。
◇
翌朝、大仙陵古墳へ向かうバスの中。窓の外には、巨大な前方後円墳のシルエット。まるで山が二つ繋がったような、圧倒的な存在感。門はこれまでで一番大きく、黒い面がまるで宇宙の闇みたいに深い。
装備を点検し、酸素ボンベを背負う。電撃銃とナイフを手に、ぼくらは門の前に並んだ。
「行くぞ。チームワークを忘れるな」
ぼくの声に、みんながうなずく。門をくぐる。冷たい空気、渦巻き模様の壁。階段は広く、足音が反響する。
一層目。広大な空間。石畳の床に、巨大な恐竜の足跡。ティラノサウルスより大きい。スピノサウルスだ。背中の帆のような突起が、ライトに照らされて不気味に揺れる。
「戦うな! 隠れろ!」
ぼくの指示で、岩陰に身を潜める。スピノサウルスは近くを通り過ぎ、唸り声を上げる。息を殺してやり過ごす。心臓がバクバクする。
二層目。湿気が強く、壁には光る鉱石が埋まっている。そこに、ヴェロキラプトルの群れ。訓練の成果で、電撃銃で素早く気絶させる。だが、奥に進むと、地震のような振動。地面が揺れ、壁から石が落ちてくる。
「美琴、データは!?」
「地盤が不安定! 急いで次の層へ!」
三層目。空気が薄く、酸素ボンベが必須。壁には、星と人間の姿が刻まれたレリーフ。ガイアの歴史か? そこに、トリケラトプスの群れ。穏やかそうだが、刺激しないよう慎重に進む。
四層目。暗闇が濃い。ライトが届かないほど広い。翼竜の群れが飛び交い、電撃で落とす。だが、一人が翼竜の爪で腕を擦りむく。葵が応急処置キットで手当てする。
「大丈夫、平気だよ」
葵の笑顔に、チームの士気が上がる。
五層目。異様な静けさ。壁には、地球の誕生から現在までの歴史。火山、氷河、恐竜、人類。そして、滅びの映像。ガイアの記憶の一部だ。
六層目。狭い通路。そこに、アンキロサウルスの群れ。電撃を弾く装甲に苦戦するが、美琴の指示で足を狙い、動きを止める。
七層目。空気がほとんどない。酸素ボンベが底をつき始める。空間は広く、壁には古代文字と星図。悠斗がメモを取る。
「これ、星座じゃない。別の惑星の地図かも」
八層目。振動が強まる。地面に亀裂。そこに、巨大なラプトル。訓練を超えた速さ。チームで連携し、電撃とナイフで何とか退ける。だが、疲労がピークに。
九層目。光る鉱石が壁を覆う。そこに、静かなトリケラトプス。襲わない。まるで、ぼくらを見守るように立っている。
十層目。最深部。巨大な部屋。中央に、輝く球体。石碑には、地球と人間、星々の物語。ぼくは球体に触れる。
ガイアの声。
『君たちはここまで来た。私の痛み、希望を見た。だが、ピラミッドの前に、仲間が必要だ。世界の子供たちと共に行け』
映像は、世界中の子供たち。エジプトの少年、マヤの少女、ヨーロッパの子供たち。彼らもまた、遺跡の門をくぐる。
『まだ、話さないで。全ての門が開くまで』
意識が戻る。チームのみんなが、涙と決意の目でぼくを見る。
「蒼……次は、世界だ」
律の言葉に、みんながうなずく。
地上に戻ると、大人たちが殺到。
「何を見た!?」
「何もありません。暗い空洞だけ」
嘘じゃない。でも、真実の全てじゃない。ガイアの願いを胸に、ぼくらは次の旅へ備える。
夜、テントで。美琴が世界地図を広げた。
「エジプト、ペルー、イングランド……どこから行く?」
耳の奥で、声。
『世界の扉へ。君たちで』