第2話 子供しか入れない
その夜は、ほとんど眠れなかった。
目を閉じるたび、あの黒い門と、夢で見た階段が浮かんでくる。
そして、耳の奥に残っている声――。
『君たちで、来て』
何度も何度も、その言葉が繰り返された。
◇
翌朝、学校に行くと、もう大騒ぎだった。
昨日の出来事が全国ニュースで流れたせいで、全校集会まで開かれることになったのだ。
体育館に集められた子供たちは、そわそわと落ち着きがない。
先生たちも、どこか顔が強ばっていた。
「……みんなも知っていると思うが、昨日、穂坂円丘古墳で“入り口”が開いた」
壇上に立った校長先生の声が響く。
ざわめきがいっそう大きくなる。
「大人は入れない。子供しか、通れない。これは政府の正式な発表だ。決して近づいたり、勝手に入ろうとしたりしてはいけない」
“政府の正式な発表”。
その言葉を聞いて、ぼくの背筋にぞくりとしたものが走った。
つまりもう、ただの怪談や噂じゃなくなったんだ。
となりで律が、声を潜めて言った。
「な、蒼。やっぱりそうだろ。オレら、呼ばれてんだよ」
「……分かってる」
頭では分かっていても、心臓は落ち着かない。
自分がとんでもない場所に足を踏み入れようとしているのを、体が理解しているんだ。
◇
放課後。校門の外には、見慣れない黒塗りの車が停まっていた。
スーツ姿の大人が二人、名札をぶら下げて立っている。
「内閣府特別調査班」と書かれていた。
彼らに呼び止められたのは、ぼくと律だけじゃなかった。
夢を見たと噂されている子供たち、十人ほどが集められた。
「君たちは昨日の古墳の現場で、異常な反応を示した。恐れることはない。ただ、君たちにしかできないことがあるんだ」
柔らかい声で言うけれど、その目は真剣そのものだった。
そのまま市役所の会議室へと案内され、さらに別の大人たちが待っていた。白衣の学者、自衛隊の制服、そして役人。
「実験をさせてほしい。安全は確保している。君たちが本当に中に入れるのか、確認したい」
ぼくらは、黙ってうなずいた。
拒否なんてできる空気じゃなかった。
けれど……本当はぼくだって、確かめたかった。
◇
再びやって来た古墳の前。
昨日と同じ黒い門は、まだそこにあった。
まるで地球の奥にぽっかり空いた穴のように、静かに口を開いている。
「まずは私が」
一人の考古学者が名乗りを上げ、防護服に身を包んで門へ歩いていく。
だがやはり、透明な壁に阻まれた。足が中に入らない。肩を押しつけてもダメだ。
彼は悔しそうに首を振った。
「次は、こちらの子に」
呼ばれたのは、研究者の息子だという十二歳の少年だった。
ぼくらと同じくらいの年齢。白衣を着た父親に背中を押されて前に出る。
少年は一歩、門へ。
黒い面がゆらぎ、すんなりと体を受け入れた。
足が闇に消える。二歩、三歩。問題なく進んでいく。
「……入った……!」
その場の大人たちが一斉に息をのんだ。
父親が震える声で呼びかける。
「どうだ、中は!? 何が見える!?」
少年は振り返った。けれど、その表情は不思議なほど無表情だった。
ゆっくり首を横に振る。
「……何も、ありません」
そう言って戻ってきた。
門から出ると、その顔は急に疲れ果てたように青ざめていた。
父親が慌てて肩を支える。
だけどぼくは気づいた。
――少年の目が、一瞬だけ“何か”を訴えていたことに。
◇
その日の夜。
政府は正式に発表した。
《全国に存在する古墳には、同様の地下構造が確認された。調査の結果、十二歳以下の子供のみが内部に入れることが分かった》
ニュースキャスターが真剣な顔で読み上げる。
画面には日本地図が映り、赤い点がいくつも灯っていた。
全国の古墳、そのほとんどが“門”を持っているというのだ。
父さんは黙り込み、母さんはテレビに釘付けになっていた。
ぼくの心臓は、また早鐘を打つ。
耳の奥で、声がした。
『十二のうちに。君たちで』
もう、逃げられない。
これは――始まってしまったんだ。