所望。そのカードを欲する。
放課後を迎え、私は帰宅したその足で高野商店へと赴いた。昔ながらの駄菓子屋といった装丁で、実際にお菓子の他、文具なども売っている。
学校の終わった夕方という時間とあってか、先客である小学生男子が散見された。数十円で買えるお菓子を片手にカードを物色している。
正直、あの輪の中に混じるのは気が引ける。しかし、ここまで自転車を飛ばしてきたのだ。おまけに、わざわざシャツにジーンズという、機能性だけを追求した服装に着替えて、である。これは、制服姿でこんなところをうろつき、通報されたら面倒という理由もあるが。
カードゲームができるスペースが併設されているためか、店内は案外広い。これまでの人生で訪れたことのないような店舗なだけに、不思議な森に迷い込んだ心地になる。ダンジョンを探索するような牛歩で、えっちらおっちらと、ようやくカード売り場にたどり着く。
ショーケースの中には、ずらりと、素人目でもレアと分かるカードが整列されていた。デュエバの他にも、ポ〇モンや遊〇王、シ〇ドバといった他社のカードも扱っているようである。
目当てのカードを探り出すべく、ケースにくまなく目配せする。美麗なカードイラストに、いかにも強そうなことが書いてあるテキスト。動物園でライオンでも眺めている心地になり、少しばかり、これではしゃぐ男子の心境が理解できた。
まあ、ここで心躍っても仕方ない。やがて、遂に発見した。
「戦場の女神ヴァルキリアス」
お値段はネットで調べた時よりも高く1800円。株式会社の株に定価がつかないのと同様、カードの価格も変動するのだろうか。二の足を踏みかけたが、ここまで来て躊躇している場合ではない。
私はカードを指差し、「これ、ください」と店員に声をかける。だが、そこで違和感を覚えた。セリフが第三者と被った気がするのだ。
店員はカウンターにおり、耳元で声を響かせることは不可能。もしやと、不穏な想像を抱え、私はバッと首を横に曲げる。
そこで対面したのは、眠たそうな半目をした少女だった。近くで遊んでいる小学生とさほど背丈が変わらず、私よりも年下だろうか。髪を三つ編みツインテールにしているのもそれに拍車をかけていた。
「質問。お姉さんも、そのカードが目的?」
「ええ、そうよ」
なんだか、独特のしゃべり方をする少女だった。この地区には、私の通う知島中学以外にもいつくか小中学校が存在する。おそらく、違う学校の生徒だろう。少なくとも、校内で見かけた覚えはない。
「提案。そのカードをわたしに譲ってほしい」
「ヴァルキリアスのこと? そうしてあげたいのもやまやまだけど、あいにく私もこのカードを狙っているの。悪いけど、他をあたってくれるかしら」
「不可能。他のカードショップもめぐって、ようやく出会えた逸品。逃すわけにはいかない」
まさか、争奪戦が生じるほど、このカードに価値があろうとは。大人になって引き下がってもよかったが、こちらとしても譲れない事情があるのだ。
「どうしても、譲ってはくれないわけ?」
「無論。ここで手に入らなければ、次はいつ手に入るか分からない。レアカードは主釣りのようなもの」
言い得て妙な例え方するわね。私もだけど、相手も一歩も引くつもりはなさそうだ。ショーケースを前に不動な両者による睨めっこが続く。
「あー、こらこら。君たち、どうしたんだい」
騒ぎを聞きつけたか、店員らしき女性が駆けつけてきた。髪をショートカットに切りそろえており、ニットワンピースを着た年上のお姉さんといった風貌だ。双丘に引っ張られたわけではないが、おそらく大学生ぐらいだろうか。
「提議。わたしはこのカードを所望する。しかし、この子が譲ってはくれないという」
「私もまた、このカードが必要なのよ。譲ってくれないのはそっちでしょ」
「否。見つけたのはわたしが先」
「なるほど。大体分かった。よくあるのよね、こういうトラブル」
お姉さんは合点がいったとばかりに、腕組をしてウンウン唸っている。自己解決されたところで、こちらに益は無いのだが。
「時に、君たちはデュエバのプレイヤーだろう。なら、揉め事が起こった時の解決法は一つ。そうは思わないかい」
人差し指を立てて演説をかます。さも当然の口調で語られても、何ら把握できないのだけど。
「合点。それなら、四の五の言うことはない。失念していたのは不覚だった」
柏手を打つ少女。だから、どうしろと言うのよ。こいつら、異星人の如くテレパシーでも持っているのかしら。
私が釈然とせずに首を傾げていると、少女は腰に装着していたデッキホルダーからカードの束を取り出した。どこぞの黄門様よろしく、グイと提示してくる。
「勝負。デュエバの揉め事はデュエバで解決すべし。バトルで勝った方がヴァルキリアスを手に入れる。それで文句はない」
「そうならそうと、はっきり言いなさいよ」
「不文律。デュエバのプレイヤーなら通じるはず」
そんな行間を読めなんて、難関高校の入試にも出ないわよ。
「じゃんけんとかじゃダメなわけ」
「不可。そんな運ゲーの権化に任せるなど、納得できない」
「でも、わざわざカードのためにバトルするなんて」
「推察。わたしに勝つ自信がないから、議論を先延ばしにしている。ならば、素直に渡すべし」
直接的な挑発に、さすがに私も青筋を立てた。追い打ちをかけるように、遠巻きの小学生も「そうだ、そうだ」とやんややんやする。
「そこまで言うのなら、やってあげようじゃない。あんたに勝てば、このカードを譲ってくれるのよね」
「無論。二言はない。あと、あたしの名はあんたではない。各務敦美という名がある」
「そう。一応名乗っておくわ。小鳥遊唯よ」
「了承。さっそく始める」
なし崩しに自己紹介を済ませると、敦美はとっととテーブルの席に座る。なんやかんやで口車に乗せられてしまったのは癪だが、要は勝てばいいのだ。私も負けじと、あえて大きな音を立てて腰を下ろす。
カード紹介
ジャガー・パラディン
クラス:ビースト コスト2 ランク2
攻撃力500 体力400
このカードが場に出た時、他の自分のサーバント1体を選び、その攻撃力を+200する。