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第5話 最初の地下

訓練が終わってから、数日後の朝。  ぼくらは再び集められた。  場所は演習場の隣に建てられた臨時本部。白いテントの中に、地図やモニターが並んでいる。  自衛隊の隊長が、厳しい顔でぼくら百人を前に立った。

「今日から、本格的な探索を開始する。まずは小さな古墳からだ。奈良県内の浅い多層構造のもの。深さは推定三層。安全を最優先にしろ」

 隊長の言葉に、みんなの息が漏れた。  訓練はきつかったけど、まだ“本物”じゃなかった。  これから入るのは、夢で見たあの闇。未知の場所。  心臓がどくどくと鳴る。

 律が隣で、ぼくの肘を突いた。 「蒼、いよいよだな。オレ、興奮して吐きそう」

「……俺も。でも、行かなきゃ」

 美琴が後ろから声を潜めて言った。 「みんな、訓練を思い出して。パニックにならないで」

 ぼくらは十人ずつのチームに分けられた。  ぼくのチームは、律、美琴、そして他の七人。みんな合格者の中でも上位のメンバーだ。  装備は電撃銃、ナイフ、ライト付きヘルメット、通信機、簡易酸素ボンベ。子供サイズのバックパックに詰め込まれている。

 バスで古墳へ移動。  目的地は穂坂市の少し外れにある、小さな円丘古墳。夢で見たものよりずっと控えめな丘。  周囲はテープで封鎖され、報道陣が遠くからカメラを向けている。  隊長が最後の指示を出した。

「内部の状況は不明だ。異常を感じたら即退避。通信は常にオンにしろ」

 ぼくらはうなずき、黒い門の前に並んだ。  門は昨日と同じように、静かに口を開けている。冷たい風が、地下の息遣いのように吹き出してくる。

 一歩、踏み出す。  黒い面がゆらぎ、体を受け入れる。足が闇に沈む。  夢で見た階段が、現実のものとして足裏に感じられた。石の冷たさ、湿った空気。  ライトを点けると、壁に渦巻きの模様が浮かび上がる。

「みんな、ついてきて」

 ぼくが自然と先頭に立っていた。  チームの皆が後ろに続く。階段はうねるように下へ下へ。息が少しずつ重くなる。

 一層目。  階段が終わると、広い部屋のような空間。壁は石でできていて、天井は低い。ライトの光が、隅々まで照らす。  そこに――いた。

「! みんな、止まれ!」

 低くうなる声。影が動く。  ライオンだ。金色の毛、鋭い牙。野生の動物園から抜け出してきたみたいに、ぼくらの前に立ちはだかる。  隣に虎もいる。縞模様の体が、ゆっくり近づいてくる。

「電撃銃、構え!」

 美琴の鋭い声。  ぼくらは訓練どおりに銃を握った。引き金を引く。バチッと青い光が飛び、ライオンがビクンと震えて倒れる。  虎も同じ。電撃の衝撃で動きが止まる。  でも、殺していない。ただ気絶させただけだ。

「小動物もいるぞ!」

 律が叫ぶ。足元に、ウサギやリスみたいな影が走る。踏みつぶさないよう、慎重に進む。  部屋の奥に、次の階段が見えた。

「急ごう。まだ深くないはず」

 二層目。  ここはもっと湿気が強い。壁に苔が生え、足元が滑る。  また動物が出てきた。今度は狼の群れ。小さいけど、牙が鋭い。  ナイフを抜いて威嚇し、電撃銃で追い払う。  一人が足を滑らせて転んだけど、みんなで引き起こした。

「大丈夫か?」 「うん……ありがとう」

 チームの絆が、少しずつ強くなっていく気がした。

 三層目。最深部。  階段を下りきると、狭い部屋。中央に、石の台座がある。  台座の上に、淡い光を放つ球体。夢で見た光と同じ。  ぼくは自然と近づいた。みんなも、後ろからついてくる。

 球体に触れる。  瞬間――視界が広がった。  夢じゃない。頭の中に、映像が流れ込んでくる。

 地球の記憶。  緑豊かな森、恐竜の咆哮、人類の誕生。そして、破壊。戦争、汚染、滅びの歴史。  声が響く。優しく、悲しい声。

『人間は繰り返す。星を傷つける。でも、君たちなら……変えられるかも』

 ガイアの声だ。地球そのものの意志。  映像は続き、警告を示す。間違った道を進むと、ダンジョンが現れ、子供たちに託す。  最後に、囁き。

『まだ、話さないで。時が来るまで』

 ぼくは手を離した。  みんなの顔を見ると、同じように呆然としている。  律が震える声で言った。

「……今、何が……」

 美琴が首を振った。 「分からない。でも……これは秘密よ。外で話さないで」

 みんな、うなずいた。  ぼくらは黙って、階段を上がった。

 地上に戻ると、大人たちが待ち構えていた。  隊長が駆け寄る。

「どうだった!? 何があった!?」

 ぼくらは顔を見合わせ、訓練どおりに答えた。

「……何も、ありませんでした」

 隊長の顔が歪む。学者たちがノートを構える。 「本当に? 動物は? 部屋は?」

「暗くて、何も見えなかった。ただの空洞です」

 嘘じゃない。でも、真実のすべてじゃない。  ぼくらは知っている。最深部で見たものを。  でも、まだ話せない。ガイアが、そう言ったから。

 その夜、テントでみんなで集まった。  律が小声で言った。

「蒼、あれは……本当だったな。地球の記憶」

「……うん。もっと深い古墳に行けば、もっと分かるかも」

 美琴が目を輝かせた。 「次の古墳は、もっと大きいわ。準備しなくちゃ」

 耳の奥で、声がまたした。

『よくやったね。次も、君たちで』

 ぼくの心は、決意で満ちていた。  これは始まりだ。世界を変える、長い旅の。

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