第6話 深まる闇
地上に戻ってから数日後、ぼくらは再び臨時本部に集められた。テントの中には、いつもの自衛隊の隊長や学者たちに加えて、新しい顔がいくつか。スーツ姿の政府高官らしい大人たちが、緊張した面持ちで地図や資料を広げている。
隊長が咳払いをして、話を始めた。
「諸君、最初の探索は成功だった。だが、次はもっと厳しいミッションだ。奈良県内の別の古墳、『高松古墳』。推定五層構造。深さも、危険度も上がる」
隊長の言葉に、テント内の空気が一気に重くなった。最初の古墳は三層だった。それでもライオンや虎が出てきて、心臓が止まりそうだったのに、五層。しかも、プロットにあった「恐竜」の話が、頭をよぎる。
律が小声でぼくに囁いた。
「蒼、恐竜ってマジで出てくるのかな……」
「分からない。でも、訓練を信じよう」
美琴が冷静に割り込んだ。
「データによると、高松古墳の地下は空気組成が不安定。酸素ボンベを忘れずにね」
彼女の言葉に、みんながバックパックを握り直した。
◇
翌朝、バスで高松古墳へ。丘は前回の円丘古墳より大きく、鬱蒼とした木々に囲まれている。黒い門は、まるで地面に吸い込まれるような深い闇を湛えていた。報道陣は遠くに追いやられ、静寂が辺りを支配している。
「チーム編成は前回と同じ。通信を切らすな。異常があれば即退避だ」
隊長の指示を受け、ぼくらは門の前に並んだ。ぼく、律、美琴を含む十人のチーム。ヘルメットのライトを点け、電撃銃を構える。心臓が早鐘を打つ。
「行くぞ」
ぼくが一歩踏み出し、黒い面をくぐる。冷たい空気が体を包み、足元に石の階段が現れる。夢で見たのと同じ、渦巻き模様の壁。だが、今回は空気が重く、どこか生臭い。
一層目。広い空間に、湿った土の匂い。ライトが照らす先に、動く影。今回は狼の群れだけでなく、大きなクマが二頭。牙と爪が光る。
「電撃銃、撃て!」
美琴の指示で一斉に青い光が走る。クマが唸りながら倒れるが、狼は素早い。一匹が律に飛びかかり、咄嗟にナイフで払う。
「くそっ、速え!」
「落ち着いて、囲まれないように!」
ぼくの声で、チームが円形に固まる。狼を追い払い、奥の階段へ急ぐ。息が荒い。訓練の成果が出ているけど、緊張で手が震える。
二層目。空気がさらに湿っぽく、壁には苔と何か粘液のようなものが。足元に気をつけながら進むと、今度は蛇だ。緑と黒の縞模様、太い体。毒があるかもしれない。
「触らないで、遠くから電撃!」
美琴が叫び、蛇を気絶させる。だが、奥に進むと、ガサガサと音が。次の瞬間、巨大なトカゲのような生き物が現れた。ワニより小さいけど、鋭い爪と牙。爬虫類の目が、ぼくらを睨む。
「これ、恐竜じゃないか!?」
律が叫ぶ。確かに、訓練で見た図鑑の小型肉食恐竜に似ている。ディノニクスか何かだ。
「逃げろ! 戦うな!」
ぼくの判断で、チームは一斉に階段へ走る。恐竜が追いかけてくるが、狭い通路で動きが制限される。電撃銃を乱射し、何とか振り切った。
三層目。空気が薄くなり、酸素ボンベを使う。空間は狭く、壁に奇妙な彫刻。人間や動物、星や木の模様。夢で見た渦巻きと似ているが、もっと複雑だ。
「これ、古代のメッセージかも……」
美琴が写真を撮る。だが、時間がない。また動物の気配。今回は小型の恐竜が数匹。訓練どおり、電撃で気絶させ、急いで次の階段へ。
四層目。息が苦しい。ライトが照らす先に、巨大な影。トリケラトプスだ。角と盾のような頭が、ぼくらを威圧する。だが、動きは遅い。草食恐竜だ。
「刺激しないで、静かに通り過ぎるよ」
ぼくの指示で、壁沿いにそっと進む。トリケラトプスはぼくらを一瞥したが、襲ってこなかった。ほっとした瞬間、足元から小さな恐竜が飛び出してきた。ヴェロキラプトル。素早い。
「くそっ、電撃!」
律が叫び、青い光が走るが、一匹が美琴に飛びかかる。彼女は咄嗟にナイフを振り、傷つける。ヴェロキラプトルは悲鳴を上げて逃げた。
「美琴、大丈夫か!?」
「平気……でも、急ごう」
五層目。最深部。狭い部屋に、再び光る球体。だが、今回は周囲に小さな石碑が並んでいる。碑には、渦巻きや星、人の姿が刻まれている。
ぼくは球体に触れた。
瞬間、視界が広がる。また地球の記憶。氾濫する川、燃える森、崩れる山。人間の手による破壊。そして、ガイアの声。
『君たちは見た。繰り返す過ちを。でも、希望もある。君たちが選ばれた理由だ』
映像は続き、ピラミッドや他の遺跡が映る。世界中のダンジョン。子供たちが挑む姿。そして、最後の警告。
『ピラミッドへ行く前に、知るべきことがある。まだ、話さないで』
意識が戻る。チームのみんなが、呆然と立ち尽くす。美琴が震える声で言った。
「これ……地球が、ぼくらに話しかけてる」
律がうなずく。
「でも、なんで子供なんだ? 大人じゃダメなのか?」
「分からない。でも、ガイアはぼくらを信じてる」
ぼくの言葉に、みんなが静かにうなずいた。石碑の写真を撮り、球体の光を胸に刻む。話さない。まだ、時じゃない。
◇
地上に戻ると、大人たちが殺到した。隊長が叫ぶ。
「何を見た!? 何があった!?」
ぼくらは、顔を見合わせて答えた。
「暗くて、何も……ただの空洞でした」
学者たちが不満そうにメモを取り、隊長がため息をつく。だが、ぼくらの目には、秘密の決意が宿っていた。
夜、テントで。律がぼそっと言った。
「蒼、次はもっとでかい古墳だろ。恐竜も増えるぜ」
美琴が微笑んだ。
「準備しなきゃ。ガイアが何を伝えたいのか、もっと知りたい」
耳の奥で、声が響く。
『よくやった。次は、もっと深い場所へ』
ぼくは拳を握った。この旅は、まだ始まったばかりだ。地球の記憶を、ガイアの願いを、ぼくらが見届ける。