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カードゲーマー百合  作者: 橋比呂コー
第2章 各務敦美
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失われた威厳とカード

 公園の広場にはわたしたち三人だけが残された。

「えっと、大丈夫、友美。それに、敦美」

 唯がおろおろと声をかける。わたしは問題ない。一番、問題があるのは友美だ。未だ無言のまま、山田先輩の行く末を睨みつけている。


「えっと、友美。その、ありがとう」

 どう声をかけるべきか。正直、正解は見いだせなかった。でも、この言葉は間違いではないだろう。友美が居なければ、あの状況は打開できなかった。それに、彼女のことだから、数秒後には、軽薄な態度で接してくれるはず。


 そう思っていた。

「どうして?」

 予想を大きく裏切る言葉。わたしは喉を詰まらせる。

「どうして、何も言わないのさ!」

 突如発された絶叫。返答できずにいると、友美は振り返って、一気に距離を詰めてくる。


「あっちゃん、言われてばっかじゃん! 悔しくないの! カードを取られたんだよ! 前にもこういうことあったよね! あの時も、あっちゃん、何も言わないじゃん! なんで、なんでなの! なんでやられてばっかで黙っていられるの!」

 声が枯れんばかりの糾弾。そりゃ、悔しいに決まっている。悔しいよ。でも、言えたら、どんなにいいことか。


 なおも押し黙っていると、友美はわたしの胸倉をつかむ。

「あっちゃんのいくじなし! そんなんだから、いつまで経っても静香みたいになれないんじゃん!」

「黙れ!」

 自分でもびっくりするぐらいの大声が出た。唯が尻餅をついている。堰を切ったように溢れる言葉は崩壊し、留まる術を知らない。


「わたしだって、言い返せるなら、言い返したい! でも、怖いの! 変に逆らったら、後で仕返しされるのは目に見えてる! なのに、言い返せって? 誰もが友美みたいに強くない!」

 自分でもびっくりするぐらいの声量だった。それに、自分で発した言葉とも思えなかった。吐露し終えた途端、全身から力が抜ける。


 すると、友美はスタスタと歩み寄って来た。それを躱す術はない。為されるがまま、ガシリと肩を掴まれる。

「言えるじゃん!!」

 怒声を浴びせられる。そんな覚悟をしていたのに、投げかけられたのは激励だった。


「あっちゃんは意気地なしじゃない。ちゃんと、あたしには言えるじゃん。あんな先輩ぐらい、屁じゃないよ。もし、いじわるされたらあたしに言いなよ。今度は、スカートめくるよりもすごいことやったげるから!」

「いや、あれ以上は本当に犯罪になるから止めておいた方が。でも、まあ、そうね。私もできることがあるかは分からないけど、協力させてもらう」

 友美ははっきりと、唯はたどたどしく宣言する。格差はあるものの、二人の言葉を受け、胸の内が熱くなった。


「友美、唯」

 自然と漏れる嗚咽。溢れる涙を堪える術は知らない。みっともないと思いながらも、人目を憚らず、わたしは大泣きする。

「もう、泣きたいのはこっちだよ。この服、けっこうお気に入りだったのに」

「ごめん、ごめんなさい」

「ああ、あっちゃんのせいじゃないから。ほら、唯ちゃん、困ってるじゃん」

「いきなり話を振らないでくれる!? こっちが困るんですけど」

「そこは、まあ、あれだよ」

「しかも、ノープランじゃない」

 おどけたやり取りを前に、笑いながら泣くという、我ながら器用な真似を披露することになった。


 ようやく落ち着くまで、二人はずっと一緒にいてくれた。広大な広場ですることなしに座るだけ。無意味とも思える時間がずっと続けばいいのにと思っていた。

 なんて、黄昏れている場合ではない。

「これから、またあの距離を帰るとなると億劫ね」

 なんともなしに唯が呟いたように、そろそろ帰路につかないと明日に響く。そう、明日こそ大会の本番なのだ。


 瞼をこすり、わたしはデッキのカードを一枚ずつ眺める。だが、そこで違和感を覚えた。思えば、もっと早く確認しておくべきだった。すべてのカードを見渡し、さっと青ざめる。

「無い」

「無い?」

 友美がきょとんと首を傾げる。収まった涙が再発しそうだった。


「無い。右京が、無い」

「右京って、まさか、輪廻を司りし巫女右京!?」

 コクリと首肯する。事の重大さは友美にはすぐに伝わったようだ。


「確かそれって、ミラクル・フュージョンを使う時に必要となるカードでしょ。そんな大切なものが無くなるなんて」

「どこかに落としたんじゃ」

 いや、それはありえない。カードはずっと、わたしの手の中にあった。落としたのなら、すぐに気づくはず。手から離れた瞬間と言えば。


 最悪だけど、そうとしか思えない可能性に思い当たるのに時間はかからなかった。無論、友美と唯も同様だ。

「まさか、あの先輩がこっそりデッキから抜いていたんじゃ」

 唯がその最悪を口にする。そこまでやるかと思うかもしれないが、あの先輩がすんなりとカードを返すとも思えない。右京は素人目にもレアだと分かるデザインが為されている。嫌がらせのために引き抜いた。その可能性は十分にある。


「すぐに追いかけないと!」

 友美が走りだそうとする。が、唯がその手をバッと握りしめた。

「ちょっと、唯ちゃん。邪魔しないでよ」

「今から追いかけても、追いつけるわけないでしょ。あの先輩たちがどこに行ったかも分からないから、徒労に終わるわよ」

「でも、このままカードを奪われたままなんて、っくち!」

「大丈夫、友美」

 焦燥にくしゃみが混じる。日が暮れかけ、吹きすさぶ風が身に染みる。無為に探し回りでもしたら、門限を突破するのは明白だ。


 不幸中の幸いと言っていいのか、ディーラーのデッキは無事だ。元々、こっちで出場しようとしていたし。カードも、また集めればいい。

 でも、でも。無理やり風穴を開けられたようで、夕刻の風がより一層冷たく感じる。ここまでされても逃げるしかできないの? そんなのって。


「大会は午後からよね」

 唐突に、唯がそんなことを言い出した。「そうだね」と友美が同意を示す。

「一か八かの賭けではあるけど、あの先輩と再会する方法があるわ」

「そ、そんな方法がっくち!」

「友美、あんた、本当に大丈夫?」

「う、うん、続けて」

「あくまで推測にはなるんだけど、このまま無暗に探すよりは信憑性が高いと思う。多分だけど」

 そうして唯が語った作戦。確かに、賭けでしかない手法だ。これが失敗したら、大会までに右京は取り戻せない。

 でも、これに賭けるしかないのも事実だ。すべての勝負は明日。


「ようし! それで行こう。明日はみんなで大勝利だよ!」

 友美の音頭に、わたしたちは拳を突き合わせる。盛大なくしゃみの音に苦笑しつつも、長い自転車での道のりも、なんだか足が軽かった。

カード紹介

呆然

魔法カード コスト2

相手の手札を1枚見ないで選び捨てさせる。

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