和菜の姉妹事情
「姉ちゃん、遅いぞ!」
「悪い、悪い、三平。買い物に時間かかっちゃってね」
「オラ、腹減ったぞ!」
玄関を入ってすぐ、出迎えたのは坊主頭の小僧だった。小学校中学年ぐらいだろうか。なんとなく、中島からいつも野球に誘われている、あの少年に似ている気がする。
「お、姉ちゃんの友達か。珍しいな」
「私が友達少ないみたいな言い方しないの」
「だって、友美ぐらいしか見たことないぞ」
「あの子は勝手に家に来るからね」
荷物と一緒に肩も下す。私が当惑していると、和菜は思い出したように「ああ」と柏手を打った。
「紹介が遅れたわね。私の弟の三平」
「こんにちんこ!」
「人前でコ〇コ〇に載っているギャグやらないの」
和菜に小突かれ、三平は頭を抱える。そのギャグ、前に友美がやっていたような。「おぽんちくん」という、主人公がやたらと性器を露出する、下らなすぎるギャグマンガだったはず。
「まあ、上がって」と促され、私は靴を脱ぐ。既に圧倒されっぱなしだ。台所に向かうと、そこでは一人の少女がテレビを見ていた。
小学校高学年くらいだろうか。敦美と同じくツインテールにしているが、こちらは三つ編みではない。と、いうか、ショートヘアで髪を結んでいると言った感じだ。
「お姉、おかえりー」
「双葉、帰ったわよ」
テレビから目を離さず、口だけで応答する。私に対しても、一瞥しただけだった。三平とはえらい反応の違いね。
座るように促されたので、彼女の隣に腰掛ける。更にその隣に三平が勝手に座って来た。そして、じっと観察するように、こちらを見つめてくる。
「私の顔に何か付いてる?」
さすがに気になったので訊ねてみると、ぶんぶんと頭を振った。
「友美とは違うタイプの姉ちゃんだったから、珍しいと思って」
あの子、小学生からも呼び捨てにされてるわけ。分からないでもないけど。
「友美はよく遊びに来るの?」
「うん! ス〇ブラすっげー強いんだぞ。あと、デュエバも」
「あなたもデュエバやるんだ」
「姉ちゃんもやるのか!?」
つい、反応してしまうと、三平は身を乗り出してきた。双葉が「うるさい」とたしなめる。
バタバタと子供部屋にリターンしていったかと思うと、カードファイルを持ってきた。中にはデュエバのレアカードがぎっしり。
とは、いかなかった。コモンだの、色々なレアリティのカードがごちゃ混ぜに収まっている。敦美のレアカードまみれが焼き付いているから、カオスさが際立つわね。
「たくさんカード持ってるのね」
「まだまだだぞ。タケシなんか、もっとすごいの持ってるし」
憤然と言い張る。タケシが誰は知らないけど、多分、三平の級友だろう。パラパラとページをめくっていくと、ある一枚に釘付けになった。
「暴竜ドラグン」
「姉ちゃん、このカード好きなのか? 俺のお気に入りのカードなんだぞ」
レアリティはアンコモンの一つ上のレア。仰々しいドラゴンが吠え掛かっているという、いかにも小学生男子が好きそうなサーバントだ。
私がこのカードを気に掛けたのは、少し前に買ったカードファイルに紹介記事が掲載されていたからだ。
クラスはレジェンダリーでコスト8。攻撃力1200に体力1000と圧倒的なスタッツを持っているが、特別な能力を有していないバニラ。このままでは活躍は難しいが、あるカードと組み合わせると、とのことだ。
裏がありそうな言い回しに引っ掛かりを覚えたが、三平の場合は単にカードイラストが好きとか、そういう理由だろう。私の身内に、その動機でカードを集めている奴がいるし。
そうこうしていると、和菜が人数分のジュースをお盆で運んできた。
「三平。ジュースで汚れるから、カードをしまいなさい」
「姉ちゃん、この姉ちゃんもデュエバやるってよ。ねえねえ、デッキ持ってる? バトルしない?」
「今日は遅いから、また今度ね」
「ちぇー」
恨みがましく舌打ちをする。そんなやり取りの中、双葉は静かにジュースを飲んでいた。なかなかにしたたかな子ね。
「と、いうか、三平。宿題は終わらせたの」
「終わらせるわけないだろ」
「威張るんじゃない」
「いってー! ぼーこー罪だぞ」
「宿題やらない方が悪い」
「双葉姉はやったのかよ」
「無論」
頭をさすりながらむくれる三平。「また、手伝わされる羽目になるわね」と、和菜は落胆していた。幸いにして、今日はあまり宿題が出ていなかったはずだ。出かける前にさっさと終わらせられたし。
何の気なしに紫色のジュースを嚥下する。むせた。
「ごめん、炭酸苦手だった?」
「いや、大丈夫よ」
虚勢を張ったけど、完全に油断していたわ。ただのグレープジュースじゃない。ファンタグレープだ。
「姉ちゃん、炭酸飲めないのか? 子供だな」
「あなたも子供でしょ」
「俺、一気できるもんね」
そう言って、一気飲みして、豪快にゲップしていた。隣で双葉が「バカ」と呟いていた。
カード紹介
暴龍ドラグン
クラス:レジェンダリー ランク1 コスト8
攻撃力1200 体力1000