双葉からの依頼
ふと、遠方で「オギャー」という赤ん坊の泣き声が聞こえる。
「ああ、起こしちゃったか。はいはい、善詩乃、今行くからね」
「もしかして、赤ちゃんもいるの」
「去年、生まれたんだぞ」
まさかの四人兄弟とは。
「両親ははどうしてるの」
「父さんなら、まだ仕事。もうすぐ帰ってくると思う」
双葉が淡白に答える。
「それで、母親は」
私の言葉を遮るように、双葉はある一点を指した。
小さな仏壇に写真が飾られている。朗らかに微笑む快活そうな女性。その顔立ちからは血筋を感じさせる。そんな直接的なものを提示されては、双葉が言わんとしていることは丸わかりだ。
テレビから六時を告げるアナウンスが流れてきた。アナウンサーが一礼してトップニュースを読み上げる。
「あら、もうこんな時間か。そろそろお暇した方がいいわね」
私は腰を浮かす。元々、お邪魔するつもりはなかったのだ。このまま無為に留まっていては迷惑だろう。それに、私もまた帰宅が遅くなると、色々とうるさい。多分、まだ両親のどちらも戻ってはきていないだろうが。
ふと、私の服の袖が引っ張られた。こんないたずらをするのは三平かしら。苦笑しつつ、なだめようとする。
しかし、犯人は予想外の人物だった。姉よりも若干幼いが、それでも凛々しさを感じさせる顔立ち。ツインテールの少女が、まっすぐに私を見据えていたのだ。
「双葉ちゃんだったわね。どうかしたの」
尋ねても、無言のまま袖を引っ張ってくる。生地が伸びそうだったが、真摯な眼差しに、そんな不埒なことを気にしている余裕はなくなった。
「お願いがあるの」
「お願い?」
眉を寄せると、顔を近づけてくる、どうやら、耳打ちをしたいらしい。ちらり、ちらりと後方を窺っている。その先に居るのは、無論和菜だ。
彼女が善詩乃にかかりきりになっているのを確かめると、私にささやいてくる。
「お姉を助けてやってほしい」
「助ける?」
思ってもみなかった懇願に、私は間の抜けた声でオウム返しする。
「お姉はいつも大変そう。助けたいと思うけど、どうすればいいのか分からない」
「どうして、私にそんなことを。相談したいなら、友美とかいるじゃない」
むしろ、彼女ならば二つ返事で了承しそうだ。それに、彼女の方が昔馴染みだろう。
「友美だと、頼りにならなそう」
あの子、年下からも信頼無いのね。
「お姉さんはしっかりしてそうだから、なんとかしてくれると思った」
「そんな、事件の犯人の供述みたいなこと言っても、保証はできないわよ」
冗談をかましたが、依頼してきている相手は冗談では無さそうだった。呟き終わると、素知らぬ顔でテレビとにらめっこを続ける。
「ああ、ごめん、ごめん。善詩乃が急にぐずっちゃって。あれ、双葉。あんた、小鳥遊さんと話してなかった」
「別に」
「さっき、ひそひそ話してたぞ。聞こえなかったけど」
「やっぱり。何話してたんだ?」
「内緒」
テレビから頑なに視線を外そうとしない。そうなると、当然、私に疑惑が向く。
「まあ、内緒と言われたからね。話す義理はないわ」
へたくそな口笛で返す。「ふーん」と不審そうに腕組みされる。誤魔化しきるのも苦しいわね。
でも、「まあ、いいわ」とあっさり引き下がった。
「小鳥遊さんには無理行って誘ったからね。多分だけど、都合があったでしょ」
「ええ。そろそろお暇しようと思っていたところよ」
「もう帰っちゃうのか。バトルは、バトル」
「またの機会にしなさい」
三平は不服そうだったが、私は手を振ると、そそくさと玄関に向かうのだった。
その帰り道。双葉がこっそり打ち明けたことがリピートしていた。
「助けてほしい、ね」
あの状況を前にすれば、和菜が日々苦心していることは容易に想像がつく。それならば、手を差し伸べたいと思うのが人の性だ。
でも、具体的にできることはあるか。
「最近、似たような問題に巻き込まれてばかりね」
そう独り言ちるぐらいには、お節介案件に遭遇しっぱなしだ。しかも、今回はゲームのカードが問題ではない。他人の家庭環境と、おいそれと首を突っ込めない問題だ。
無論、聞かないふりをするのが、最も波風が立たない。ただ、今の私はこう考えてしまう。
「友美なら、いい案を思いつくのでしょうね」
我ながら、だいぶ毒されてきたわね。
カード紹介
コンバージョン・リカバリー
エマージェンシーカード
自分の場のサーバントを1体破壊する。その体力の値だけ、プレイヤーの体力を回復する。