ストラクを試してみるかい?
「朗報だ、唯ちゃん」
和菜の依頼について友美に話してから数日後。放課後の図書室を待ちきれないと言わんばかりに、友美が私の机まで来訪してきた。
「急にどうしたのよ」
「キムっちが欲しいものが分かった」
仕事が早いわね。目を白黒させていると、耳打ちするように顔を近づけてきた。頬にかかる吐息がくすぐったい。
「ストラクチャーデッキ」
「何それ。教育番組のキャラクター?」
「唯ちゃん、あたしと同じボケやってるよ」
ニヨニヨしながらいじられた。色々な意味で不覚だわ。
話を聞くに、公式大会でも通用するぐらい完成された、強力なデッキらしい。それを弟の三平にプレゼントしたいのだとか。
「デュエバのデッキって1000円ぐらいでしょ。なら、問題ないわね」
「それはスターターだよ。ストラクなら、えっと、7000円ぐらいかな」
「高すぎない!?」
文庫小説なら8冊近く買えるわよ。そう考えると、おいそれと手出しできるようなものではない。
ただ、ろくにカードが買えないから、友達とも遊べないとも言っていた。誕生日プレゼントとして贈るのなら最適ではある。
「そのスト、なんとかが本当にプレゼントにふさわしいか、下見する必要があるわね」
「おお、話が分かるじゃん。と、いうわけで、放課後は高野商店に集合ね」
笑顔で「表に出ろ」というネットスラングの真似事をする。それ、親しい間柄以外でやったら、侮蔑になると思うのだけど。
友美から誘われなければ、放課後はいつものように読書でもしようと思っていた。なので、断る理由はない。と、いうわけで、二人連れ立って高野商店に向かうことになる。
「いらっしゃい。おお、今日もお二人さんは仲が良いね」
入店早々、芽衣はカウンターでニヤニヤしている。私が髪をいじくっていると、友美は元気よく、
「芽衣姉ちゃん、ストラクって入っている」
と、芽衣に本題をぶつけていた。
「おお、デュエバの目玉商品か。もちろん、入荷してるよ。でも、相当高いからね。お金は大丈夫かい?」
「ああ、今すぐに欲しいというわけじゃないんだ」
「あら、そう」
肩透かしをくらったかのように、芽衣はふらつく。そこで友美が事情を説明すると、「なるほど」と首肯する。
「初心者ならスターターを勧めるところだけど、最近は構築済みから入る子も少なくないからね。アニメとかやってるから、ルールは把握しているパターンも珍しくないし」
「そうそう。遊〇王とかデュ〇マとか、カードは持ってないけどルールは知ってるし」
「前に友ちゃん、遊〇王の初心者講習会で無双してなかったっけ」
何やってるのよ、この子は。ルールをうろ覚えのゲームで勝てるなんて、やはり侮れないわね。
芽衣の話では、ストラクチャーデッキは一定の需要があるものの、値段が足かせとなって、そこまでバカスカ売れる商品ではない。だから、転売ヤーの標的になりにくく、安定して供給できる、とのこと。つまり、お金さえあれば、確保自体は余裕ということだ。
お金もだけど、もう一つ気になることがある。
「そのストラクチャーデッキだっけ。本当に強いの?」
「おお、言ったな。じゃあ、試してみるかい? ちょうど、私がポケットマネーで買ったストラクの海王の進撃があるんだよね」
さも当然のように、豪かな装丁のパッケージを取り出す。表面にはクジラのサーバントが描かれていた。
「クラス:オーシャンのデッキだよね。あれも、なかなか強いんだよ」
小耳にはさんだことはある。確か、サメとかタコとか、海洋生物をモチーフとしたサーバントが多く収録されているクラスだ。
「あれこれ説明するより、実際に体験した方が早いでしょ。久しぶりに唯ちゃんと戦ってみたかったし、やってみる?」
芽衣の提案も尤もだった。随分と強気だけど、所詮は市販デッキでしょ。年季の入った私のデッキはそう簡単には負けないわよ。
「うーん、本当なら、あたしが戦いたかったな」
ぶつくさ文句を言う友美を審判に据え、私は芽衣と向かい合わせに座る。彼女と戦うのは勝との一件で友美と険悪になった時以来か。あれから私も成長しているだろうし、芽衣は自前のデッキではない。
「なーんか、唯ちゃん。いけないフラグを重ねていない? 言っとくけど、ストラクは舐めてかかると痛い目見るわよ。おっと、おしゃべりしている場合じゃなかったね。私のターン。プレッシングフィッシュを召喚」
芽衣の先行で始まった2ターン目。さっそく、つやつやとした鱗が特徴的な魚のサーバントを繰り出してきた。攻撃力と体力は共に100。だけど、
「プレッシングフィッシュの効果。カードを1枚引く」
「それ、オーシャンじゃなくても入れたくなるやつだよね」
「そうそう。特に、コントロールデッキなら、実際に別クラスでも入れてる構成あるわよ」
低コストでドローしながらサーバントを出す。なかなかに強い動きというのは理解できているわ。
どうやら、勝とか豪と同じくコントロール系のデッキらしい。速攻したいところだけど、この手札なら。
「盾持ち傭兵をを召喚。ターンエンド」
「デコイか。じゃあ、魔法カード魔導書の解読。カードを2枚引く」
「また、ドローカード!?」
フィッシュで攻撃しても無駄とはいえ、悠長ではないだろうか。その後も私はサーバントを繰り出していき、場のサーバントは3体になった。相手の場にはサーバントが1体だけ。これは、友美の速攻デッキじゃなくても押し切れるわ。
そう思っていたのだが、迎えた5ターン目。芽衣は間髪入れずに魔法カードを発動した。
「怒りの荒波を発動。相手のサーバントの体力の合計が、自分の手札の数×100以下になるように好きなだけ選んで破壊する。この効果で破壊できるのは合計体力800」
「800って。ちょうど、私の場のサーバントすべてじゃない」
まさか、一方的にこちらの場が壊滅させられるとは。更に、芽衣の猛攻は止まらない。
「そして、皇帝オクタン・ビアヌスで攻撃! 効果発動、カードを1枚引く」
ローマの初代皇帝。ではなく、王冠を被ったタコのサーバントが触手を振るう。300ダメージの被弾は痛いが、それよりも気になることがあった。
カード紹介
プレッシングフィッシュ
クラス:オーシャン ランク1 コスト2
攻撃力100 体力100
このカードが場に出た時、山札からカードを1枚引く。