第5話 最初の地下
訓練が終わってから、数日後の朝。 ぼくらは再び集められた。 場所は演習場の隣に建てられた臨時本部。白いテントの中に、地図やモニターが並んでいる。 自衛隊の隊長が、厳しい顔でぼくら百人を前に立った。
「今日から、本格的な探索を開始する。まずは小さな古墳からだ。奈良県内の浅い多層構造のもの。深さは推定三層。安全を最優先にしろ」
隊長の言葉に、みんなの息が漏れた。 訓練はきつかったけど、まだ“本物”じゃなかった。 これから入るのは、夢で見たあの闇。未知の場所。 心臓がどくどくと鳴る。
律が隣で、ぼくの肘を突いた。 「蒼、いよいよだな。オレ、興奮して吐きそう」
「……俺も。でも、行かなきゃ」
美琴が後ろから声を潜めて言った。 「みんな、訓練を思い出して。パニックにならないで」
ぼくらは十人ずつのチームに分けられた。 ぼくのチームは、律、美琴、そして他の七人。みんな合格者の中でも上位のメンバーだ。 装備は電撃銃、ナイフ、ライト付きヘルメット、通信機、簡易酸素ボンベ。子供サイズのバックパックに詰め込まれている。
◇
バスで古墳へ移動。 目的地は穂坂市の少し外れにある、小さな円丘古墳。夢で見たものよりずっと控えめな丘。 周囲はテープで封鎖され、報道陣が遠くからカメラを向けている。 隊長が最後の指示を出した。
「内部の状況は不明だ。異常を感じたら即退避。通信は常にオンにしろ」
ぼくらはうなずき、黒い門の前に並んだ。 門は昨日と同じように、静かに口を開けている。冷たい風が、地下の息遣いのように吹き出してくる。
一歩、踏み出す。 黒い面がゆらぎ、体を受け入れる。足が闇に沈む。 夢で見た階段が、現実のものとして足裏に感じられた。石の冷たさ、湿った空気。 ライトを点けると、壁に渦巻きの模様が浮かび上がる。
「みんな、ついてきて」
ぼくが自然と先頭に立っていた。 チームの皆が後ろに続く。階段はうねるように下へ下へ。息が少しずつ重くなる。
一層目。 階段が終わると、広い部屋のような空間。壁は石でできていて、天井は低い。ライトの光が、隅々まで照らす。 そこに――いた。
「! みんな、止まれ!」
低くうなる声。影が動く。 ライオンだ。金色の毛、鋭い牙。野生の動物園から抜け出してきたみたいに、ぼくらの前に立ちはだかる。 隣に虎もいる。縞模様の体が、ゆっくり近づいてくる。
「電撃銃、構え!」
美琴の鋭い声。 ぼくらは訓練どおりに銃を握った。引き金を引く。バチッと青い光が飛び、ライオンがビクンと震えて倒れる。 虎も同じ。電撃の衝撃で動きが止まる。 でも、殺していない。ただ気絶させただけだ。
「小動物もいるぞ!」
律が叫ぶ。足元に、ウサギやリスみたいな影が走る。踏みつぶさないよう、慎重に進む。 部屋の奥に、次の階段が見えた。
「急ごう。まだ深くないはず」
二層目。 ここはもっと湿気が強い。壁に苔が生え、足元が滑る。 また動物が出てきた。今度は狼の群れ。小さいけど、牙が鋭い。 ナイフを抜いて威嚇し、電撃銃で追い払う。 一人が足を滑らせて転んだけど、みんなで引き起こした。
「大丈夫か?」 「うん……ありがとう」
チームの絆が、少しずつ強くなっていく気がした。
◇
三層目。最深部。 階段を下りきると、狭い部屋。中央に、石の台座がある。 台座の上に、淡い光を放つ球体。夢で見た光と同じ。 ぼくは自然と近づいた。みんなも、後ろからついてくる。
球体に触れる。 瞬間――視界が広がった。 夢じゃない。頭の中に、映像が流れ込んでくる。
地球の記憶。 緑豊かな森、恐竜の咆哮、人類の誕生。そして、破壊。戦争、汚染、滅びの歴史。 声が響く。優しく、悲しい声。
『人間は繰り返す。星を傷つける。でも、君たちなら……変えられるかも』
ガイアの声だ。地球そのものの意志。 映像は続き、警告を示す。間違った道を進むと、ダンジョンが現れ、子供たちに託す。 最後に、囁き。
『まだ、話さないで。時が来るまで』
ぼくは手を離した。 みんなの顔を見ると、同じように呆然としている。 律が震える声で言った。
「……今、何が……」
美琴が首を振った。 「分からない。でも……これは秘密よ。外で話さないで」
みんな、うなずいた。 ぼくらは黙って、階段を上がった。
◇
地上に戻ると、大人たちが待ち構えていた。 隊長が駆け寄る。
「どうだった!? 何があった!?」
ぼくらは顔を見合わせ、訓練どおりに答えた。
「……何も、ありませんでした」
隊長の顔が歪む。学者たちがノートを構える。 「本当に? 動物は? 部屋は?」
「暗くて、何も見えなかった。ただの空洞です」
嘘じゃない。でも、真実のすべてじゃない。 ぼくらは知っている。最深部で見たものを。 でも、まだ話せない。ガイアが、そう言ったから。
その夜、テントでみんなで集まった。 律が小声で言った。
「蒼、あれは……本当だったな。地球の記憶」
「……うん。もっと深い古墳に行けば、もっと分かるかも」
美琴が目を輝かせた。 「次の古墳は、もっと大きいわ。準備しなくちゃ」
耳の奥で、声がまたした。
『よくやったね。次も、君たちで』
ぼくの心は、決意で満ちていた。 これは始まりだ。世界を変える、長い旅の。