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カードゲーマー百合  作者: 橋比呂コー
第2章 各務敦美
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その後の敦美


 右京を手に入れた大会の激闘から数日が過ぎた。あれでわたしの日常が劇的に変化した。と、いうことはなく、いつも通りの日常が続く。

 ホームルーム前の喧騒で、わたしは一人、窓の外を見つめていた。これもいつものことだ。でも、どことなく寂寥感があった。ひときわバカ騒ぎしている、クラスの中心となっている女生徒。彼女の姿と、どうしても友美が重なる。


「お前ら、いつまでも騒いでるんじゃない。ホームルームを始めるぞ」

 担任の先生の号令で、皆バタバタと席に戻っていく。これまた変哲もなく連絡事項が続く。


 異変があったのは、ホームルームの終わりがけの事だった。先生が唐突にこんなことを言い出したのだ。

「さて、今月の学級新聞だが、いつもイラストを担当していた西村が怪我で欠席していてな。彼女が戻るまで、誰か代役を立てないといけない」

 うちのクラスでは、毎月印象に残った出来事などをまとめて学級新聞を作ることになっている。記事や挿絵の作成者は自己申告制で、なかなか決まらない時に先生から指名されることもある。


 記事の作成はルーティンになっていたけど、イラストは大概西村さんが担当していた。彼女は「漫画家になるのが夢」と豪語しており、実際、美術の成績は群を抜いているのだ。

 一時的とはいえ、彼女の後継となると荷が重い。イラストに自信が無い者はともかく、自信があっても立候補するのは気が引けるだろう。


 案の定、候補者を募るけど、沈黙が続いていた。正直に言うと、興味はあった。暇つぶしにデュエバのサーバントとかを落書きしていたのだ。自慢するわけではないけど、平均以上の画力は持っているはず。


「おーい、誰もいないのか。仕方ないな。では、先生が指名するぞ」

 依然として名乗り出る者はいない。ついに、先生が最終手段を発動しようとする。こういう時、以前のわたしなら路傍の石に徹していただろう。しゃしゃり出たところで面倒なだけだ。半端に期待を背負ったところで、失敗した時のリスクが大きすぎる。


 でも。背中で友美が。そして、静香が後押ししてくれているような気がした。

「進言。迷う必要は無い。やりたいと思ったのなら、まずは進むべし」

 次元を超えて、そんな助言が聞こえてくるようだった。わたしは握りしめた拳を広げると、まっすぐに腕を上げた。


「先生。わたし、やってもいいですか」

「各務か。確か、美術の成績が良かったよな。よし、やってみろ」

 二つ返事で先生は許諾する。自然、クラス中の視線が集まる。負けじと、いつまでも腕を伸ばしていると、「もう下ろしてもいいぞ」と先生の苦笑が入った。


 こんな大それたことをしでかした後だ。放課後に新聞の打ち合わせをしようという段階になった途端、わたしの机には人だかりができていた。

「各務。お前、イラストなんか描けるのかよ」

 生意気に懐疑的なセリフをぶつけてきたのは、クラスでもやんちゃで知られる男子だ。山田先輩を思い出して腰が引ける。


 こんなレベルで負けていては話にならない。わたしは無言でノートを取り出すと、その隅にサラサラと、とあるキャラクターのイラストを描いていった。

 それを見るや、別の男子が声をあげる。

「すげー! デュエバの右京じゃん。滅茶苦茶似てるし。ねえねえ、左京も描ける?」

「おい、そこは朱雅玖だろ。あ、どうせならアルティメシアとかも描いてもらおうぜ」

「ちょっと、学級新聞に、そんなの載せられるわけないでしょ。アニメのキャラを描いてもらうなら、もっとみんなが知ってるのにしなさいよ」

 まるで転校生かというほどに囲まれたのは、人生で初めてだった。気恥ずかしさはあったが、悪い気はしなかった。


 こうして出来上がった学級新聞を機に、西村さんともよく話をするようになるのだが、それはまた別の話だ。


 新聞の件で気分は上々になったものの、それも長くは続かないようだった。わたしの学校生活での最大の憂鬱。バスケ部に顔を出した途端に、山田先輩に睨まれる。

 挨拶しようにも委縮して声が出ない。すると、大袈裟にため息をつかれた。

「挨拶すらもできないなんて。あー、トロくさ」

「お、おはよう、ございます」

 取り巻きの先輩がクスクスと笑っている。やっぱり、この先輩は嫌いだ。


 早く、他の子に交じって練習をしよう。そう思って駆け出した時だった。

「オッス! 敦美じゃん! そういや、同じバスケ部だったな!」

 明朗快活な声。ボールを脇に抱えてニカッと笑顔を覗かせているのは楯並君だ。


「た、楯並、君」

 山田先輩が分かりやすく緊張している。取り巻きたちは「ほらほら、楯並君だよ」と囃し立てている。


 どうしようか。明らかにわたしは邪魔だ。空気を読むなら、さっさと退散した方がいい。元から、そうしようとしていたし。脇目も振らず体育館の中へ避難しようとする。

「えー、逃げることないじゃん! 俺、敦美に話があるのに!」

「へ!?」

 意外過ぎる発言に、二人の声が被った。


「聞き間違いじゃないかしら。まさか、この子に用があるっての?」

 山田先輩の声は震えている。淡い期待を打ち破るかのように、

「そうだぜ!」

 元気いっぱいの声が返された。唖然としてる先輩をよそに、楯並君はこちらに視線を這わせている。


 そして、追い打ちとばかりに、両腕を広げて見せた。

「おいおい、まさか、敦美をいじめてたわけじゃないよな!」

「そ、そんなこと、ないじゃない。ねえ」

 同意を求める様に首を振るも、取り巻きの返答は鈍い。却って、逆効果のような気がする。しかも、そこで舌打ちをしたのが致命傷だった。


 すると、楯並君は口角を上げる。その所作は知っている。デッキトップでアルティブレイズでも引き当てたかのようだ。

「だよなー! いやあ、勘違いしてごめん! 決めつけはよくないよな!」

 だが、飛び出した言葉は予想外だった。まるで、先輩を支援するかのよう。


 それを受け、水を得た魚のように胸を張る山田先輩。

「そうそう。わたしがイジメなんかするわけないじゃない。そんなダサい真似しないっての」

 どの口が。思い切り悪態をついてやりたかった。いや、ついてやろうか。


 今一つ踏ん切りがつかないのが、わたしのまだまだなところだろう。その点、楯並君はわたしの迷いなど、易々と飛び越えてきた。

「そうそう! イジメなんかする奴なんかカッコ悪いもんな! あー、でも、敦美から聞いたんだよな! 先輩から嫌な思いさせられてるって!」

 互いにドキリとした。それは諸刃の剣なのでは。けれども、わたしには分かった。楯並君がこっそりとブイサインを出していることを。


「俺、そういう姑息なことしてる奴大嫌いなんだよな! もし、そういうイケナイことやってる奴がいたら伝えておいてくれよ! 俺と付き合うつもりみたいだけど、お断りだってな!」

「え、そ、そうね。ま、任せておいて」

 見ているこっちが可哀そうになるぐらいに動揺していた。これを計算でやっているのか。はたまた素か。判別できかねるのが楯並君の恐ろしいところだ。


 硬直している先輩を前に、わたしもまた所在無さげに立ち尽くしていた。すると、楯並君は颯爽と傍に歩み寄ってくる。そして、耳打ちしてきたのだ。

「これで、しばらくは悪さしないだろ! もし、何かされたら、俺に言えよ!」

 わたしは息を呑み、返答することができなかった。さっと振り返り、その後ろ姿をずっと見送っていた。


 それからというものの、当たりはキツイものの、前みたいに露骨に先輩から嫌がらせを受けることは無くなった。なんでも、清々しいまでに好きな人に振られたと噂が立ち、居心地が悪くなったらしい。


「敦美! ボール行ったわよ!」

 回想にふけりたいところだが、今は部活の練習試合の最中だ。邪念を紛らせている余裕はない。

「了解。わたしに任せる」

「お、出たな、敦美節」

 ほんの拍子に静香の口調を出してしまったのだが、却って「敦美節」という持ちネタで定着でしたようだ。はたまた、表に出さないと分からないことは多いものだ。


 一切の迷いを振り切った、渾身の一投。それは、華麗なまでにゴールネットへと吸い込まれていった。

ご愛読ありがとうございます。

これにて、敦美編完結。次回から新章に突入します。

意外な人が主役になるかも?

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